第19話 一撃一蹴
「で、どうやったんだ?」
一階の酒場で軽食を食べながら、俺はバセッタに聞いた。
「ご主人もマークには気づいてた?」
「ああ。アイツ、ああいう事ばっかやるんだよ」
以前、小指を使って袖からカードを出してる現場を見たことがある。
そこを俺が捕まえてから、あいつは”小指のアンディ”と呼ばれるようになった。
セコいイカサマ野郎だ。一応はB級冒険者だったくせに。
「あのマーク、8より強いカードにしか付いてなかった。バレるリスクを考えて、全部にマークすることは避けてたみたい。で、これ。ご主人のトランプ」
バセッタはトランプの束を取り出した。
いや、おい。俺のトランプを持ってくるなよ。
ここで買ったトランプなんだから、図柄が同じでイカサマを疑われ……。
「……俺のトランプには、マークが付いてないってわけか」
「そういうこと」
まだ初心者だろ、お前。やべえ肝の座りかたしてんなあ。
俺、こんな奴から巨大な好感度を向けられてるわけ?
ちょっと怖くなってきたぞ。
「でも、どうやってすり替えたんだ?」
「オールインのとき」
バセッタは幸せそうな顔でグラスを傾ける。
入っているのはオレンジジュースだ。
「大金が動けば、みんなそっちに目が行く。その瞬間、これ」
バセッタは掌の中にカードを隠し持ってみせた。
エース・オブ・スペード。後ろ側にはアンディによるマークが残っている。
「アルルカがやってたカード当てマジックのトリックか」
「そう。教えてもらった」
掌にカードを隠し持つ技術。マジックの基本だ。
オールインで全員が盛り上がった瞬間なら、ぎこちなくても十分に通る。
「……あの瞬間に、マークの付いてたエースを、マークの付いてないエースにすり替えたってわけだな」
それでアンディはカードを勘違いしたってわけだ。
「うん。後ろにも観衆が居たから、同じカードにすり替えるしかなかった」
「ずっと待ってたのか? やるもんだなあ」
一時間近くずっとダラダラ負けてたのはそういうことか。
お互いにカードが強くて、かつ自分が勝てる組み合わせが来るまで……。
……こいつの強心臓っぷりをアルルカにも分けてやりたいよな。
あいつにバセッタぐらい度胸があれば、今頃は大舞台で芸を披露してる。
「じゃ、帰るか?」
「ん。会計はわたしが持つ」
今回ばかりは奢ってもらい、一緒に席を立つ。
仕事を終えたバセッタは完全に油断しきっていて、まだ浮ついた顔をしていた。
そういうところはまだ未熟だな。
ナメてた相手に金を奪われた冒険者がどう出るか、ってところまで頭が回ってないらしい。
ま、そのために俺が一緒に居るんだ。しっかり守ってやるとしよう。
〈ブラック・アンド・レッド〉を出たところで気配を探る。
何かいる。並んだ建物の屋上へ視線をやると、物陰に隠れる何かが見えた。
「バセッタ。俺から離れるな」
「え?」
人通りの多い道を選んで進む。尾行されている気配を感じる。
このまま廃修道院まで追われても嫌だ。誘い出すか。
わざと裏通りへ折れ曲がり、腕を組んで待ち受ける。
案の定、見覚えのある無精髭の冒険者が現れた。
「よう、アンディ。金の無心ならお断りだぞ?」
「冗談じゃねえ。てめえはC級だろ。誰が格下に借りるかよ」
白刃が煌めいた。
俺にステゴロで勝つ自信はないってか。剣を持ち出した程度で勝てると思ってんなら、そいつは大間違いだ。
「てめえ、そいつにイカサマ仕込みやがったな。ガキを使うなんて汚えぞ」
「まさか。正直、俺も予想外だったよ。痛い目見せて勉強させる気だったんだ」
「ああそうかい、何とでも言えよ。金は返してもらう」
土煙が跳ね上がり、疾風が吹く。
長い軌跡を引いて振るわれる剣をかわし、がら空きの足を払った。
「ぐあっ!」
「下半身に粘りがない。賭博にうつつを抜かしすぎだな」
「うるせえナメやがって! ガキもろとも殺してやる!」
膝をついたアンディが、剣の切っ先をバセッタに向けた。
――それは見逃せないぞ、イカサマ野郎。
右足の靴を脱ぎ捨て、爪で地面を掴んで強く蹴り出す。
アンディは反応すらできず、顔面にまともな一撃が入った。
今ので鼻の骨ぐらいは折れたはずだ。
「俺の奴隷に、手を出すな」
「て、てめえ……」
落ちぶれた冒険者を地面に転がし、顔面を右足で掴み踏みつける。
「手を、出すな。復唱しろ、”俺は一生サクラダの周辺に手を出しません”だ」
「ケッ、誰が……!」
アンディは短剣を抜き、バセッタへの投擲を試みる。
「……とことん馬鹿なやつだな、お前」
右足をひねり、殺す。
乾いた音を立てて短剣が落ちた。
「こ、この……化け……もの……」
「ああ。俺は怪物だ。右足が見えないのか?」
遅かれ早かれ、こいつの運命は決まっていた。
借金取りに鞭打たれるよりは楽な死に方だったろう。
「……本当に、この世界はどうしようもないな。何かあったらすぐ殺し合いだ」
最終的に、頼れるのは自分の力だけだ。
バセッタたちを守れるのも俺だけなんだ。気を張らないと。
「ご主人……」
バセッタが死体を見下ろし、短剣を拾い上げている。
……また、子供に殺人の現場を見せてしまった。
複雑な心境だった。
前世の良心が痛む。こうなると分かっていて、なぜ子供を賭場に。
だが同時に、この世界で生まれ育った俺は、こういうものだと知っている。
彼女のスキルを考えれば、どうせ俺と同じような世界で生きていく人間だ。
でも、まだ若いわけで……。
「えい」
……!? バセッタが、短剣をアンディの死体に突き刺した!?
「お前、何を」
「これで、わたしも共犯」
彼女は俺の腰に手を回した。
「ご主人。一人だけで全部背負わなくたっていい。わたしは平気」
「バセッタ……」
思わず言葉に詰まった。
何を言うべきか。迷った末に、俺は素直な本心で答えた。
「……ありがとう」
「ううん。わたしこそ、ありがと。ご主人が居なければ、そいつに殺されてた。賭博で金を奪った後のこと、考えてなかった……」
ぐい、と彼女は俺を掴んできた。脇腹に指が食い込みそうな力だ。
「何をしてでも、絶対に、返せる限りの恩は返すから……よろしく、ね?」
「あ、ああ……」
やっぱこいつ、ちょっと圧が強すぎない?
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