第29話 完全勝利


「てめえ……!」


 トイレに入った瞬間、ウルザンが因縁を付けてきた。

 腕でバセッタたちを下がらせる。


「イカサマしたろ! 絶対に、カードは弱かったはずだ! よくも!」

「まだ騙されたことに気付かないのか? お前が見抜いたクセは偽物だよ」

「……!」


 元からほんのりとしかないウルザンの理性が、いよいよ消え去った。


「ああああああっ!」


 怒りに任せた攻撃を放ってくる。

 こいつが勝手に暴走してるだけだから構成員たちは困惑が先に立ち、まだ加勢してこない。一対一だ。これならば楽に勝てる。


「おい、ウルザン」

「んだよ!」

「俺はともかく……バセッタを侮辱したのは、許さない」


 ずっと我慢してきた右足を解放する。

 変異した右足が宿す人外の力を、一切の遠慮なしで振り抜いた。


「死ねッ!」


 すさまじい音がして、彼の首が胴体と別れる。

 顔面が天井でバウンドし、小さな窓から外へ飛び出していく。

 そうして、ウルザンの首は裏手のドブ川にどぼんと落ちた。

 お似合いの末路だ。


 首の軌道をマフィアの構成員たちが追っている間に、俺は動く。

 不意打ちで数人を仕留め、殴り合いで更に数人を殺した。

 最後の一人の顔面を掴み、洗面台の鏡へ叩きつける。


 ガラスの飛び散る音を聞きつけ、トイレの外から一人が駆けつけてくる。

 目立たない服装の男。右手にはクロスボウ。

 隠れていた暗殺者の一人だ。


「っと、危ねっ!」


 撃たれる寸前でクロスボウを蹴り飛ばす。暗殺者は短剣を拔いた。

 オーソドックスな突き主体の戦い方だ。狭いトイレでは身をかわすのも難しい。

 後ずさりながら、ギリギリのところで短剣を防ぐ。

 反撃に蹴りを放てば、暗殺者は身を大きく逸らして避けた。


 ……思ってた以上に、隠れてた暗殺者どもは厄介な敵らしい。万全のウルザンよりは弱そうだが、冒険者としてもそれなりに強いレベルだ。

 こいつらに狙撃される場での戦いを避けて正解だった。


 さて、どうするか。

 狭いトイレの中だと、正直、俺の蹴りも取り回しが難しい。

 短剣のほうが手数で上だ。下がりながらの防戦を続ける。


「……えい!」


 いきなり横から短剣が飛来し、暗殺者の脇腹に突き刺さる。

 個室に隠れていた王女オーフェリアによる奇襲だ。


「ナイスだ!」


 追撃でトドメを刺す。

 ……俺のアパートの壁にたくさん刺さってるのと同じ短剣だ。

 そういえば、俺の使い捨てたナイフをコレクターから買ったんだっけか。


「い、今ので終わりなのかしら?」

「まだだ。残りの暗殺者がトイレの出口を固めてる」


 このトイレの窓は人がくぐれるサイズじゃない。脱出路は一つ。

 敵からすれば、無理に中へ入るより出口を固めて待つほうが得策だ。


「で、ではどうするのですか? このままでは……」

「ああ。立てこもったらいずれ負ける。でも、俺たちが外に出る術もない」

「サクラダ様……?」

「心配するな」


 心配そうな様子の王女とバセッタを振り返り、言う。


「もう対策は打ってある。そろそろだ……」


 カジノのどこかで悲鳴が上がった。

 びりびりと壁が震えるほどの騒音、そして誰かの叫び声。


「火事だ!」


 それを皮切りにして、カジノが一気に慌ただしくなる。

 鐘が打ち鳴らされ、逃げまどう客の足音で建物が揺れた。

 煙が天井を伝っている。


「へ? か、火事?」

「さあ、行くぞ!」


 一斉に外へ逃げ出していく人波に紛れ、俺たちも脱出を開始した。

 ……階段を降りている最中に、二人ほど怪しい奴らが近づいてくる。

 〈タランテラ〉の暗殺者だ。


 その時、人混みの中に居た厚化粧で金髪のウェイトレスが向きを変えた。

 彼女とすれ違った瞬間、暗殺者たちがいきなり気絶して階段に倒れる。


「おい! 誰か倒れたぞ!」

「……放火犯の手下です。近づかないように」


 厚化粧のウェイトレスが客を下がらせた。

 階段から、出口に人が殺到しているのが見える。

 その中にヴェントリコの姿もあった。


「そこの黒い服の男! そいつが放火犯だ! 捕まえろ!」


 俺は叫んだ。


「な、何を……! 待て、誤解だ!」


 ヴェントリコが群衆に掴まれ、逃げ道を失った。

 残念だったな。俺の……いや、俺たちの勝ちだ。


 カジノの外へ出てみれば、火事に気付いた憲兵たちが集まっていた。

 王女の命令で、マフィアのボスであるヴェントリコや暗殺者たちが王女の命を狙った罪で逮捕され、厳重に縛られて連行されていく。


「あの、ご主人」

「なんだ?」

「どうやったの……?」

「後で説明してやる。今はちょっと待ってくれ」


 ”火事”のほうはというと、小さなボヤで収まったようだ。

 明らかに人為的な放火だったという。

 ……まあ、この罪はヴェントリコに被ってもらおう。


「サクラダ様……今回は、本当に、ありがとうございました」


 王女オーフェリアが、俺に深々と頭を下げた。


「この大恩、わたくしは一生忘れません」

「気にするな。報酬さえ貰えればそれでいい」

「サクラダ様は、報酬に何を望まれるのですか? 何でも構いませんよ?」

「そうだな……あのチップの処理が終わったら、俺たちに金貨三百枚を送ってくれ。あとは、貸し一つ。それだけで十分だ」

「本当に、それだけでよろしいのですか?」

「ああ」


 いや三千万円だけどな。それだけ、って額かよ。


「……やはり、話で伝え聞く通り、あなたは謙虚な方なのですね。ありがとうございました、サクラダ様。これまでもこれからも、あなたはわたくしの英雄ですわ」

「よしてくれよ」


 照れくさくなって、俺は目線を外す。

 ……ん? 近くの建物の屋上に、何か、いる?

 あ……暗殺者っ! しまった、まだ待ってる奴がいたか……!


「オーフェリア、伏せろ!」


 狙いを定めた暗殺者が引き金を絞る寸前、奴の胸元からボルトが飛び出した。

 姿勢を崩し、地面へと落ちていく。誰だ、奴を撃ったのは。


「王女様! 拠点まで護衛いたします!」


 憲兵たちが騒ぎ出し、慌てて王女を囲む。


「え、ええ。それではサクラダ様、失礼いたしますわ! ごきげんよう!」


 彼女は厳重な警備を伴い、馬車で帰っていった。もう大丈夫だろう。

 ……さて、暗殺者を撃った奴はどこだ?


 暗殺者まで射線の通る建物の屋上に、小さな影が二つ。

 初心者向けの小型クロスボウを握ったノノが、無邪気に俺へ手を振っていた。

 あの距離から? 狙撃系のスキルか。


「どうしてあいつらがここに? バセッタ、あいつらにも仕事の話をしたのか?」

「うん。だって、ご主人と一緒に戦いたがってるのは私だけじゃない」

「……そうか」


 まったく、鍛えがいのある子供たちだな……。

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