第6話 三人集まれば姦しい
- 三人称視点 -
「ご主人様、格好良かったなあ……! 剣でバッサバッサって」
「ね……。でも、わたしは蹴りが好き……」
「あー、ちょっと分かる! 凄いですよね! 風切り音がビュンビュンで!」
粗末な衣装を着せられたノノとバセッタは、熱狂的にサクラダの話をしていた。
彼女たちは恋に恋する年頃である。
マフィアに買われて絶望的な状況だったところを異常な強さの男に助けられたともなれば、それはもうキャーキャーと熱狂的なアイドルファンじみた状況になろうというものだ。
……まして、二人は〈忌み子〉なのだ。
自分たちが受け入れられることなんてないと思っていた。
絶望していた二人に、サクラダは希望を見せた。
この世界で彼女たちを受け入れてくれるのはサクラダただ一人。
必然的に、感情は熱を持つ。
「キミたちは分かってないなあ!」
向かい側の檻には、アルルカが居る。何故かまだ道化師衣装に仮面のままだ。
「ご主人さまの一番いいところは!」
「いいところは!?」
「顔だ!」
「……か、顔なんですか……!」
「ああ! 憂いを帯びたあの表情! たまらないね!」
アルルカはなぜか檻の中でポーズを決めた。理由は本人にしか分からない。
「確かに、顔もいいですよね……!」
「だろう!?」
「ああ、早くご主人様の物になりたい……!」
「ボクもだ! 何日ぐらいで寝室に誘ってもらえるだろうか!?」
「あれだけ格好いいんだから、絶対もうたくさんの女性とボコスカですよ! 経験豊富に決まってます! サクッとバシッと誘惑してくれるはず!」
「何言ってるの……? ボコスカってそういう使い方する……?」
怪訝な顔で突っ込むバセッタを置き去りにして、二人は更に盛り上がる。
「奴隷とご主人様って結婚できるんでしょうか!?」
「人間とエルフが結婚出来るんだから、奴隷と主人だって結婚できるさ!」
「なるほど! よくわからないけど説得力ありますね!」
「……またずいぶんブラックなジョークを……」
バセッタは呆れたように首を振った。
「うるっせーぞ奴隷共!」
奴隷商の手下が、鞭を片手に詰め寄ってくる。
「まあまあ、同じ奴隷同士、仲良くやろうじゃないか?」
「この俺が奴隷に見えるかよ、コラッ! 頭おかしいのか!?」
「人はみな運命の奴隷さ」
フッ、とアルルカは謎のカッコいいポーズを決めた。
「よくわからないけど……カッコいい!」
「雰囲気に騙されすぎ……このおばか尻尾……」
「んぎゃっ!? なんで引っ張るの!?」
「うるせえっつってんだ!」
奴隷商の手下はアルルカに鞭を入れた。
「なぜボク!?」
「お前が一番うるせえんだよ! 静かにしとけ!」
「キミの声はボクの数倍ぐらいうるさいじゃないか! 毎朝トイレに行くたび唸り声がここまで聴こえてくるぞ!」
「確かに!」
ノノが元気に同調する。またもやバセッタに尻尾を引っ張られた。
「黙ってろっての!」
「痛っ! またボク!? ……商品に傷を付けるなんて、君は商売人の鏡だな!」
傷を付ければ、彼は奴隷商に怒られる。既に危ういラインだ。
これ以上手は出せない。手下の男はギリギリと歯を鳴らした。
「うんうん、それでいいんだ。キミにも賃金っていう首輪が嵌まってるんだから、ちゃんと飼い犬らしく大人しくしないとね」
「こ、この野郎……ケッ、てめえの相手なんかしてる時間はねえや! さっさと趣味の悪い貴族にでも買われて死んじまえ!」
「あいにく、それだけはないね」
アルルカが自信満々に言った。
「ボクの主になるのは、すごい人だからね!」
「引き取る約束でもしてもらったか?」
苛立たしげに鞭を引っ張りながら、奴隷商の手下が言った。
「来ねえよ。どいつもこいつも、”かわいそうだから引き取ってあげる”なんて軽い気持ちで約束しては、値札を見て諦めるんだ」
「き、来てくれるもんね!」
「来ねえよ、バカ」
彼はアルルカに唾を吐き、大股で部屋を出ていった。
「……き、来てくれないのかな? 不安になってきた……」
いきなり彼女は牢屋にへたりこんだ。
自信とカリスマに満ち溢れたオーラがすっかり消えている。
「あれ? 黒幕系キャラみたいな格好してるのに、意外と打たれ弱いんですね!」
「おばか尻尾ー!」
「ぎゃん!」
「いや……ボクなんて、お父さんの真似してるだけだから……ぐすっ」
「な、泣いてる! 仮面キャラなのに……うぎゃ! ひっぱらないでー!」
「ノノ? 普通は奴隷になってもノーテンキでいられるずぶと女のほうがおかしいんだよ……不安になって泣きたくなって当然なんだから……」
「ほんとですか? この人のメンタル強度が焼き芋ぐらいさくっと手で割れる感じに脆いだけなんじゃ、ふぎゃんっ!」
「一回じゃ足りない気がしてきた……もっかい引っ張っとこ」
「横暴だー! ぎゃー」
仮面をずらして涙を拭いながら、アルルカはちょっとだけ笑った。
「君ら、ボクより面白いかもね……」
「そうですか!? そうかも!」
「ちょっとは謙遜しろばか尻尾……!」
「ぎゃい!」
……そんな調子で夜は深まり、やがて三人は眠りについた。
何だかんだで彼女たちの眠りは深かった。
サクラダは、ご主人様は、必ず来る。
全員、そうと信じられるぐらい彼に好感を抱いているのだ。
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