間章 後継者たち


- 三人称視点 -


 王都アストラの各所には、要塞化された拠点が存在している。

 兄妹殺しはこの国の伝統だ。生まれた時から殺し合いが宿命付けられている。

 そのための準備をしないはずがない。


 オーフェリアが拠点に定めた場所は、王都の外周にある兵士の訓練場だ。

 かつて国王に傷病軍人の保護を提案し、〈廃兵院〉と呼ばれる施設を作ったことで、彼女は兵士や憲兵からの支持が厚い。


 オーフェリアに国を統べる絶対者としての力はなくとも、心根は優しい。

 時にはそれが力や知恵に勝ることもある。


 だが、支持母体が一般兵では物足りないのが現実だ。

 庶民や兵士からの人気があったところで、資金力にも政治力にもならない。

 雑兵がどれだけ集まろうと、優秀な魔法使いや戦士に敵わない世界なのだから。

 軍隊の士官や貴族層からの支持が厚い二男のフェルナンドや、冒険者ギルドと協力関係にあるアドラシオンに比べれば、戦闘力でも劣っている。

 二人とも失踪した今になっては、劣っていた、と表現するべきか。


 ……無論、大本命のレオポルドにも敵わない。

 政治家、大商人、マフィア。そうした権力者層と共に結びついている腐敗しているレオポルドの力は頭一つ抜けている。

 運良くサクラダに助けられなければ、彼女も捕まっていたはずだ。


 そう、サクラダ。彼女が今頭を悩ませているのは、彼のことだ。

 正式に協力を要請するべきか、どうか。

 オーフェリアはひとしきりペンを右往左往させた後、白紙の手紙を投げ出した。


「……泥舟に引きずり込むわけにはいきません」


 レオポルドへの敵対行動を繰り返しているとはいえ、サクラダはギルド所属だ。

 彼に手を出せば冒険者ギルドからの報復がある。奴はまだ手を出せない。


 だが、正式に協力関係を結べばそうはいかない。

 ギルドから報復される心配が消え失せれば、すぐさま暗殺を試みるだろう。

 延々と命を狙い続けるに違いない。

 彼は粘着質だ。オーフェリアはその気質を嫌というほど知っている。


 そして、レオポルドが圧倒的優位に居ることも、嫌というほど知っている。


「一時的に資金供給源と武力が絶たれたとはいえ、まだ……」


 いくらでも代わりはある。別のマフィアに麻薬を作らせてやれば、いずれ資金は復活するだろう。

 武力も同じだ。冒険者の頬を札束で叩くなり、貴族のコネクションで有力な騎士を探すなり、金にあかして最前線で掘り出された魔法の兵器を実戦投入するなり。

 代わりの方法はいくらでもある。


 チャンスは今しかないが、オーフェリアの戦力でレオポルドの要塞を攻めたところで落ちはしない。消耗するだけだ。

 下手に戦力を失えば反撃で彼女の要塞が落ちる。

 何もせず、身辺を固めて時間を稼ぐしかない。


「……これでいいのですよね、アドラシオンお姉さま」


 オーフェリアは、部屋に飾られた魔法による写真を眺めた。

 撮影方法の都合上、どうしてもノイズが多くてぼやけてしまう。

 それでも彼女は、鮮明な絵画よりも魔法写真が好きだった。

 殺し合いを宿命付けられた家族の、どことなくぎこちない関係が、ありのままに浮き上がっているから。

 穏やかな笑顔を浮かべているアドラシオンが、なおさら眩く感じられるのだ。

 色白の肌に長い耳。エルフの血が色濃く出ていながらも、性格はエルフと真逆。

 いたずらっぽくて頭がよくて、ギリギリまで殺し合いを避けようとしていた、彼女の大好きな姉だ。


「きっと、お姉さまが何とかしてくれますよね……?」


 アドラシオンは失踪した。レオポルドに捕まったものだ、と思われている。

 だが……彼女はまだ、アドラシオンのことを信じていた。



- - -



 王宮の離れに、代々受け継がれる堅牢な要塞がある。

 物理的にも比喩的にも、権力の中枢に最も近い。この拠点を勝ち取った時点で、半ば後継者争いに勝ったようなものだ。


「レオポルド様」


 要塞の”玉座”へ座るレオポルドの元へ、一人の男が駆け込んでくる。


「わ、我々は……〈タランテラ〉は……壊滅しました」

「何?」


 レオポルドは、口元を醜く捻じ曲げた。

 エルフの血を継ぐ美男子であろうと、性格の悪さは隠せない。


「オーフェリアの捕縛は。まさか、失敗したとでも言うつもりか」

「お、恐れながら……再び、サクラダなる男が……」

「顔を上げてみろ」

「……?」

「顔を見せてみろと言っているんだよ、僕は」


 タランテラの生き残りが、引きつった顔をレオポルドに向ける。


「笑え」

「は……?」

「笑え。命令だ」

「は、ははは……」

「それでいい。その間抜け面がお似合いだ」


 ぎこちなく笑う男の顔面に風穴が開く。

 レオポルドの握った魔法銃から、青白い魔力の残滓が立ち昇った。

 最前線から掘り出されてきた古代魔法文明の遺物。

 値は張ったが、こうして楽に無能の頭を吹き飛ばせるすばらしい兵器だ。


「あの王女ごときの捕縛に失敗した挙げ句、壊滅だと? たった一人のC級冒険者が関わった程度で? それが本当なら、どれだけ無能なんだ?」


 レオポルドは、ふいに苛立った様子で警備兵に視線を向けた。


「何をしてる? さっさと死体を片付けろ! 言われないと何も出来ないのか?」

「は、ははっ!」

「まったく、どいつもこいつも……」


 深々とため息を吐いて、彼は玉座に座り直した。

 二男フェルナンドと正面から戦ったせいでかなり消耗したが、まだ戦力はある。レオポルド派の貴族たちを集めれば、オーフェリアごとき一捻りに出来るだろう。

 だが、自らの派閥に被害を出すのは避けるべきだ。即位後のこともある。 


「面倒が増えるばかりだ」


 報告を信じるならば。サクラダとかいうC級冒険者が、この短期間でマフィアを二つ壊滅させ、麻薬の密輸ルートと生産拠点を立て続けに潰したのだというが。


「バカバカしい」


 レオポルドはそんな報告など信じていなかった。

 たかがC級一人で出来る仕事ではない。

 背後から糸を引いている者がいるに違いないのだ。

 有力候補はただ一人。アドラシオン・デ・アストラ。


「レオポルド様」


 青ざめた顔の貴族が、今日も懲りずにやってきた。


「今日も成果は無し、か?」

「その、アドラシオンの足取りはまったく掴めず……」

「やつは王都から出れないんだよ? どうせギルドの庇護下だろう。候補地なんて多くないだろうに、何故まだ見つからないんだ? 名前は隠せても、顔は隠せないだろう?」


 ネチネチと圧迫的な物言いをされて、貴族はすっかり縮こまった。


「お、おっしゃる通りで……」

「手を拔いているのか? 内通しているのか? それとも、無能なのか?」

「まさか! そんな! 我々は必死に!」

「じゃあ、どうしてまだ見つかってないんだい?」


 貴族を見下ろして、レオポルドは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 明らかに、彼は一方的になじれる状況を楽しんでいた。


「も、申し訳ございません……」

「謝られても困るよ? 結果を出してもらいたいなあ?」

「は、はっ! 今すぐ監視を強化しますっ! 二十四時間体制でっ!」

「今まで二十四時間体制じゃなかったのか?」

「い、いえ……既に二十四時間で……も、申し訳ありません」


 完全にひれ伏した貴族を見て、彼は満足したようだ。


「いつまで時間を無駄にする気だ、さっさと行け!」


 貴族を追い払い、レオポルドは玉座に肘をついて沈思する。


 アドラシオンは、しばらく前に忽然と姿を消した。

 ……冒険者ギルドは厄介な敵だ。

 やつらをつつけば、戦闘力に優れたならず者が世界中から無限に湧き出す。

 まるで軒下にぶらさがった凶暴な蜂の巣だ。

 刺されて死ぬ覚悟がなければ除去もできない。


 サクラダのような冒険者を何とかしようとするよりも、ギルドと協力関係にあるアドラシオンの身柄を狙うほうが手っ取り早い。

 ギルドの活動を監視していれば、必ずアドラシオンの居場所は掴めるはずだ。


(麻薬の金さえあれば、魔族と契約して魔法で仕留められたってのに)


 さすがに声には出さず、レオポルドは思った。

 魔族は人間の敵だ。ゆえに、人間を殺すなら魔族を使うのが手っ取り早い。

 奴らを招き入れる過程で住民の虐殺や土地の汚染が起きるかもしれないが、”僕のように有能な人物が一秒でも早く王になる”のが最優先だと、彼は思っている。


 まずは財政を建て直す必要がある。フェルナンドが正面からぶつかってきたせいで、既に戦費の負担が重い。強欲な商人たちは足元を見て吹っかけてきている。


「いっそ外国に土地を売って、商人共とのバーターに使うか……」


 どう動くにせよ交渉に時間が掛かる。

 当分、レオポルドは大きく動けない。サクラダとかいう冒険者が小うるさく飛び回ろうとも、放置する以外に手はないだろう。


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