第14話 アドラシオン・デ・アストラ
服を買いに行く、と告げた瞬間から、ノノたちは浮かれっぱなしだ。
なんと街まで数キロほどの道のりをスキップで踏破した。
どれだけ浮かれてるんだ。途中でめんどくさくならないもんなんだろうか。
「ご主人様!」
馬車から降りて高級店に入っていく貴族のドレスを、ノノが指さした。
「却下」
「ご主人……」
全身甲冑の冒険者をバセッタが指さした。
「お前ら……。普通の服を普通に買うだけだよ!」
「え、えへへ。言ってみただけです」
「損はないかなと思って……」
図太すぎんだろ。
過酷な環境を生き抜いてきただけあって、いい性格してやがるぜ。
「そういえば、普通の服は仕立てるのに何日ぐらいかかるんだい?」
「え? 一時間かからず終わるぞ。売れ筋の服って、九割ぐらいの完成度で置いてあって、微調整だけですぐ売れるようになってるんだ」
「あ……そ、そうか。いやあ、ボクはてっきり……」
丈に合わせた完全なオーダーメイドなんてやるのは貴族ぐらいだ。
この世界は魔法やスキルがあるおかげで食料に困らず、地球の中近世に比べてずっと豊かなおかげで、安い服を大量生産するビジネスが成り立っている。
そんなわけで、庶民的な服屋を選んで入店する。
サンプルの服が手の届かない上方に展示されていた。治安が悪いから、実物を並べたら盗まれまくって大変だ。
「お客様、いい目をしてらっしゃる! うちの服は質がいいですよ!」
「服を選ぶ前に、一つだけ」
俺は右足の裾をめくって、変異した脚を見せた。
「この店は〈忌み子〉相手に商売してくれるか?」
「……いえ。その。お引取りください」
店内にいる他の客の様子を伺いながら、店員が言った。
「なるほど。行くぞ」
どうしたって、ノノの尻尾はバレる。採寸のときバセッタの折れた角もバレるだろう。
相手してくれるかどうか、先に確認しておかないとな。
それから俺たちは数軒ほど店を回った。
残念ながらどこも門前払いだ。
「あの、ご主人様。私は別に、今のボロい服でもいいですよ? 首輪とマッチしてますしね!」
「うん……奴隷ファッションと思えば……」
彼女たちは誇らしげに奴隷の首輪を触っている。
「そういえば、その首輪……重くないのか?」
「確かにちょっと肩は痛くなりますけど」
「よし。チョーカーにしよう」
俺の奴隷だから手を出すな、というメッセージが送れればそれでいい。
「でもご主人さま、どこで買うんだい? どこの店でも門前払いだよ?」
「……本当は嫌だったんだが、奥の手がある」
俺は三人を冒険者ギルドに連れて行った。
窓口の職員を確認する。ヴィクトリアはいない。
列と列の隙間からカウンターに入り、奥の事務所に声をかけた。
「おーい、ヴィクトリア!」
書類仕事をしていた彼女が振り返り、指を三本立てて奥の通路に消える。
「三番個室だ。行くぞ」
密談用に設けられたギルドの個室で、俺はヴィクトリアと会った。
「仕事をする気になりましたか?」
「いや。こいつらの服を買ってやりたいんだ」
「なら自分で買いに……いえ、なるほど」
事情を察してくれたようだ。
彼女は俺を部屋から追い出し、手早く採寸を行った。
ドアはちょっと開いている。会話は聞かせてくれるらしい。
「何か希望はありますか?」
「高級ドレスがいいです!」
ぎゃんっ、と悲鳴が聞こえてきた。いいぞバセッタ。
「……サクラダさん?」
「却下だ。普通の服を用意してやってくれ。それと、軽いチョーカーを三つ」
「首輪代わりですね。了解です」
採寸を終わらせて、ヴィクトリアが個室から出てくる。
「耳に入れておくべき事が一つ。本当は、この件で個室を使いたかったのですが」
すれ違いざまに、彼女は俺に耳打ちした。
「あなたに違法奴隷商潰しの依頼を出した王族、アドラシオン・デ・アストラが失踪しました」
……〈海岸党〉の魚人間のボスは、”王族に後援されている”と言っていた。
おそらく、アドラシオンと敵対関係にあった王族と協力関係にあったのだろう。
知らずして、俺は王族同士の争いに巻き込まれていたらしい。
「アドラシオンの敵が誰だったか分かるか?」
「兄弟姉妹全員ですよ」
それはそうか。
アストラ王家の後継者候補のうち、生き残れるのはただ一人。
即位式の場で兄弟姉妹を殺す伝統がある以上、命を賭けた戦いは避けられない。
確か、今いる後継者候補は四人。レオポルド、フェルナンド、アドラシオン、オーフェリア。前二人が男で後の二人が女だ。
一人が脱落して、残りは三人。すぐ終わるといいんだが。
「〈海岸党〉の後援者も王族だったらしい。念のために、あのマフィアの後ろに誰がいたのか調べてくれないか?」
アドラシオンが失踪したということは、おそらく争いに負けて誰かに監禁されたことを意味するのだろう。
だが、身分や名前を変えてどこかに潜んでいる可能性もある。その場合、アドラシオンを探す王族は俺を怪しむかもしれない。
状況を把握できないまま先手を取られるのは避けたいところだ。
今の俺には守るべき相手がいる。
「貸し一つですからね」
そう言い残して、ヴィクトリアは買い物の代理に向かってくれた。
このタイミングで貸しは作りたくなかったけれど、情勢は把握しておきたい。
関わってしまった以上、俺に飛び火が飛んでこないとも限らないからな。
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