第16話 バセッタの初陣


 翌日、夜。

 バセッタと二人で王都アストラに入った俺は、ごく普通の酒場に入った。

 大衆酒場、〈青翡翠亭〉。中流の労働者が使う店だ。

 おまけ程度に賭場があり、酒の肴としてトランプが遊ばれている。


 レートは低い。最低単位は”大銅貨”の一枚。日本円にしておおよそ百円だ。

 この店は客層がいいので、あまり派手な賭け方をする者もいない。

 スキル〈ギャンブラー〉の力があるとはいえ、バセッタは初心者だ。このぐらいの緩いところで経験を積ませたほうがいいだろう。


「失礼、席は空いてるかな?」

「ええ、どうぞ?」


 俺は知り合い同士でわいわいとポーカーを遊んでいるらしきテーブルに着いた。

 特に緑の布が張られているでもなく、単なる酒場の木製テーブルだ。

 後ろでバセッタがじっと見守っている。


「お兄ちゃん、わたしもやりたい」


 数戦ほど勝ったり負けたりしたところで、打ち合わせ通りにバセッタが言った。

 いや、”お兄ちゃん”なんて呼び方は想定外だけども。


「お嬢ちゃん、辞めておきなさい。これは現金が賭かってるんだから」


 止めてくれるんだから客層がいい。

 冒険者なら喜び勇んでカネを巻き上げたがるところだ。


「……いやあ、うちの妹はカードが得意でして。友達と遊んでも手応えがないから、大人とやりたい、と言って聞かないんですよ」

「ほう? 面白そうじゃないか」


 俺と交代して、バセッタが座る。自然な形で座らせられたな。

 変に警戒されたり、子供だからと賭けさせてもらえない事態は防げた。

 さて、軍資金は大銅貨十枚。参加費や強制ベットはない友人間ルールだから、これでも十分に保つはずだ。

 手札は……交換前で既にツーペア? 死ぬほど運がいいな。


「カードはどうかな、お嬢ちゃん?」


 バセッタは何も言わず、無表情でプレイヤーたちを観察している。

 ベットが始まる。他の四人は様子見だが、さてバセッタは?


「レイズ」


 いきなり三枚積みやがった。いや、資金は大銅貨十枚だぞ? 大丈夫か?


「お兄ちゃん?」

「うん?」

「あっち行ってて」


 ……バセッタの手札を見てる俺経由でバレるのを嫌ったか、追い払われた。

 更にベットが続く。二人がフォールドで降りて、残りの二人が三枚を賭ける。全員が同額を賭けたので、ここで一回目の賭けが終わりだ。

 さて、カード交換。遠くからでも手札は見えた。バセッタはフルハウス。

 まず負けない。あとは相手を降ろさないように上手く賭けるだけだ。

 第二ラウンド目。他の二人は順当に三枚賭けを続行する。

 さてバセッタは。


「レイズ」


 うわこいつ十枚積みやがった。


「ずいぶん気の強いお嬢ちゃんだねえ。乗ってあげよう、コールだ」

「おー? ……ま、銅貨十枚ぐらいならいいか! コール!」


 ああ、なるほど。

 あのテーブルの人たちは、純粋に楽しむために遊んでいる人たちだ。

 いきなり入ってきた子供が全額突っ込んできたら、面白そうだから、という理由で応じてくれるだろう。レートも低いし、勝ち負けは二の次だ。

 しかも、後ろには過保護な”兄”が控えていて、心配そうに見守っているときた。

 そりゃあ初戦は舐めてくれるだろう。


「……人が悪いな、バセッタ……」


 俺はビールを注文し、表のカフェテリア席へ移った。

 見守る必要はまったくなさそうだ。


 数十分後、銅貨でパンパンの袋を持ってバセッタが現れる。


「七十五枚」


 ふふん、と鼻を鳴らして、バセッタが言う。


「流石だ」


 七五〇〇円。奴隷だった彼女にしてみれば想像もつかない大金だろう。


「はい、ご主人」


 彼女は俺に金を渡そうとしてきた。いやいやヒモじゃないんだから。


「お前が持っておけよ。次の軍資金にもなるしな」

「え? わ、分かった」


 初戦をつつがなく終えて、俺たちは廃修道院への帰路についた。



- バセッタ視点 -



 ハンモックの中で、銅貨の詰まった袋を弄ぶ。

 まだ興奮が冷めない。あのおじさんたちは遊びのつもりで大銅貨をひょいひょいと賭けていた。信じられない。こんな大金を。

 ……昔、一ヶ月に一度だけお小遣いを渡してくれるご主人がいたっけ。確か、大銅貨の三枚だった。この袋の中に、二年と一ヶ月分のお小遣いが入っている。

 一時間もやってないのに。


「バセッタ、どうだったんですか!? 勝ちましたか!?」

「勝ったよ」


 袋の中身を見せてあげると、ノノの尻尾がピンと跳ね上がった。


「す、すごいです! そんなに!?」

「……一瞬だった。一時間もやってない」

「ええ!? じゃあ、一日中やったら銀貨がザクザクなんじゃないですか!?」

「ノノ」


 わたしは、可能な限り冷たく、冷水を顔に浴びせかけるような調子で言った。


「一瞬で、この銅貨をぜんぶ失うことも可能なんだよ」

「もう、バセッタは心配性なんですから! スキルあるって言ってたじゃないですか、心配ないですよ!」

「ノノ、あのね……ノノは絶対に賭け事やっちゃダメだからね」

「な、何でですか!? 私も一瞬で大金稼ぎたいです! んぎゃっ!?」


 これは尻尾を引っ張るべき状況だった。

 何回やっても手触りがいい。


「へーえ、元は幾らだったんだい?」


 アルルカが寄ってきた。


「十枚。それが七十五枚になった」

「七・五倍! それはすごいなあ!」


 アルルカは一瞬で掛け算をやり、正確な答えを出した。

 わたし以外の奴隷がこうやって計算するとこを見たのは初めて。


「この調子で上手くやれれば、ご主人に恩を返せる。確か、あのマフィアが私達に払った値段は金貨の百枚だった」


 不思議だ。それ以前は金貨一枚みたいな額だったのに。

 何故かあの時だけ額が跳ね上がった。

 金持ち相手に売るときは、割引するより高い値札をつけるほうがいい……?


「えっと、大銅貨が十枚で小銀貨一枚、小銀貨が十枚で大銀貨一枚で、大銀貨十枚が金貨だから……んー……」

「大銅貨の七十五枚じゃ、まだ一千分の一にもならないね」

「うん」


 わたしたちって、高いんだなあ。


「それが三人分だから、金貨三百枚。……ご主人は、私達をタダで自由にしてくれるって言ってるけれど。本当は、それだけの額を稼がなきゃ、だよね」


 せめてそれぐらいの額は返さないと、最低限の恩も返せない。

 でも、解放の代金を払ったって、まだまだ命を助けてもらった恩には届かない。


「ボクのことは心配しなくていいよ? 金貨百枚ぐらいなら自分で稼ぐさ。まあ、ボクの値段はもっと高いだろうけど……」

「え? あれ? 自分でお金稼げないのって、もしかして私だけですか?」

「そうかも」

「よし! 次は私も連れて行ってもらいます! 人が二倍で稼ぎも二倍ですよ!」

「無理。調子に乗らない」


 尻尾ぐいっ。

 放っておくとノノは引っ張る口実を無限に与えてくれる。

 嬉しいような……でも、うーん。


「お前ら、女子トークで盛り上がるのはいいけど、ちゃんと歯磨いて寝ろよ?」


 ご主人の言う通り、もう遅い時間かも。

 わたしは銅貨の袋を抱いて寝た。

 ……怖くてドキドキするけれど、それでも次の賭け事が楽しみだ。


「ご主人。ありがと」

「え? ああ、どうも?」


 わたしにこんな力があるなんて、一人じゃ絶対に分からなかった。

 ……絶対に、恩は返す。とりあえずの目標決定。

 目指せ、金貨百枚。



――――――――――――――――――――――

(わかりやすさ優先の設定のわりに通貨価値がわかりにくいので置いておきます)

1小銅貨=10円

1大銅貨=100円

1小銀貨=1,000円

1大銀貨=10,000円

1金貨=100,000円

(ポーカーも詳しくないので雰囲気をお楽しみください)

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