第25話 王女オーフェリア


「お話はかねがね伺っておりますわ。最前線でも活躍されていたとか」

「運が良かっただけですよ」

「まあ。噂通り、謙虚な方なのね」


 オーフェリアは微笑んだ。


「では、〈海岸党〉を一人で潰したのも幸運のおかげなのかしら?」

「……かもしれませんね」

「威張らないのですね。よほど目立つのがお嫌いなのかしら、サクラダさんは」


 俺はワインをちびちび飲みつつ、頷いた。

 静かに暮らしたい。もう、疲れた。大人気の英雄になってチヤホヤされるとか大金持ちになるとか、そういうのは別に求めてないんだ。

 仮になれたら数日ぐらいは楽しいだろうけど、いずれ面倒な気持ちが勝る。


「同感です。わたくしも、出来ることなら平穏無事な生活を送りたい」

「ならば、後継者争いが始まる前に逃げるべきだったのでは?」

「無理なの。王都の外には出られないよう、魔法が刻まれているから」


 王女は手の甲を俺に見せた。うっすらと魔法陣が見える。

 哀しげな横顔だった。王族だというのに、まるで囚人だ。

 このまま行けば、彼女はもうすぐ処刑される。


 誰も彼も、みな色んな事情でがんじがらめだ。

 王族ですら自由に動けないなら、いったい誰が自由になれる?

 それが大人ってやつだと分かっちゃいても、やりきれない。


「サクラダさん。レオポルドがあなたを狙っているのはご存知?」

「ええ」

「わたくしの兄はね、何でも思い通りにしたい人なのです。それに粘着質。少しでも邪魔をしてきた人間のことは、死ぬまで許さないの」


 ……やはり、ノノを探してたのは俺への復讐か目的か。人質狙いだろう。

 粘着質な性格なのは厄介だな。

 レオポルドが国王になれば一生ずっと危険がつきまとうことになる。

 俺はともかく、あいつらの身は守ってやりたい。


「それに、復讐のためならば手段を選ばないのです。おそらく、あなたの弱点を探して突いてくる。彼女のたちのことは、しっかり守ってあげてください」

「ええ。そのつもりです」


 彼女たち、か。オーフェリア王女も俺の”弱点”は把握しているようだ。

 でも、脅しに使わず、純粋に心配してくれている。


「厳しい状況ですけれど、まだ諦めるつもりはありません。商人や政治家と私腹を肥やす算段をしながら麻薬をばらまくような男には、負けるわけにはいきませんもの。この国を芯まで腐らせないためにも、精一杯頑張りますわ」


 小柄な王女は、そう言い残して席を立とうとする。

 その言葉に嘘は無かった。

 ……少なくとも、彼女はレオポルドよりマシな女王になるだろう。


「あの」

「はい。何かしら」

「交渉相手は……?」

「わたくしに武力の提供を申し入れた方がおりますのよ」


 王女オーフェリアが、ちらり、と視線を向ける。

 その先に居たのは、〈タランテラ〉のボス。ヴェントリコだ。


「待て。本気か?」


 思わず敬語も忘れ、俺は小声で尋ねた。

 心は立派でも、能力のほうはまだ発展途上というべきか……。


「わたくしの部下からは、レオポルドと敵対していると聞いております」

「多分、その部下はレオポルドに内通してるぞ」

「へ……?」

「麻薬の生産者は〈タランテラ〉だ。レオポルドの資金源を作ってる連中だぞ。協力してないはずがない」


 オーフェリアの顔が青白く染まる。

 内通者を使って彼女を騙し、交渉とうそぶいて呼び出したに違いない。

 狙いは明らかだ。オーフェリアを捕まえるため。


 状況が一変した。

 このカジノは後継者争いの戦場だ。

 ここで何もしなければ、おそらくレオポルドが勝つ。見逃すわけにはいかない。


「……サクラダさん。わたくしの護衛依頼を受けてくださるかしら。報酬は、出せるものなら何でも出しますわ」

「その依頼、承った」


 今度の今度こそ、これが本当に最後の仕事だ。

 さて。〈タランテラ〉は強い。実際、ヴェントリコ本人はともかく、脇に控えている男は最前線でも見劣りしないだろう戦闘力だと伺えた。奴は強い。

 ……護衛の男が、俺の視線に気付いた。向こうも俺を品定めして、ヴェントリコに何かをささやく。

 ヴェントリコが「バカバカしい」とでも言いたげなジェスチャーをした。


「護衛は居ないのか?」

「そこに」


 カジノに似合わないお硬い男が、目立つ場所で周囲を威圧している。

 残念ながら態度に見合うほど強くはない。おそらく国の軍人だ。

 アテにはできないな。


「あとは、周囲の建物に十人ほど」

「……見えない」

「はい?」


 窓の外から建物を確かめても、護衛らしき姿はない。

 一瞬だけ建物の屋上に見えた姿は、護衛というより暗殺者のそれだ。


「既に全滅した可能性がある」

「ま、まさか。兵士の中でも手練を集めたのですが」

「……一番の手練が、あそこの護衛か?」

「はい」


 一番強くてあの程度か。

 それも仕方がない。王国軍の兵士なんて下っ端の公務員だ。

 強いやつほど民間で高給取りになりたがるのは、どこだって変わらない。


 改めて、周囲を眺める。

 さっきまで見えなかったものが浮かび上がってきた。二階の通路に、気配を消した暗殺者が何人も待機している。

 どこへ隠れても射線が通る配置だ。遠距離から射撃してくるだろう。もしもこのホールで戦いになれば、蹴り一本の俺がオーフェリアを守りきるのは難しい。

 もしバセッタも同時に狙われてしまったら俺はお手上げだ。


 今すぐにオーフェリアとバセッタを連れて逃げるか? いや、それも厳しい。

 外には暗殺者が構えている。罠に飛び込むも同然だ。


 オーフェリアを見捨てて逃げる? 論外だ。

 国王になったレオポルドにじわじわ追い詰められて殺されるオチになる。


「交渉の場所は?」

「二階に、特別な客だけが入れる部屋がありまして。手慰みにポーカーでも嗜みながら、ゆっくりと交渉の話をする手筈になっております」


 なるほど。VIPルームを貸し切りってわけだ。

 ……こりゃ、自分から罠に踏み込んで行くべき状況かもしれないな。

 密室の中なら、俺が武力で制圧できる目も出てくる。


 殴り合いなら、障害になるのはあいつ一人だ。

 俺はヴェントリコの護衛を睨む。不敵な笑みが返ってくる。

 そういえば、あいつの顔はヴィクトリアからの資料で見た。

 ウルザン・トーケル。素行不良の元A級冒険者にして〈タランテラ〉構成員。

 ランクだけなら格上、か。上等だ。


 ワインの残りを飲み干して、覚悟を決める。

 ――いざ、勝負。


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