第18話 イカサマ勝負


 俺が席に着いてから、バセッタはたまにこっちを見てくる。

 だが、何も言わない。俺が知り合いだとバレれば疑われるから、なるべく他人を装っておきたいんだろう。

 素人とは思えない気の回り方だ。スキル持ってるだけはある。


 そして、ゲームが重ねられる。

 ……シンプルなドローポーカーは駆け引きの幅が少ない。

 無理せず降りるのが基本だ。アンディも俺も、冷静にフォールドでの撤退を繰り返して機を伺う。

 だが、この卓に居るプレイヤーは五人。やられっぱなしでまだ残っている二人は完全に頭へ血が登っていた。

 ブラフで無茶な賭け方をしてはバセッタに見破られ、逆にバセッタがブラフを張ればあっさりと引っかかり、気持ちいいぐらいにズタズタだ。


「クソッ! ……クソガキが、てめえ、顔覚えたからな!」

「その金をママのおうちに持って帰れると思うなよ!?」


 脅し文句と共に椅子を蹴って逃げていく。

 バセッタはちらりと俺を見ただけで、特に無反応だった。

 正解だ、バセッタ。あいつらが束になっても俺が余裕で蹴り飛ばせる。


「こりゃ参加者は増えなさそうだな。三人で真剣勝負か」

「三人で勝負だあ? バカ言うなよ、てめえら知り合いだろ」

「……へえ。借金漬けで腐っても、BランクはBランクってわけか」

「そういうお前こそ、最近は依頼をやった話を聞かねえなあ?」


 アンディは俺をニヤニヤ見ている。

 ……こいつ。仮に賭博で負けたとしても、帰り道で俺を襲えば回収できると思ってるな? 顔にでっかく書いてあるぞ。


「二対一だろうが関係ねえ。三流の勝負師とクソガキ一人なんざ、俺の敵じゃねえからな。ボコってやるよ」

「三流ね。お前のあだ名は誰が付けたんだったかな、小指野郎」

「……わたしは口喧嘩を聞くために座ってるわけじゃない。ディーラー?」


 よくもまあ、こう物騒な会話に割り込めるもんだ。

 滑らかな手付きでカードが混ざっていく。念のために注視しておく。

 ディーラーが客と組んでイカサマをやるのは珍しくない。常連相手なら特に。


「今、カードの一枚だけ内側にズレてなかったか?」

積み込みインジョグを疑っているんですか? していませんよ」


 ディーラーは追加でシャッフルした。

 別にズレてなんかない。イカサマしてないのはバッチリ確認してる。

 アンディを牽制したかっただけだ。


「確かに気のせいだった。忘れてくれ」

「てめえ、相変わらず小煩えヤツだな……」

「釘を差しといて損はないだろ。相手がイカサマ野郎なんだから」

「うるせえな、昔の話だ。そんなに俺がイカサマしてるってんなら現場を捕まえてみやがれ。それでお前らの一発勝利だろうがよ」


 じわじわと勝負が進んでいく。

 大半はフォールドで降りての逃げだ。賭け金の動きは少ないまま進んでいく。

 実質的には二対一だから、俺たちのほうが有利だが……。


 アンディが嫌いな気持ちと、いきなり稼ぎ過ぎでバセッタが調子に乗らないか危惧する気持ちがぶつかりあって、バセッタへの心配が上回った。

 タッグで勝ちにいくのを避け、傍観気味にプレイする。


 バセッタがスキルを持っているとはいえ、感情面での落とし穴に嵌まる可能性はある。いきなりバカ勝ちした初心者がギャンブル中毒になるのは珍しくない。

 彼女が一人前になるまで、そのへんの面倒は見ておかなきゃな。


 途中、数回ほどバセッタとアンディの対決があった。勝ったり負けたりだが、最終的にはアンディが大銀貨三枚分勝った。

 流石に上手い相手となるとまだ厳しいか。ま、これでいい。


「……なるほど。だいたい分かった」


 とか思ってたら、バセッタが何か言いだした。こわ……。


 さて、次のゲーム。俺の手札にいきなり2のスリーカードがやってきた。

 確率的な出現率は数%ぐらいだったはず。相当に強い手だ。

 小銀貨五枚を無言で前に出す。

 アンディも、雑に同額を投げた。


「レイズ」


 バセッタの手元から大銀貨がポンと出てきた。

 一万円だぞ、それ。かけらも動揺せずに出しやがって。

 同額でコールして、賭け金の上積みに応じる。アンディは……乗ってきた。


 アンディからしてみれば二対一の状況だ。俺かバセッタか、片方が勝てばいい。

 ……こんな不利な状況でも乗ってくれるっていうんだから相当に強い手なのか。

 あるいは……?


「んだよ、ジロジロ見るなよ。透視の魔法でも使ってるのか、鳥足」

「バカ言え。小指でカードを袖に滑らせてないかどうか見ておかないとな」


 一巡目のベットが終わり、カード交換タイムだ。俺が二枚交換。

 アンディも二枚。そしてバセッタは……ゼロ枚!?


「下手なブラフ打ちやがって」


 同感だ。バセッタのやつ、わりと無茶する傾向があるな。

 結局、誰も降りずに大銀貨二枚の賭け金で勝負になった。

 バセッタがツーペア、俺がスリーカードで……アンディはハートのフラッシュ。


「悪いなお二人さん」


 ……怪しい。

 一般的に、フラッシュは確率の低すぎる手だ。

 同じスートが来る確率は四分の一、つまり25%。で、アンディが交換したカードは二枚だ。25%を二回なんだから、確率はたぶん6%少々。

 三枚パーツが揃っていたとしても、普通は狙う意味はない。

 フラッシュにならなければクズ手だった。これで勝負に出るのはおかしい。

 やりやがったな、こいつ。


「ディーラー、重複カードを確認してくれ」

「おいおい、ホントに小煩いやつだな……」


 ディーラーが五十二枚のカードを広げる。重複はない。


「後ろ側も見せてくれ」


 ディーラーがカードをひっくり返す。

 ……隅に極小の汚れがあった。まるで埃の一粒みたいなサイズだ。

 横目でアンディの小指を確かめる。黒い汚れ。

 あれはインクだ。こいつ、カードにマーキングしやがったな……!


「ごしゅ……サクラダさん、続けよう」


 バセッタは継続を提案した。気付かなかったのか?

 ……まあ、ちょうどいい。ここで負けてもらうとしよう。ギャンブルなんてどこかで必ず傷を負うんだ。浅く済むうちに通過儀礼を済ませておいたほうがいい。

 でも、こっちまで損させられるのは御免だ。


「俺はここまでだ。思った以上に負けが大きい」


 テーブルの金貨を懐に戻し、席を立つ。観衆が白けた視線で俺を見てきた。


「んだよ、その積んだ金貨は見せかけか?」

「堅実なんだよ。ギャンブルで借金漬けのお前と違ってな」

「うるせえ。俺の後ろにゃ立つんじゃねえぞ、鳥足」

「お前のカードなんか見るかよ」


 一対一の状態で、なおゲームは続行した。

 バセッタは相変わらずブラフ気味に突っ張って、じわじわ資金を失っていく。

 こりゃダメだな。さてバセッタ、いつ諦める?

 損を切れるようにならないと、いつか大火傷するぞ。


 ……ところが、全然諦める様子がない。

 ダラダラと一時間近く負けを重ねている。流石に観衆も減ってきた。

 そろそろ強引に切り上げさせるべきだろうか。夜も遅くなってきた。


「オールイン」


 ば、馬鹿……! こいつ、残ってた金貨二枚分ぜんぶ突っ込みやがった……!

 大半が小さめの貨幣だから、かなり視覚的にインパクトがある。

 タワーがドンッと突き出されて、残ってた観客は大盛りあがりだ。


「いいぜ、受けて立ってやる」


 アンディがじろじろとバセッタのカードを見つめ、金貨二枚で賭けに応じる。

 ということは、マーキングを確認して勝てると判断したってことだ。

 ……まあ、仕方がない。こういう負けも勉強だな、バセッタ。


 そして両者のカードが開く。

 アンディはクイーン三枚のフルハウス。マーキングが無くたって勝負に出れるぐらい強い手だ。

 そしてバセッタは……あれ?

 同じくフルハウスで……しかもエースが三枚!?


「な……て、てめえ! イカサマしやがったな!?」

「どうして? どうしてそう言えるの?」


 まさかマーキングのことを言い出すわけにもいかないだろう。

 バセッタが上手だ。〈ギャンブラー〉のスキルもあるんだろうが、それ以上に頭がキレるし肝が座っている。


「く……クソがっ……!」


 アンディはテーブルを蹴り飛ばす。頑丈に固定されたテーブルがみしりと中程で折れた。鈍っても元B級か。


「こんなことしやがって無事に帰れると思うなよクソガキ……! 俺はB級冒険者だぞ、B級だ! 上から二番目!」


 いや、S級入れたら上から三番目だろ。


「……素直に負けを認めて」

「があっ! この腐れ○○○が! ガキのくせに〇〇が〇って……」


 とても聞きたくない罵詈雑言を叫び、手足を振り回しながら、アンディは用心棒に外へ放り出されていった。

 このまま引き下がりはしないだろう。

 バセッタの仕事はこれで終わりだが、俺の仕事はここからだ。


「大丈夫か? 場が落ち着くのを待って、俺たちも帰るぞ」

「うん。ご主人、わたし、頑張ったよ」

「ああ……」


 おそらくイカサマをやり返して、バセッタは金貨四枚少々を手にした。

 いや、放り出されたアンディの金は自動的にバセッタのものだ。ああやって用心棒に放り出された時は、卓上に残った金は分配されるのがお決まりだからな。

 その分を足せば、おおよそ金貨五枚。一晩で五十万円か……。


「よく頑張ったな」


 無茶はするな、なんて注意をするのも野暮に思える大勝負だ。

 極度の興奮で震えているバセッタの肩に手を当て、軽く撫でてやる。

 とんでもない奴を拾ってしまったなあ。


「ところでさ、バセッタ。イカサマをやり返す意味、なかったよな?」

「……あっ!」


 イカサマを指摘すれば、それで終わりだ。証拠は残っていた。

 たぶん、やり返す方法を先に思いついたせいで気付かなかったんだろう。

 いくら頭がキレるとはいえ、まだ未熟、ってことだな。


「で、どうやったんだ?」

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