第24話 サロン・ド・レジヌール
「ご主人様、サロン・ド・レジヌールって、何?」
朝一番にそんな質問をされて、俺は固まった。
「……会員制のカジノだ。高ランクの冒険者や大金持ち、それと王侯貴族の遊び場だよ……」
誰からそれを、なんて聞くまでもなく、ヴィクトリアの入れ知恵だ。
あいつ。社交界経由のルートで〈タランテラ〉を調べろ、って言いたいのか。
かなりの無茶だ。それこそ、レオポルド本人と出くわしかねない。
「会員制? 入れるの?」
「……ああ」
〈海岸党〉の海側のボスだった魚人間の死体。
あいつが会員証を持っていた。ヴィクトリアが処理のときに見つけ、今は俺の手中にある。名前や魔法による認証部分を書き換えれば問題はない。
「でも、駄目だ。俺の仕事にお前らを巻き込む訳にはいかない」
「ご主人。共犯、だよ」
バセッタは覚悟を決めた目つきで俺を仰いだ。
「ご主人が戦うなら、わたしも戦う」
「バセッタ……?」
こんな子供を巻き込むのか?
俺の理性は、辞めておけ、と言っている。
……でも、彼女の覚悟は本物だ。
それに、何より、嬉しい。俺をこんなに慕ってくれているのが。
「……ああ、分かった。頼むぞ、バセッタ」
「任せて、ご主人」
奴隷と主人、という以上の絆みたいなものを、俺は感じた。
「そのチョーカーは外しておいてくれ。あの賭博サロンは奴隷が入れる場所じゃない。一端の貴婦人を気取って偉ぶるぐらいでいい」
「……やだ」
彼女はチョーカーを外すのを渋った。
「……そんなに嫌か?」
「だって、ご主人からの貰い物だから」
「貰い物とは言ったって、それは奴隷の首輪だろ」
「でも、着けたい」
「……しょうがないな。ま、最先端ファッションって言い張ってくれ」
それから、俺はバセッタに諸々の事情を説明した。
- - -
夕刻。
社交界でも見劣りしない服をレンタルして、俺たちは馬車に乗り込んだ。
「ご主人の正装、かっこいい……」
「そういうお前も、なかなかドレスが似合ってるぞ」
数十分後。庭園の中に建つ豪華な建物を見上げて、覚悟を決める。
警備相手に会員証を提示して、なるべく堂々と入場した。
「うっわ、サロン自称するだけあるなこりゃ」
「何もかも高そう……」
大理石だのシャンデリアだの。すげーや。
って、キョロキョロ見回してたら貧乏がバレるぞ俺。場に馴染むんだ。
「デポジットを」
なるべく無造作に金貨を百枚ほど出してチップを買い求める。
これが俺の貯金の全額だ。手が震えそうになった。
でも、多少は金を持ってるふりをしなければ、ここで相手にしてもらえない。
「この分も、追加で」
更にバセッタが金貨を二十枚ほど。
合計して、一千と二百万円。狂気の沙汰だ。
「バセッタ。分かってると思うが、情報収集がメインだからな」
〈タランテラ〉やレオポルドに繋がる情報が目的だ。
このカジノに居る上流階級は、後継者争いに利害で一枚噛んでいるようなやつが多い。話していれば、必ず情報が漏れてくるはずだ。
とはいえ、その話す切っ掛けを作るのが難しいんだが……。
「ん。勝つのが手っ取り早い」
数字の描かれたチップを握りしめ、バセッタはテーブルに着いた。
大勝ちして注目を集めれば、いろいろ話のキッカケも生まれるだろう。
場末の賭場と違い、このカジノで行われているのはテキサス・ホールデム。手札二枚と公開カードの五枚を合わせて役を作る、難しいポーカーだ。確率とブラフのゲームである。
一応、バセッタは賭場で遊んだ経験があるらしい。俺からも基本的なストラテジーは教えておいたが、さてどうなるか。
俺はバセッタの保護者ぶりつつ数戦をこなし、体調不良を装って席を立つ。小芝居を挟んでバセッタにチップを全額預けておいた。任せたぞ。
隅のバーに引っ込んで、適当に注文する。
「何か白ワインを。お手頃価格で頼む」
高そうなワインが注がれた。うへー。これ一杯の値段で一週間ぐらい生活できるんじゃないか? お手頃価格って頼んだのに……。
まあ、仕方がない。必要経費だ。
可能な限りちびちびとワインを飲みつつ、カジノを眺める。
豪華な作りだが、ゲームのテーブル自体はそれほど多くない。
その代わりに、お茶会でもできそうな机と椅子がたくさん用意されている。
あくまでも紳士淑女の社交場、というわけだ。
ざっと見回した限りでも、有力者が数人。
気分良さげにワインを飲みながら大損を垂れ流しているどこぞの伯爵様に、その御用聞きらしき商人やら何やら……。
その中に、パッと見てカタギじゃないと分かる男がいた。引き締まった体と完璧な紳士服、視線だけで人を殺せそうなほど鋭利な瞳。
俺はヴィクトリアの資料を思い出す。
あいつは……〈タランテラ〉のボス、ヴェントリコ!?
ワインで気を落ち着ける。緊張で味がしない。
いきなり本命だ。とはいえ、どうしたものか。直接関わるのは無茶すぎだ。
死ぬほど強そうな男が護衛についているし。
「あまり見ないほうがいいわよ?」
宝飾品を身に着けた貴婦人が、俺の隣に座ってささやいた。
ごもっとも。
「あれは誰なのですか? 少々、場違いに思えますがね」
わざとらしく気取ったキザな口調で、俺は言った。
場に馴染もうとする試みだけど、かえって逆効果な気もする。
「そうかしら。私の目には、あなたも彼と同類に見えるわよ」
「……そうかもしれませんね」
貴婦人は軽く自己紹介をした。どこかの貴族の夫人らしい。
俺は”サクラダ”という名前だけを名乗る。
「ああ。冒険者のサクラダさん。噂は聞いているわよ」
「俺を知ってるんですか? 冒険者に詳しいのですね」
バレバレかよ。
「あなた、意外とファンは多いのよ? オーフェリア様もあなたを推していたわ」
「オーフェリア……様? あの、国王の娘で、後継者候補の?」
「ええ。あなたが使い捨てた短剣をコレクターから買い取っていたわ」
……この世界の冒険者は、けっこうアイドル的な人気がある。
Sランク冒険者なんかになると、もう誰からもチヤホヤされる英雄だ。
でも、俺はCランクだぞ。しかも忌み子だ。どうしてまた。
「おや、噂をすれば、ね。見なさい」
着飾った格好の男がカジノに入ってきて、大声で先触れを出す。
「王女オーフェリア様、ご到着!」
カジノに居た全員が一斉に立ち上がり、男は頭を下げ、女性はスカートを持ち上げるカーテシーの一礼で王女を出迎える。
ずいぶん小さい王女様だ。末の妹とはいえ、オーフェリアは十八歳だったはずだけど、バセッタより少し大きいぐらいの背丈だな。
っとと、俺もお辞儀しなきゃ。危ない危ない。
オーフェリアが隅のソファに座る。お辞儀やカーテシーの姿勢を維持していた人々が、そこでようやく礼を解き、席に戻っていった。
めんどくさいな、社交界のマナーってやつは。
「……おや?」
カジノを見回したオーフェリアが、俺のことを見つめた。
「まあ! あなたさまは、もしや!」
「え、えーと。冒険者のタナカです」
「こちらにおられるのは冒険者のサクラダ様ですわ、オーフェリア王女」
うん。誤魔化してくれないよな。知ってた。
貴婦人と入れ替わり、王女様が俺の隣に座る。
……大丈夫なのか、これ?
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