第26話 宵の口


 殺し合いが発生する前に、バセッタを帰らせようとしたんだが。


「ご主人。わたしも行く」


 彼女はそう言い張って聞かなかった。


「王女様を殺すだけならもっと他に手がある。道中で襲うとか。わざわざカジノを選んだ理由があるかも。もし賭博が絡むなら、わたしだって役に立てる」


 そういえば、〈タランテラ〉は金に困ってるんだったか?

 ……なるほど。なら連れて行くべきかもしれない。

 危険だが、一人で帰らせるほうが危険だしな。


「分かった。気を引き締めておけよ」


 オーフェリアと三人で二階へと向かう。戦力外な王女の護衛がいるから、正確には四人だが。

 間違いなく〈タランテラ〉より戦力では下だ。


「ご主人……このチップ、持って逃げたあとでも換金できる?」

「カネの心配してる状況か?」

「だって、マフィア相手に勝っても換金できなかったら困る……」


 いや、確かにポーカーしながら交渉しようって話らしいけどさあ。

 マジで言ってんのか。

 王女もすげー顔してるぞ。


「この主人にして、この子あり、ですのね……」


 どういう意味だよ。


 とにかく、俺たちはこじんまりしたVIPルームへ案内される。

 ここを使えるからには、カジノ側と話が付いてるんだろう。


「……っ!」


 ポーカーテーブルに座ってグラスを傾けていたヴェントリコが、俺の姿を見て明らかに動揺した。

 俺が護衛についてくるなんて、そりゃあ予想外だろうな。

 こっちだって巻き込まれるのは完全に予想外なんだから。


 動揺するボスに構わず、マフィアの構成員たちが俺たちを囲む。

 五人。ウルザンほどの手練ではないが、瞬殺できるほど雑魚でもない。


「貴様ら、下がれ!」


 オーフェリアの連れてきた護衛が、真っ先に武器を抜いて振りかぶった。


「この方を誰と心得……ぐあっ!」


 人外すれすれの動きでウルザンが地を滑り、瞬殺する。

 血を払ったウルザンが、にやつきながら俺を見てきた。


「どうだァ? 今のでC級の雑魚と格が違うのが分かったろ? 怖気づいてしょんべんもらしたか?」

「ウルザン。よせ」

「へい」


 にやついた野郎がボスに命じられて引いていく。

 誰がお前ごときの腕で漏らすかよ。今ので分かった、A級でも下のほうだ。

 一対一なら殺れる。もっとも、この状況じゃ一対一に持ち込めないが。


「サクラダくん。噂は聞いているよ」


 ポーカーテーブルの奥に座ったヴェントリコが言った。

 大物ぶって微笑んではいるが、握ったグラスがわずかに震えている。


「どうしてみんな俺の名前を知ってるんだ? 有名人になった覚えはない」

「一人でマフィアを潰しておいて、名が広まらないと思うかね?」


 彼はすっかり動揺を抑え込み、自信満々な様子で言った。

 こいつ本人は戦えないようだが、それでも尋常の人物ではなさそうだ。

 レオポルドに麻薬生産を任されるだけはある。


「手を引きたまえ。君の家には、既に私の手勢が待機している。今ならばまだ君の奴隷たちは助かるぞ」


 俺の家、か。廃修道院のことは知らないようだな。


「つまらないブラフだ。それでポーカーをやるつもりだったのか?」

「……ふ。手を引かないならば、座るといい。相打ちは御免だからね」


 ヴェントリコも俺も、お互いに武力行使を避けたい状況だ。

 今戦えば、オーフェリアとバセッタは死ぬだろう。だが同時に、俺は即座にヴェントリコを殺せる。一種の相互確証破壊だ。


「交渉と聞いていましたのに、随分と物騒なのね」

「先に武器を拔いたのはあなたの護衛だ。王女様、お互いに状況は分かっているだろう? あなたが自分の身を捨てさえすれば、この場は平和的に収まるのだよ」

「国王の座をレオポルドに明け渡し、殺されろ、と?」

「素直に降れば、本物ではなくダミー人形を処刑場に吊るしてもいい。レオポルド様はそう仰っているぞ」

「冗談ではありませんわ。それを受け入れるぐらいなら、この場で戦って気高く死んでみせましょう」


 お、おい。もうちょっと引き伸ばしてくれよ。


「……むろん、私は今すぐ部下たちに攻撃を命じることもできる。だが、それではつまらない。ひとつ余興をやろう」


 ヴェントリコが指を鳴らす。向こうにも引き伸ばす理由があるらしいな。助かった。

 殺された王女の護衛が袋に詰められて運び出されていくのと入れ替わるように、高額のチップが山のように積まれた台車が入ってきた。

 ざっと見て、金貨の数千枚数億円相当。

 マフィアの見せ金にしちゃ額が少ない。


「誰か一人のチップが無くなるまで、私は攻撃を命じない。もし私達が先に資金を失うようなことがあれば、無傷で帰らせてあげよう。私達が勝てば、あなたの身柄はもらい受ける。どうかな、王女様? 戦費の金貨袋があるだろう?」

「そんな勝負に使うべき資金ではありませんわ」

「なら、ここで死ぬ道を選ぶのかね? それは無為無策が過ぎる。少しでも勝利の可能性があるのはどちらの選択か、自分でも分かっているだろう、王女様?」

「……っ」


 やっぱり金を賭けた勝負に持ち込もうとしているな。多分、裏事情はこうだ。

 〈海岸党〉が壊滅して密輸ルートを失い、こいつの資金は焼け付いた。

 おそらく金を借りてる相手はレオポルドの御用商人。レオポルド自身も後継者争いのために金が必要だから、商人はもう大金を貸してるはず。金庫は空っぽだ。

 つまり、ヴェントリコに追加で金を貸せる相手はいない。レオポルドは粘着質な男だというから、こんな時に破産すれば根に持たれる……。


 想像するだけで冷や汗が出そうだな。マフィアってやつも大変だ。

 そんな窮地のヴェントリコが思いついたのが、今のコレ。

 王女を捕まえるついでに金を巻き上げ、活動資金を調達する計画だろう。

 そのためにこの高級カジノを指定しておびき寄せたわけだ。

 こういう苦し紛れの一発逆転作戦には、往々として穴が出来るものだが、さて。


 ……ネタが割れたが、厄介な状況には変わらない。

 勝ったとしても素直に帰してくれるわけがないんだ。

 勝負を長引かせつつ、どうにか一方的に殺せるタイミングを作らなければ。


「くだらないな。勝ったところで、どうせ後ろから不意打ちするだろ」

「イカサマも、不意打ちもなしだ。でなければこのサロンを選ぶものか。それでも信じられないようならば、今すぐ戦いを挑んでみるかね?」


 ……まだだ。

 可能な限りチャンスを待つしかない。


「どうかね、王女様。勝負せず降伏するというなら、それはそれで構わないが」

「いいえ。その余興、乗らせていただきますわ」


 王女はチップを積んだ。金貨で言えば百枚もない額だ。

 俺とバセッタも上乗せするが、せいぜい合わせて二百枚と少々。

 資金力の格差がひどい。これで勝負になるか?


「それだけかね?」

「足りないようなら、後から追加させてもらいます。構わないでしょう?」

「うむ、それでいい。面白くなってきたではないか」


 ヴェントリコは同額のチップをテーブルに積み、護衛のウルザンと等分した。


「同額? 手加減してくれるのかしら?」

「言ったろう? 余興だと。無粋な真似をするつもりはない」


 サロン側のディーラーが入ってきて、俺たちに一礼した。

 カードが扇のように広げられ、背面の魔法陣が淡く輝く。ありったけのイカサマ防止魔法術式が刻まれた高級品だ。

 ……なるほど。本当に、真っ向勝負をやる気らしいな。

 王女様が相手なら、それでも良かったかもしれないが……。


「ちょうど陽も落ちたところだ……さあ、長い夜を始めるとしよう」



- 一方その頃(ノノ視点) -



 しごとおわりー!

 休憩時間込みで五時間ぐらい働いて、小銀貨が五枚!


「コスパ最高ですね!」

「給料のこと、コスパって言うかな……?」


 今日もいまいちなステージを披露したアルルカが、微妙に落ち込んだ様子で銀貨を数えています。数枚混ざった銅貨がおひねりの分ですね。


「アルルカ、何だったら私がお皿投げてあげましょうか? 両手と頭と片足でうまくバランス取ったら、たぶんウケますよ!」

「ダメだよ。君のせいで、この店の客はもう何回も見てるじゃないか」


 あー。

 ほんと見事に皿を受け止めるんだから、ついやりたくなっちゃうんですよね。


「……そろそろバセッタがおしゃれなカジノに行ってる頃ですかね?」

「うん。ボクたちも手伝えたらいいのになあ」


 バセッタ経由でだいたいの話は聞いてます。

 会員制カジノで情報収集なんて、うらやましい。私もドレス着たいし美味しいご飯を食べたいんですけど。

 はー、今もバセッタは大金稼いでるんだろうなあ。なのに、私はギルドの中で二人が来るのを待ってるだけなんて。


「……にしても、ノノ。よく狙いを外さないよね」

「え?」

「ちょっとズレるだけで大惨事になるよ? あの皿投げ」

「狙いって、ズレるものなんですか?」


 アルルカが私を二度見しました。


「……ちょっと待ってて」


 彼女は厨房に戻り、壊れたまな板を持ってきました。

 スタッフルームの隅に置いて、ナイフを渡してきます。なるほど。


「えい」


 ど真ん中に突き刺さりました。当然ですね。


「……ノノ……?」

「え? なんですか?」

「も、もうちょっと待ってて!」


 アルルカはギルドに走っていき、知らない職員を引っ張ってきました。


「この子が?」

「そうなんだ。ボクたちに射撃訓練場を借してくれないかな?」

「もう営業終わりなんだけどなあ……少しだけだよ?」


 私達はギルドの中にある訓練場へ案内されました。

 藁や木の的が立ち並び、壁には弓やクロスボウが展示されてます。


「初心者なら、これ、かな?」


 手渡されたクロスボウを構えると、なんだか妙にしっくりきました。

 呼吸してるみたいに、考えなくても体が動きます。


「えーい」


 バスッ、と的の中心に矢が突き刺さります。当然。

 なんか職員もアルルカも驚いてます。


「これぐらいなら皆出来ますよね……?」

「ノノ。普通の人はね、あんな小さな的にいきなり当てられないよ」


 アルルカが私の手をそっと掴みました。


「君は、射手系のスキルを持ってるのかも」

「えっ」


 それホント?

 嬉しい、けど。

 そういうの、アルルカじゃなくてご主人様に教えてほしかったなー。


「……今、尻尾を引っ張るべきタイミングを感じた気がする」

「やめてください」


 じゃ、ご主人様が帰ってくるまで、のんびり射撃訓練でもしてましょうか。


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