第10話 廃修道院


「うわあ! ボロボロですねー!」


 向かった先の現状を、ノノが端的に言い表した。


「仕方がないだろ? 俺の貯金じゃ、まともな施設を買い取るのは無理なんだよ。この廃修道院でも予算ギリギリなんだ」


 海沿いの丘に立つ、穴だらけの廃修道院。

 それが、俺の用意した場所だ。

 まともな教育を受けていない奴隷たちに、自立のための教育をするとなると、どうしても共同生活をしてもらう形にならざるをえない。

 こういう場所が適当だろう。そのまま外に放り出してもカモになるだけだ。


「壁はボロボロだけど、基礎も柱も無事だ。自力で張り替えれば、ちゃんと住めるようになる。ま、ちょっとしたDIY……大工ごっこと思えば、悪くないだろ?」

「確かに! 自分の住む家を自分で作れるなんて、ワクワクします!」

「ウサギ小屋みたいな家に暮らすのかと覚悟していたんだけれど、この広さなら文句はないね! 芸の練習もできそうだ!」


 アルルカは廃修道院の礼拝堂跡を広く使い、ちょっとした踊りを披露した。

 衣装が不気味なのを除けば、わりと金を取れるレベルだ。


「……三方を崖に囲まれて、出入り口は一方向の斜面だけ。防御力が高い……」

「相変わらず発想が怖いな、バセッタ……」

「ご主人。一番下に壁を作って侵入を防ぐのと、修道院の近くに壁を作って撃ちおろすのと、どっちがいい?」

「どっちもダメ。要塞化するカネがない。だいたい四人で防衛するのは無理だ」

「むう」


 むう、じゃないよ。何と戦う気なんだ。

 いきなり現れた謎テロリストと戦う妄想は中学二年生で卒業してくれ。ってこいつら年齢的にたぶんちょうど中二ぐらいかもしれないな。

 じゃあ健康的だ。そのままの君でいてくれ。そういう妄想を通過せずに、大人になってから謎の”真実”に感染して妄想で世界と戦われても困る。


 ……っていうか、郊外だし魔物に襲われる可能性は普通にあるな。

 俺が地球脳だったわ。その辺に殺人モンスターがうろついてない世界とかファンタジーじゃあるまいし、もっと現実を見るべきだぞ俺。


「そんなことより、自分の部屋の間取りでも考えてくれ」

「え? 個室……?」

「当然だろ。この広さを四人で独り占めなんだ。いずれ人が増えるだろうけど、それでも個室を割り当てるぐらいの広さはあるし」

「個室……奴隷なのに……」

「説明したろ? お前ら三人を奴隷にしてるのは、あくまで〈忌み子〉差別への対抗策だ。自由になったものと思ってもらって構わない」


 バセッタは目をしばしばと瞬いた。


「本当に、本気だったんだ……」

「当然。俺は奴隷制度が嫌いなんだ。お前らを縛る気はない」

「……残念」

「何がだよ。お前ら、妙に俺のこと好きすぎないか? 理由がわからん」

「え? 鈍感系ご主人なの……?」


 いや絶対に鈍感とかそういうのじゃないだろ。

 マフィアに買われて絶体絶命のところを助けられた程度でこんな惚れるか? いくら世界中からストレスのはけ口にされてる〈忌み子〉が、生まれて始めてまともに受け入れてもらえて、しかも相手は同じ〈忌み子〉だからって……。

 ……あ、なんか惚れてもおかしくないような気がしてきた。


「ったく。そんなに俺のことが好きなら、嫌いになるまでこき使ってやろうか。おーいお前ら、こっち戻ってこーい!」


 廃修道院を探検しているノノとアルルカを呼び戻す。


「こっちに補修資材と道具が置いてある。危険な作業と力の要る作業は俺がやるから、お前らは掃除を担当してくれ。まずは寝室を直すぞ」

「はーい!」


 三人にも軽い資材を運んでもらいつつ、礼拝堂を取り囲んでいる回廊の東側、崩れた寝室へと向かう。元は雑魚寝用だったのか、区切りのない空間だ。

 石レンガが崩れているのは壁だけではなく床も同じだ。

 隙間から雑草が生い茂っている。


「こりゃ、草むしりからだな……」

「がんばります!」

「いや、ちょっと待て」


 さっそく草をむしろうとしたノノを止める。


「意外と重労働だからな、これ。俺がやっておく。その間、お前らには間取りを考えて欲しい」

「間取り、ですか?」

「そうだ。ここは区切りのない雑魚寝部屋だからな。壁で仕切って個室にしたい。どうせなら、自分の住む部屋の作りは自分で決めたいだろ?」

「しかしご主人さま。主人に草むしりをさせて自分たちは間取りでキャッキャしている奴隷なんて、ボクは聞いたことがない。それじゃどっちが奴隷なんだか分からないじゃないか。ちょっと落ち着かない、というか」

「いいだろ別に」


 俺は草むしりに取り掛かった。


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