第5話 サクラダの私生活


 それから国の役人が来て調査を行い、違法な手段で奴隷にされた人々は故郷まで帰れる路銀を渡されて解放された。

 ……だが、ノノとバセッタとアルルカは合法奴隷だ。

 彼女たちは役人に連れて行かれた。奴隷商のところへ返されるのだろう。


「最後の依頼はこなしてきた」


 俺はギルドに戻り、依頼の首尾を報告した。


「これで終わりだ。引退させてくれ」

「……勿体ないですよ。サクラダさんはC級で留まる才能じゃ……」

「いいんだよ、そういうのは。ゆっくり生きたいんだ、俺は」


 受付嬢は何か反論を考えている。

 実際、彼女は半ば俺の専属みたいな状態だ。彼女がギルド内で出世できるかどうかは、有能な冒険者を抱えておけるかどうかに賭かっている。

 簡単に手放したくはないだろうけど、折れる気はない。


「でも、冒険者を辞めたら借金がやりにくくなりますよ?」

「俺の家計は借金ゼロの健全経営がモットーなんだ。バブル崩壊しても首を釣らずに済むぐらい内部留保がじゃぶじゃぶ欲しい」

「拠点で会った三人の奴隷が高すぎて買えなかったら?」

「……その時は、清く諦めるさ」

「裏切るんですか? 引き取るって約束したのに?」


 脳裏に彼女たちの顔が浮かび上がった。

 ……無理だ。裏切れない。


「とりあえず、明日までは引退を伸ばしましょうよ。借金が必要なかったら、その時にまた引退するかどうか考えればいいじゃないですか」

「考えさせたいのはお前だけだ。金が足りたら引退する」

「でも、考えてくださいよ。B級になれば年金額も上がりますし。あの子たちに贅沢な暮らしを……」

「お前が出世に熱心なのは知ってるけど、なら俺以外にもエースを見つけろよ。じゃ、また明日な」


 俺はギルドを後にして、近所の安アパートに転がり込んだ。

 机のゴミを腕で除けて、屋台で買ったテイクアウトの飯を広げる。

 魔法で生み出されている使い捨ての時限式容器が、パキパキとプラスチックのような音を立てた。〈遺物〉と呼ばれている、古代魔法文明の遺産の類だ。

 もちろん当時の本物なわけがない。安く量産したコピー品だろう。


 焼き鳥に似た串焼きを二本食べ、その串を箸代わりにして芋を食べる。

 ……食ってる最中なのに、容器が消えた。慌てて中身を掴んで口に放り込む。


「やっすい魔石使ってんなあ……」


 机の上に、容器の動力源だった魔石が転がっている。これを掴んで、部屋の隅に投げた。空の魔石が積もった小さな山が少しだけ高くなる。

 あれは魔力を籠め直せば使えるから、本当は昔のガラス瓶みたいに店へ持ち込んでリサイクルするんだが、面倒だから放置している。

 我ながらひどい部屋だ。

 ひどいといえば、壁には大量のナイフが突き刺さっている。以前、〈忌み子〉を嫌う純血主義者の暗殺者が寝込みを襲ってきたときの名残りだ。これのおかげで、俺は短剣に困ったことがないし、気楽に使い捨てられる。ありがとう暗殺者。


 さて、最後に掃除したのは何時だったか。

 ……正直、俺はこの壊滅的な寝所が嫌いじゃない。

 キラキラしたお屋敷なんか落ち着かない。あるべき所にいるような、そういう感じがあって、少しだけ安心する。

 俺が女を連れ込めるぐらいモテれば綺麗にする理由もあるんだが、〈忌み子〉の俺をまともに好く人間がいるはずもない。


 ……いや、好かれた事もあったっけな。俺の股間に頬ずりしながら、金を払うから右足で踏んで欲しいとアピールしてくるドMの貴族がいた。

 残念なことに、あの貴族は男だった。”男の娘”なら考えなくもないんだが、ハゲた中年男性だったので、顔面にキック一発の無料サービスをさしあげたが。


「……そういや、純血主義の暗殺者が来たの、あのオッサン蹴った後だっけ」


 あーあ、気づくのが遅かったな。あのオッサン、自分より偉い貴族の娘にセクハラして粛清されてるから、もう復讐の機会がない。

 ま、いいか。昔の話だし。


 俺はベッドに転がった。右足の爪が引っかかって、シーツがビリッと破れる。

 気にしない。もうダメージ加工済みのジーンズ以上に穴だらけだ。


「……はあ……」


 生活習慣、改めないとな。

 あの子供たちにこんな姿を見せる訳にはいかない。

 いや……どうせ幻滅するほどの好感度なんて元から無いし、平気か?


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