第17話 冒険者たちの鉄火場


 翌日も、俺たちは夜を待って出陣した。


「バセッタ、今日も昨日みたいな酒場でいいよな?」

「……いや」


 彼女は首を振った。


「もう少しレートの高いところがいい」

「そ、そうか? 分かった」


 ああいう酒場のテーブルはどこも低レートだ。

 もう少し上げて、最低レートが五百円から上になるような場所となると……冒険者向けの賭場になってくる。

 客層の良い酒場とは違い、マジの鉄火場だ。乱闘や決闘沙汰も珍しくない。


「なら、俺が知ってる賭場に案内するよ」


 ……たぶん負けるだろうな。

 ま、ギャンブルで痛い目に遭うのは早いほうがいい。

 仮にバセッタが全額スッても、所詮は七五〇〇円。授業料の範囲だ。


「かなり危ない場所だから、気をつけろよ」

「うん。分かってる」


 冒険者ギルドのすぐ近くに、〈ブラック・アンド・レッド〉という宿屋がある。

 一階はごく普通の酒場だが、ここの二階は本格的な賭場になっている。

 ちなみに三階は売春宿だ。

 二階で稼いだやつは上に登り、スッたやつは下に降ってヤケ酒を飲む。

 そういう風に冒険者から限界まで搾り取るシステムが作られている。

 商売がうまい。


 どうでもいいが、俺の持ってるトランプはこの店の品物だ。

 俺は色々あって無料で貰ったが、やたら割高な価格で一般販売もされている。

 ……客同士でカネを奪い合うタイプのテーブルが多いので、同じ柄のトランプを使ってイカサマされても店の損にはならない。

 なら高く売りつけてしまえ、という判断だろう。

 商売がうまい。


 一階の客にじろじろと見られながら、二階の賭場へ足を踏み入れる。

 緑の布が張られた本格的なテーブルが並び、殺気に満ちた空間を硬貨が飛び交う。怒号も飛び交う。まだギリギリ拳は飛んでいない。

 煙草や葉巻(や、謎の魔法薬)の煙がもくもく立ち込める世界を前に、さすがのバセッタも尻込みしているようだった。


「やってみろ、バセッタ。俺はお前の安全を確保するから、自分の実力を試せ。ここは玄人も混ざってるからな、気をつけろよ」


 子供にこんなところを経験させるのは気が引けるが、こいつにはこの分野の才能がある。どう頑張っても避けては通れないんだから仕方がない。


「……目標、金貨百枚……。よし、頑張る」


 今なんつったこいつ? 目標がデカすぎるだろ。

 お前、所持金七五〇〇円だぞ? 一千万円はどう頑張っても稼げないだろ。

 ま、そんな無茶な目標で賭けてたら、すぐに全額スって終わりだろうな。

 いかにゲームが強くても、資金を管理できないやつは賭博で勝てない。



 と思ってたんだけど。

 おかしいなあ……。もう金貨一枚分、十万円まで来ちゃったぞ……?


「レイズ」


 バセッタが積み上がった銀貨を押し出すと、集まった野次馬たちがどよめく。

 同じ卓に座った連中が次々と勝負を降りていった。何回もやられたせいで完全に縮み上がっている。

 あっさりバセッタ以外の全員が勝負を降りて、彼女の手元にある貨幣タワーがわずかに高くなった。

 それからも勝ちが重なり、熱くなったカモが賭け金を跳ね上げてはバセッタに奪われていく。


「ディーラー、両替」


 そして、いよいよ金貨三枚分。三十万円相当にまで稼ぎを増やした。

 ……おいおいマジかよこいつ。


「んだよ、こんなガキにやられやがって。それでも冒険者か、お前ら?」


 無精髭を生やした男が、プレイヤーの一人を追い払って席につく。

 あいつは知ってる。”リトル・フィンガー・アンディ”。Bランク冒険者だ。

 昔は相当に強い剣士だったらしいが、今は賭博に溺れて見る影もない。

 借金漬けなせいで引退して年金生活することもできず、かといって現役で稼ぐ力もなく……。ああいう風になる前に引退したいもんだよな。


「ったく、冒険者稼業も雑魚なら賭博も雑魚かよ。おいお前、ランクは?」

「い……Eです」

「な? その程度の男だから、ガキんちょにタマ握られんだよ」


 悪口を言われた別のプレイヤーが、ぐっと怒りをこらえて席を立った。

 さんさんバセッタにやられたあと、更にカモられるのを避けれるんだから、あいつは冷静だな。そこだけは褒められる。


「その空いた席、俺がもらおう」


 俺もポーカーテーブルに座る。

 アンディは本当にタチの悪い男だ。バセッタを殴るかもしれない。

 安全を確保するために、可能な限り距離を詰めておきたいところだ。

 ……それに、俺、こいつ嫌いなんだよな。


「おう、鳥足。久しぶりじゃねえか。てっきり、その醜い足を界隈からすっかり洗ったもんだと思ってたがな」

「たまには遊ぶのも悪くないだろ?」


 俺は懐から三枚の金貨を取り出し、手元にガツンと積み上げた。

 観衆がどよめき、口笛を吹く。

 使うつもりはない。単に挑発したいだけだ。


「ずいぶんケチくさい額を積んでるな、小指のアンディ。借金しすぎて大銀貨の数枚でも限界なのか? 今日の晩飯分が稼げるといいな」

「んだと?」


 アンディは金貨をテーブルに叩きつけた。

 アホが。そんなんだから博打で借金するんだよ、お前。


「さ、始めるぞ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る