第15話 バセッタの才能


 廃修道院に帰ってきたあと、ノノたちはウキウキで着替えだした。


「お、俺に見える場所で脱ぐな! 柱の影でやれ!」

「えー」

「えーじゃない!」


 ……まったく。


「ご主人様! 見てください! これ!」


 真っ先に着替えたノノがどたどた回転する。スカートがふわりと舞い上がった。


「ふわっふわで気持ちいいです!」


 彼女は廃修道院の中庭にある井戸へ腰かける。

 チョーカーがなければごく普通のかわいい女の子にしか見えない。

 長くてふわふわのスカートがうまいこと彼女の尻尾を隠してくれている。


「五倍ぐらいかわいくなった気がします! どうですか! 結婚したくなってきたでしょう!」

「バカ言うなよ」

「……ご主人の言う通り」


 柱の影で着替えていたバセッタが姿を表す。

 彼女は冒険者風の動きやすそうな格好だ。男でも着れそうなズボンにシャツの中性的ファッションだけど、肩から提げた小さなポシェットがかわいらしい。


「ヴィクトリアに頼んで正解だったかもな。センスがいい」

「……うん」


 バセッタは嬉しそうに頷いた。


「見て見て! じゃーん!」

「いやお前は何も変わってないだろ」


 いつもの道化師が飛び出してきた。首輪の代わりにチョーカーが嵌っている。

 よく見ると靴下がカラフルな星模様のものに変わっていた。

 下に着るものはいくつあっても損しないしな。


「ほんとかなー? 何も変わってないかなー?」

「めんどくさい彼女みたいな愛情の試し方するのやめろ」

「め……めんどくさい絡み方だった? ごめんね……ボク調子に乗ったかも……」

「やっといて凹むなよ更にめんどくさいぞ!? 靴下とチョーカーだよな?」


 アルルカはパッと顔を上げた。


「ご、ご主人さま……!」

「もういいか? そろそろ晩飯作りたいんだ。歩き回って腹減ったろ」


 俺は鍋を取り出して、そこに米を投入した。

 ヨーロッパっぽいこの異世界でも、南側の一部ではコメが作られている。

 そこは現実のヨーロッパと同じだ。まともな一人暮らしを出来るようになった頃は、よく醤油抜きの日本食もどきを作って食べていた。


「お米ですか! しかも白い米なんですか! うわー!」

「ぜ、贅沢……」

「ボク、あんまり米料理って食べたことないなあ。美味しいの?」

「ああ、美味いぞ」


 じーっと米の炊けるところを待つ。アルルカは早々に退屈してハンモックに寝転がったが、ノノとバセッタは食いついて離れない。


「……まだまだ時間かかるぞ? 適当に遊んでたらどうだ?」


 俺は荷物を漁り、一束のトランプカードを取り出した。

 1から10にJQK、四つのスートはスペード・クラブ・ダイヤ・ハート。

 地球と完全に同じだ。俺みたいな転生者が広めたのかもしれない。

 普及までの時間差を考えると、仮に転生者の仕業でもとっくに死んでる可能性が高いがな。何百年も昔の時点でトランプはこんな感じだったらしいし。


「あー! あの賭け事に使われてるやつですよね!」

「冒険者なら持ってて当然……」


 バセッタの言うとおり、持ってても不思議じゃない。

 あぶく銭が入った冒険者のやることといえば、たいがい女か博打だ。たまに女と博打を同時にこなす器用な者もいるが。

 そういえば女で博打を打っている奴を見たこともある。”負けたら自分の彼女を奴隷にしていい”という条件だった。せめて自分を賭けろ。

 ……まあ、冒険者は博打が好きだが、強いかどうかでいえばまったく弱い。みな確率も何も知らないでプレーしている。おかげでそれなりに稼がせてもらった。


「トランプか! ポーカーでもどうかな!?」


 アルルカがハンモックを飛び降りてきた。


「いや……ポーカーは難しいだろ。ババ抜きとかにしとけよ」

「大丈夫大丈夫、すぐ慣れるさ! そのへんの冒険者でも遊べるんだからノノたちに遊べない道理がないよ!」


 さりげなく冒険者のことバカにしたな。正しいけど。

 この世界のポーカーはファイブカード・ドロー、某ドラゴンな国民的RPGのミニゲームにあるような奴がメインだから、確かにシンプルだ。


 積んだ板材をテーブル代わりにして、アルルカがルールを説明している。

 その様子を背中越しに聞きつつ、俺は米が炊きあがるのを待った。


 鍋の蓋を開ける。ふわりといい匂いが漂った。

 早速ノノが寄ってくる。


「美味しそうですね……!」

「まだだよ。料理はこれからだ」


 俺はフライパンを焚き火で熱し、油を引いて卵を入れる。

 かき混ぜながら塩を入れ、そこから米を投入して綺麗に混ぜていく。


「うわあ! 贅沢に贅沢が重なってる! 何なんですか!?」

「チャーハンだよ。故郷の料理だ」


 いや中華料理だけどさ。でも日本食みたいなもんだよな。

 なぜだか男ってやつは一人暮らしを始めるとチャーハンに凝るもので、前世の大学時代にチャーハンばっかり作ってた記憶が腕に残っている。

 よっ、と。おお、今でもちゃんとフライパンが振れるな。

 うまいこと混ぜて、仕上げに胡椒を振ってやれば完成だ。


「こ、胡椒まで……! いいんですかご主人様!?」


 地球と違って、別に胡椒ぐらい楽に手に入るんだけどな。

 生い立ちが恵まれなさすぎて、何をやっても喜んでくれる……。


「さ、召し上がれ」


 板材テーブルの上に散乱したトランプを除けて、四人分の料理を並べる。


「う、うまっ……!?」

「ご主人……料理の天才なの……?」

「おお! これはいいね! シンプルだけど完璧なジャンク加減だ!」


 何をしても喜んでくれる二人はともかく、アルルカに褒めてもらえるんだから、上手いこと作れたみたいだ。

 自分でもチャーハンを一口、っと。

 うん、世界が違えどいつもの味だ。美味い。


「ところで、ポーカーは遊べたのか?」

「ま、まあね」

「自分で言いだしたのに、アルルカが一番弱い……」


 バセッタの机に木片のチップが積み上がっている。

 ノノも結構勝ってたみたいだ。


「なるほど。ルールを掴んでもらうために、わざと負けたのか。偉いなアルルカ」

「そ、そうだとも! ボクはカードを扱うのが得意なんだぞ! そうだ、ここで余興をひとつ! さあ、何か一枚のカードを選んで覚えて欲しい」


 あ、カード当てマジックやりだした。

 確かにそういうことできそうな格好だよな、アルルカ……。


「君のカードを探すために、ひとつ数字の魔法をかけよう。3から10の間で、好きな数字は何かな?」

「10! 私はでっかいのが好きです!」

「なるほどねえ。さあ、カードをめくっていくと……なんと10枚目に!」


 マジックを目の当たりにして、ノノとバセッタが目を丸くしている。

 種は簡単で、手の内にカードを隠して10枚目で出しただけだ。

 ありふれたトリックだけど、初見は驚くよなあ。


「食べないとチャーハン冷えるぞ?」

「っとと、確かに! マジックしてる場合じゃない!」

「どうやったんですか!? 魔法使えるんですか!?」

「すごい……!」

「内緒だよ、内緒!」


 全員がチャーハンを食べ終えたあと、再びポーカーをやる流れになった。

 せっかくだから俺も混ざってみる。

 パパッとシャッフルしなおして、全員に五枚のカードを配る。

 ……その瞬間、バセッタの威圧感が増した。


「この雰囲気は……」


 バセッタが鋭い眼力で全員の表情を確かめている。


「……バセッタ、お前のスキルって何なんだ?」

「知らない。なんで?」

「もしかすると……いや、しばらくやってみよう」


 そして数十分後。

 チップ代わりの木片は俺とバセッタの元に集中し、直接対決の末にオールイン合戦でバセッタが勝ちをもぎ取った。

 いくらシンプルなドローポーカーとはいえ、素人の腕じゃない。

 これは……間違いないな。


「バセッタ。お前のスキルは多分、〈ギャンブラー〉なんじゃないか?」

「へ?」


 俺のスキルは〈トレーナー〉。スキルを見抜き、育てる力がある。

 その俺が何かを感じたってことは、そういうことだ。


「大当たりだぞ、バセッタ。死ぬまで金には困らずに済む」


 調子に乗りすぎて自爆さえしなければ、働かずに遊んで暮らしていける。

 この世界、賭場はいくらでもあるのだ。底辺冒険者が遊ぶ場末の酒場から、王侯貴族がテーブルに付くような高級カジノまで。


 言うまでもなく危険な稼業だ。正直、彼女をそういう方向に育てるのはちょっと気が引ける。

 だが、元から発想が物騒で血なまぐさい事にも動じない子だし、間違いなく適正はある。放っておいても勝手に気付いて自己流で稼ぎだすだろう。

 ならばせめて、安全に経験が積めるように手助けをしてやりたい。


「……本当に?」

「ああ」

「なら……これで、ご主人に恩を返せる……!」

「いや、別に返さなくてもいいよ。力を鍛えて、自分のために使うといい」


 そうと分かったからには特訓だ。

 しばらくはバセッタの面倒を見ることに集中しよう。


 ……彼女たちをいつまでも俺の奴隷として留めておく気はない。

 自立できる力を付けてもらって、奴隷から解放してやらないとな。



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