第4話 仮面の奴隷道化師


 地下。

 ”パーティー”のための用具が詰め込まれた薄暗い倉庫を探索する。


「ん?」

「ヒッ! た、助けてくれ! 俺、悪い人間じゃないんだ!」


 物陰に〈海岸党〉の構成員が隠れていた。


「本当か?」

「ほ、ほんとだ! 麻薬もやったことないし! 酒も控えてるし」


 それが善人アピールになるんなら、世の中の九割が善人だ。

 まったく、善き人だらけの天国に生きてらっしゃる。羨ましい限り。


「薬はやってないのか。お前は正気なんだな」

「あ、ああ! いやところでさ、あんたすごいよな! 強すぎだろ!」


 必死に媚びを売っている。わざとらしい。


「正気で人を襲って捕まえて違法奴隷として売る商売をやってたわけだ」


 右足で首を蹴り飛ばす。千切れて飛んでいった頭が、雄々しく隆起した”パーティ用品”に突き刺さった。


「せいぜい、その汚い口で媚びを売っておくんだな」


 話すだけ無駄だった。さて。

 改めて倉庫を調べていくと、最奥に檻があった。

 暗闇の中に、ぼんやりと閉じ込められた人影が浮かんでいる。


「〈海岸党〉は壊滅させた。今、檻から出してやるから」

「それはよかった。そろそろ家に帰りたいと思い始めてたんだ」


 芝居がかった、よく通る声だった。若い女性、あるいは少女。


「のんきなやつだな」

「焦ったら檻の鉄柵がひとりでに曲がってくれるのかい? どうせ変わらないんだから、なら人生を楽しもうじゃないか。ボク、檻に入るのは初めてなんだ」


 人影にカンテラを近づける。

 暗闇に仮面が浮かび上がった。カラフルな道化師の格好をしている。


「うおっ!?  こ、怖い格好してんなあ……」


 ちょっとビビって距離を取りそうになった。

 二つに分かれた頭の帽子と、細切れになったスカート。どれも全体的にぶかぶかだ。丈を直した跡があるのに、まだサイズが合っていない。


「こんな薄暗がりの檻に閉じ込められれば、何が入ってても気味悪いよ。例えば、人形がぽつんと檻に入ってたら?」

「ホラーだな」

「何を入れたって気味が悪くなる。試してみよう」


 彼女は檻の扉を開こうとした。


「あ、出れない! 助けて!」

「いや当然だろ!?」


 わざとなのか? それとも壊滅的な天然ボケなのか? なんだよこいつ。

 いずれにしても、道化師風の芝居がかった動作なのは確かだ。


「まったく……」

「どうも!」


 鍵を蹴り壊してやると、仮面の道化師はウキウキしながら檻を出た。近くにあった木箱を檻に放り込んで扉を閉じる。


「ほら。気味が悪い。今にもなんか出てきそうだ」

「まあ、確かに……化け物とか入ってそうだよな」


 彼女は木箱を取り出して、箱を開けた。

 また雄々しいパーティ用品が入っていた。道化師が檻に性具を放り込む。


「ほら怖い! 恐怖、死霊ディルドの盆踊り!」

「いや怖くないだろ。愉快なZ級クソホラーでしかないだろ」

「でもさ、あの檻に入れって言われたら怖いよ? 何させられるんだよって」

「確かに……何も入ってない檻より嫌かも……って、なあ、くだらない話に付き合うために来たわけじゃないんだ」

「うんうん、ボクを助けにきてくれたんだよね?」


 彼女は木箱の上に立ち、近くに転がっていたライトで自分を照らし出した。

 まるでステージの上にいるかのように、その場でくるくると回ってみせる。

 ……芸能系のカリスマ性を感じるな。堂々とした姿だ。


「じゃーん、と、と……うわーっ!」


 彼女はキメポーズを作ろうとして、木箱から落っこちた。

 不気味な格好のくせに意外とかわいいな、こいつ。


「もう一回、じゃーん! ボクはアルルカだよ、よろしく!」

「サクラダだ」


 たぶん、芸が出来るタイプの奴隷なんだろう。

 ”見世物”にできる奴隷の需要は多い。こうやって芸ができるタイプならば稼ぎも多い。俺が助けずとも、自立してやっていけるタイプの人間だ。


「サクラダさん、ボクを買ってよ」

「……どうしてだ?」

「どうしてもこうもないよ! 昨日マフィアのボスに買われたばっかりで、大変なことになる寸前だったのに! 見てよこの倉庫!」

「まあ、すごく盛大で最低なパーティをやる予定だったんだろうな……」

「そうだよ! あのクズ、わざとかわいい子供を選んで買ってたもん! 似たような狙いで買われたら次こそ大惨事だよ!」


 いや、あの犯罪者が狙ってたのはお前じゃないと思うけど。


「……でも、お前、高いだろ? その格好、〈宮廷道化師ジェスター〉だし。政治的なジョークとか風刺とかに対応したインテリコメディアンじゃん。俺、そんなに貯金はないんだ」


 そんな金持ってるんならギルドの年金に頼らず資産運用で暮らすっての。

 金だけ出して搾取する投資家になりたい人生だった……。


「これね、死んだお父さんの服なの。ボクには宮廷道化師なんて無理だよ……まともに芸を披露できたこともない。買われたのだって、どうせ顔目当てだもん」


 彼女は木箱に座り込み、足をぶらぶらと揺らす。

 その一挙一動に華がある。まるでスター俳優の演技だ。


「いや。お前は才能あるよ、アルルカ」

「……どうして? なんで分かるの?」

「スキルだ」


 ――この世界の人間は、何らかのスキルを持って生まれてくる。

 中には”時を操る”だとか”竜に変身する”みたいな化け物じみたスキルもあるけれど、ほとんどはさりげなくて目立たない効果だ。

 俺のスキルも目立たない側である。


「俺は〈トレーナー〉なんだ。ちょっとだけスキルを見抜いて指導するのが上手くなる。その俺が言うんだから間違いない」

「ほんと?」

「ああ」

「……信じてもいい?」

「もちろん」


 アルルカは、おもむろに仮面を横へ滑らせた。

 薄暗い中で、まるで人形のような絶世の美少女が、不安そうに俺を見ている。


「……ありがと……」


 仮面を付けているときとは違う、自信なさげで弱々しい声だった。


「じゃ、こんなホラー空間とはさっさとおさらばしようよ!」


 仮面を着けた瞬間、また彼女の声に自信が戻る。


「そうだな」


 アルルカと共に、俺は屋上まで戻った。


「あ、道化師の子だ!」

「無事でよかった」


 ……ノノ、バセッタと合わせ、これで三人だ。

 三つの人生を預かっていると思うと、気が引き締まる思いがした。

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