第20話 頼み事
それから、日常的にバセッタはまとまった金を稼ぐようになった。
恐るべき少女博徒として名が轟く日も近いだろう。
寝室の間取りも何だかんだで無難に決まり、木板で仕切られた個室が完成する。
防音性は低いが、最低限のプライバシーは確保された。快適だ。
寝具の業者に依頼してまともなベッドを用意したので、もう腰とかを痛める心配もない。
ついでに、俺のシーツを頑丈な魔物の布で作ってもらった。
爪が引っかかる心配もない。これでぐっすり寝れる。
「ご主人様!」
と思ったんだが、毎日のように誰かが押しかけてくる。
「バセッタばっかりズルいです! 私も一緒にお出かけしたい! お買い物もしたい! ズルいですズルいですー!」
ノノは全身で不満を表明している。顔も声もうるさい。
「そうは言っても、一人で行かせるのは危険すぎるんだから仕方がないだろ。ほら、お前のスキルが判明したら鍛えるために同行してやるからさ」
「じゃあ私のスキル探すの手伝ってくださいよ! スキル調べてくれるお店とかあるんじゃないですっけ!? ありましたよね!?」
「ギルドでもやってるけど、あれなあ……値段が高いんだよ」
この世界にはステータスがないし、十歳のときにスキルを調べる文化もない。
一応、他人のスキルが分かる能力は存在してるんだが、極めてレアだから需要に比べて供給が少ない。当然、値段も高くなってくる。
「ご主人。いくら?」
バセッタが扉から顔だけ出してきた。
「金貨十枚ぐらいだが」
「はい」
あっさり百万円出しやがったこいつ。
「……いや、お前の金だろ。持っとけよ。俺の貯金から出すから」
「ご主人」
無の表情でバセッタが金貨十枚をゴリゴリ突き出してくる。
カオナシかよお前は。こえーよ。
「でもバセッタ、目標のために金を貯めてるんだろ?」
「うん」
「まずは貯まるまで自分のために使えって、な?」
こくりと渋々頷いて、博打無双の少女は顔を引っ込めた。
金貨百枚も貯めてどうするんだろうな。
……まあ、それだけあれば独立しても心配いらずか? 奴隷から解放した後のことを考えれば、貯金してもらったほうが俺も安心できる。
「ご主人さま、ボクのスキルも鍛えてほしいんだけれど?」
今度はアルルカが扉から顔だけ出してる。
仮面着けた道化師がスッと出てくるの怖いんだけど。
わかりやすいように鈴とか着けてくれない? ……それはそれでホラーだな。
「お前、スキルの問題じゃないだろ? 完全に度胸の問題だよな?」
「う……うん、そうかも……」
俺の持ってるスキルは〈トレーナー〉であって、セラピストでも心理学者でもないんだ。正直、アルルカの手伝いは出来るかどうか。
最悪、この廃修道院を正式に奴隷自立支援施設として動かすときに助手兼道化師兼ピエロみたいな感じで雇う手はあるけれど。……なんだその役職。
「とにかくご主人様! 私のスキル! よろしくお願いしますよ!」
「ああ、明日な。今日はもう寝ろよ」
- - -
翌朝。
ノノとアルルカを連れて、俺は冒険者ギルドまでやってきた。
バセッタはまだ寝てる。あいつは夜が遅いからな。
「ヴィクトリア?」
「丁度よかった。頼みたい仕事があるんです」
「俺からも頼みがある」
防音の個室へ場所を移す。
「この二人をギルド直営の酒場でバイトさせたい」
冒険者ギルドの建物には酒場が併設されている。
ここで揉め事を起こす冒険者は滅多にいない。〈忌み子〉でも安全だ。
「え!?」
「ご、ご主人さま? どういうこと?」
「理由はある。ノノ、お前はちょっと調子に乗りすぎる傾向がある。スキル云々の前に、まずは普通の仕事で経験を積んでみろ」
「えー……」
「言っとくが、バイトの給金は結構いいぞ? 奴隷に渡されるお小遣いとは比較にもならない。もちろん、稼いだ金は好きに使っていい」
「! やります!」
ノノはあっさり説得できた。
こいつはにんじんをぶら下げれば素直に全力疾走してくれるタイプだ。
「で、アルルカ。ギルド直営の酒場には小さなステージがあって、よく芸人が下積みしてるんだ。規模が小さいところから経験を積んでみないか?」
「な、なるほど! 急に何かと思ったけど、ボクに舞台度胸を身に着けさせるためか! やっぱり、ご主人さまは頼りになるな!」
説得完了。
これで彼女たちの働き口は確保できた。
仮に俺が死んでも生きていけるだろう。最低限の保険は完成した。
「ってわけで、どうだ、ヴィクトリア?」
「……バイトの人手は足りてるはずですがね。無理やりねじ込んでみるとしましょう。では、早速手配してきますよ。こちらへどうぞ」
少女たちを連れて、ヴィクトリアがどこかに消える。
去り際に、彼女は一枚の書類を俺に手渡した。
どれどれ。お、〈海岸党〉の後援者に関する書類だ。
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