第9話 少女奴隷のご主人様
奴隷商館を出た俺たちは、野次馬たちからの注目を一身に浴びた。
魚人間の言ってた通り、表には中から逃げてきた奴隷たちが集まっている。
何もしなければ、逃亡奴隷として罰される可能性もあるけれど……。
あいつ来てるかな。お、いたいた。
「ヴィクトリア!」
「サクラダさん。……随分な無茶をやりましたね」
ギルド職員のヴィクトリアが、呆れ顔で奴隷商館を眺めている。
彼女は半分ぐらい俺の専属だ。ときどき受付嬢もやるが、基本的には依頼主やギルドと冒険者の間に立って仲介エージェント的な動きをしていることが多い。
俺が問題を起こせば、彼女にとっても厄介なことになる。
ギルド職員ってやつは、ろくでもない冒険者をなだめすかして何とか動かすのが仕事みたいなところがある。板挟みの世知辛い立場だ。
「奴隷たちの解放の書類を偽造してくれるか? ここの奴隷たち全員分」
「はあ……」
こういう無茶なリクエストに答えるのも、彼女の仕事なわけだ。
ヴィクトリアがため息をついた。
「殺したんですか? 奴隷商」
「殺した。全員」
「にしても、奴隷たちの解放ですか。何のためなんです?」
「自己満足だ。良いことした気分になれば夜にぐっすり眠れる。これほどよく効く安眠法もない。お前も試してみたらどうだ、寝付き悪いだろ?」
実際、解放された奴隷の半分ぐらいはすぐ奴隷に戻るだろう。
生活費を工面するために「返せなかったら奴隷にしていいですよ」という条件で借金するのが解放奴隷の定番だ。その借金で遊び呆けて逆戻りするのも定番だ。
「無理して偽善者ぶられても痛々しいだけですね」
彼女はそっけなく切り捨てた。相変わらずだ。
「……いいでしょう。誰が見ても偽造なのは明らかですが、これで損する人はこの世に居ませんし、皆殺しのあと文句を付けられるほど勇気ある奴隷商もいない」
ギルド職員のヴィクトリアは、俺の提案を了承した。
冒険者の仕事がいつもクリーンだとは限らない。
往々にして暴力で全てを解決しがちな冒険者のケツを拭うのは、ギルド職員のれっきとした仕事だ。王や貴族を敵に回して交渉が出来るぐらいの胆力と能力がなければ、ギルドで出世することはできない。
「ただし」
「引退の撤回、だろ? 分かってるよ。もう少しだけ伸ばす」
引退はしないが仕事をするとは言っていない。
奴隷をタダで引き取れたから、年金がなくても貯金に余裕はある。
「ええ。代価なしでタダ働きする気はありませんから」
「あと、この三人を俺が引き取った書類も作ってくれ」
「了解しました」
受付嬢は頷き、テキパキと手配を開始した。
……気分的には、彼女たち三人も今すぐ奴隷から解放したいところだけれども、でも〈忌み子〉だ。人間として扱われない。
多少は立場のある俺の奴隷にしておいたほうが、今はまだ安全だろう。
「それって!」
ノノが瞳をキラキラさせて、俺に抱きついてきた。
「私たち、正式にご主人様の奴隷ってことですよね!」
「ま、まあ……そうだな。お前らが自立するまで、一時的に」
そのご主人様って呼び方やめてほしいんだけど、言ってもやめてくれない。
俺が我慢するしかないんだろう。強制的に呼び方を変えさせるんじゃ、それこそ奴隷の主人みたいなやり方だ。
「やったー!」
ノノは無邪気に両腕を上げている。
俺の奴隷になったのって、そんな喜ぶことか……?
「ご主人……わたし、がんばって恩を返す……!」
尻尾を引っ張ってノノをどかしながら、バセッタが言った。
「もしもご主人さまの言う通り、ボクに才能があるなら……きっとボクは、一世一代の大舞台にだって立てる。ご主人さまの財布が破けるぐらいの金貨を稼いでみせるぞ! 一緒に金貨のお風呂に入ろう!」
「金貨風呂? 体が傷だらけになりそうだな」
「分かってないなご主人さま! こういうのはロマンなんだ! 現実的なあれこれを気にしちゃいけないんだぞ!」
そうかなあ……。
「そうそう、ご主人……」
バセッタが俺にささやいてくる。
「どうせ書類を偽造するなら、あの奴隷たちを全員ご主人のものにすれば……兵隊とか……労働力とか……手駒が増える……」
「バ、バセッタ。だいぶ発想が怖いぞ?」
俺に兵隊を作って何をしろって言うんだよ。世界でも征服させるつもりかよ。
「だいたい、お前ら三人の面倒を見るだけで限界だっての。さ、帰るぞ」
三人を引き連れて、俺は奴隷商館を後にした。
……もちろん、あの悲惨なアパートには帰らない。
奴隷の自立支援施設を作ろうと思ってたから、ちゃんと場所を確保してある。
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