第7話 奴隷商館


 翌日。

 治安の悪い道を行き、俺は奴隷商館に入った。


「本日はどのような奴隷をお探しで?」


 怪しげな奴隷商が恭しく一礼する。


「昨日、〈海岸党〉から助け出された三人を」

「ああ、なるほど。こちらへ」


 薄暗い館内を案内される。

 ホールじみた広い空間で、首輪を嵌められた奴隷たちが長机に座らされていた。

 奥にはステージがある。何かの催しがあるときはここを観客席として使うが、普段は奴隷を展示するための場として活用する……ってことか。

 座らされてる奴隷たちは、特に傷もなければ痩せてもいない。

 最低限の扱いはしてもらっているようだ。


「驚かれましたか? 奴隷といえど、大事な商品ですから。不要な暴力は加えておりませんし、最低限の教育も施しております」

「不要な暴力、ね……」


 必要なら殴って躾をする、ってわけか。


「失礼ながら、お客様。あなたも有用な暴力を使う類の方でしょう?」

「少なくとも、俺は子供に暴力を向けたことはない」


 奴隷商の男は、にこやかな笑顔を浮かべて俺の敵意を受け流した。

 ……この世界の治安は悪い。喧嘩も日常茶飯事だ。

 殴られるぐらい大したことでもない。

 良心的だ、とは頭では分かっていても、やっぱり好きにはなれなかった。


「あの三人は?」

「ここは通常の商品が並ぶ場ですから」

「……通常の?」

「ええ。残念ながら、生まれついてどうしようもない奴隷は一定数存在しますからね。例えば、〈忌み子〉……そういう欠陥品は、裏の部屋で扱っております」

「欠陥品だと?」


 掴みかかる寸前で、俺はなんとか自制した。

 ……悪く言われているのが俺なら、いい。でも、彼女たちはまだ子供だ。


「お前のほうが、よほど人として欠陥品だ」

「左様でございますか」


 奴隷商が鼻で笑った。

 ホールを抜け、従業員通路の先にある小さな部屋へ向かう。

 ……かなり奥まった、逃げにくい場所だ。扉に頑丈な閂がついている。

 部屋の前には鞭を持った男が見張りについている。見るからに下衆だ。


「こちらです」

「あ、ご主人様ー!」

「本当に来てくれたのだね! まあ、ボクは最初から確信していたけども!」

「……よかった……!」


 三人は檻の中に入れられている。


「出してやってくれ」

「鍵はそこにありますから、ご自分でどうぞ」


 奴隷商の男は部屋に入ろうともしなかった。

 ……これから取引をする相手じゃなければ、今すぐに蹴ってやるものを。


「お前ら、大丈夫だったか? 酷いことはされてないか?」


 檻を開けてやる。三人は勢いよく抱きついてきた。


「私は全然! あ、でもアルルカがちょっと鞭で打たれてました!」

「なんだって!? 怪我はないか!?」

「大丈夫だよ。ちょっとお父さんの服に傷は付いたけど」


 ……宮廷道化師は、身分こそ平民だが、王族とのコネがある。

 普通なら奴隷に落ちることはない。父親は死んだ、と言っていたな……。


「アルルカ。その服は、形見なのか?」


 彼女が頷く。脇腹のあたりに破れた跡があった。

 ……いよいよ怒りが収まらなくなってきた。殴ってやろうか。

 いや、駄目だ。俺一人ならともかく、交渉が決裂すれば彼女たちが危ない。


 その瞬間、がちゃり、と部屋の扉に閂がかけられた。


「……何をしてるんだ、奴隷商」

「あなたこそ、何ということをやらかしたのですか? 〈海岸党〉は我々の取引相手ですよ。ここへ来て無事で済むと、本当に思っていたのですか?」


 鉄格子の嵌った扉の穴越しに、奴隷商が笑った。


「残党の皆様が、あなたをお待ちしておりますよ」


 奴隷商が鈴を鳴らす。館の中の殺気が膨れ上がった。


「それは良かった」

「はい? 良かった……? ああ、そういえば、あなたも”欠陥品”でしたか。いやはや、単純な損得勘定すら出来ないのも自明の理という……ぐはっ!?」


 俺は右足を振り抜く。

 閂ごと扉が吹き飛び、壁との間に奴隷商を挟み込んだ。

 彼の手足はねじ曲がり、血が潰されたトマトのように飛び散っている。


「これで、話はシンプルになったな。下衆共を蹴り飛ばせばいいだけだ」

「うげっ!? て、てめえっ!」


 部屋の前に待っていた鞭の男が慌てて立ち上がった。

 蹴り飛ばす。壁にめり込んだ。

 ……アルルカを鞭で打ったのはこいつだろう。

 即死で済ませたことに感謝してほしいぐらいだ。


「お前ら、俺の後ろから離れるなよ? 一緒に逃げるぞ」

「やっちゃえご主人様ー!」


 ノノが拳を振り上げた。


「能天気だな、おい」

「言われてるよ、ノノ……」

「だってご主人様オンステージですよー! 格好いいとこ見れるんですよー!」

「人殺しに格好いいも何もないだろ……おい、アルルカ? 大丈夫か?」


 彼女だけ足が子鹿のようにプルプルしている。


「だだだ、大丈夫! ボクはひぇいきさ!」


 どっからどう見ても平気じゃない。

 あんな格好しといてメンタルは最弱か。いや、他の二人が強すぎる気もするが。


「ノノ、バセッタ。支えてやってくれ」

「はーい!」

「分かった……」


 さて、悪者共を蹴り飛ばしにいくとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る