第13話 好感度が高すぎるだろ


 廃修道院で一夜を過ごして学んだことが一つある。

 ハンモックって言うほど寝心地良くないんだな。幻滅した。

 ……いや、単に野営用のやっすい奴だからだろうか。


 痛む体を起こし、ハンモックから降りる。

 作りかけの壁が目に入った。今日中には仕切りを作って、部屋だと言い張れるぐらいまで進められるだろうか。

 本当はベッド優先したいけど、部屋もないのにベッド置いてもなあ……。


「ボク、ハンモックに寝るのは初めてだけど、意外と悪くないね。でも、ベッドのほうが安心できていいなあ……落ち着かなくてゆっくり寝れなかったよ」


 アルルカも目を覚ましたみたいだ。


「だよな。……いや、ゆっくり寝れないのは仮面を着けたままだからなんじゃ」

「逆だよ。着けてないと落ち着かないんだ」

「毎日それ着けて寝てるのかよ。その仮面、ちゃんと洗ってるか?」

「ボクはくさくないぞ!?」


 ちゃんと毎日洗ってるもん、と言いながら、アルルカは井戸に向かっていった。

 まだ飲める状態じゃないけれど、顔を洗うぐらいはできる水質だ。


「ぐげー、ぐげー……ハッ!」


 ちょっぴり寝息がうるさいノノが、いきなりぱっちり目を覚ます。


「痛くない! 体がすっきり! 仰向けなのに尻尾がしびれてない! ご主人様……ハンモックって最高ですね……!」

「もしかして、普段は床で寝てたのか?」

「はい!」

「ハンモックでも十分に感じるだろうけど、一度ベッドで眠ると戻れなくなるぞ。特に、いい感じのバネが入ってるやつ」


 この世界のベッド、寝心地はそこまで悪くない。

 日本で売ってる安めのマットレスと同じぐらいだ。たぶん王侯貴族向けの高級ベッドならホテルみたいにふわふわなんだろうな。


「え!? これより上が!? そ、そんな……世界が広すぎますよ!?」

「ばか尻尾……うるさい……寝かせて……」

「起きろー朝だぞ低気圧女ー! ……ぎゃん!」


 しっぽ付き人間型目覚まし時計ことノノの悲鳴で、バセッタがはっきり目を覚ました。こいつら、朝からやかましいなあ……。


 まだキッチンがないので、中庭で火を起こし、スキレットで肉と卵を焼く。

 ノノが寄ってきて、尻尾を揺らしながらじっと見つめはじめた。


「そんな近づいたら油が跳ねるぞ」

「あぢっ!」

「言わんこっちゃない……」


 肉と玉子に野菜を加え、黒パンに挟んでサンドイッチを作る。

 シンプルながら定番の美味しさだ。肉と卵はいつでも正義。

 ……三人に手渡したのに、誰も食べてくれない。


「に、肉……卵……ご主人様、これ飾るやつですか!? 食べていいんですか!? ほんとにいいんですか!? 食費で破産とかしませんか!? 」

「豪華すぎる……まだ夢の中……?」

「気にするなよ。このぐらいの飯、毎日だって食えるぞ」

「毎日っ!?」

「まさか……こんなことが……」


 一口かじった途端、ノノは急加速してリスみたいに両頬がいっぱいになるまでサンドイッチを頬張り、バセッタは涙を流しながら一口づつ噛み締めている。

 ……気持ちは分からなくもない。

 俺も、この世界でまともな飯が食えるようになるまで長かったなあ……。


 ちなみにアルルカは、何とか最小限だけ仮面をずらして食べようと四苦八苦したあと、俺たちに背を向けてこそこそ食べ始めた。

 何がなんでも素顔は晒したくないらしい。

 他の二人に比べて生活レベルは高そうだけど、こいつもかなりこじれた過去を持っていそうだ。


「ご主人様!」

「うん?」

「おかわりください!」

「ああ、いいぞ」

「えっ本当に!? 言ってみるもんですね! あ、結婚してください!」

「やっぱおかわり無しな」


 ……ちょっと尻尾引っ張ってみるか。


「あぎゃ! 触ってもらっちゃった! つまり返事はイエスぎゃん!」

「少しは自重って言葉を覚えろおばか尻尾……」


 ああ、ノノがバセッタに連行されていく。自業自得だぞ。


「懲りない娘だなあ、ノノは。それでご主人さま、今日の予定は?」

「井戸を掃除して飲み水を確保したい。それが終わったら……うーん」


 間取りを決めるのも、まあ急ぐ必要はないし。

 廃修道院の修理を急ぐ意味もない。どうせ三人しか居ないんだし。


「時間があれば、街まで買い物にでも行くか? アルルカはともかく、他の二人はもっといい服が必要だ」

「そうだね。いかにも粗末な奴隷の服で、ちょっとかわいそうだ」

「……ところでアルルカ、他の服を着る気はないのか? 街中でもずっと道化師の衣装だと、すごい目立つと思うんだが」


 少し考えてから、彼女は俺に答えた。


「このほうが安全なんだ」

「……お前、誰かに狙われてるのか?」

「うーん。どうなんだろうね」


 芝居がかった様子で、彼女は小首を傾げてみせた。

 ……アルルカが着ているのは父親の形見だ。

 何らかの事情があるのは間違いない。調べてみるべきだろうか。


「ご主人さま。何があったとしても、ボクたちを守ってくれるかい?」

「ああ」


 俺は即答した。


「誰にもお前らを傷つけさせたりしない」

「……ありがとう。やっぱり、ご主人さまは格好いいね」


 そうだろうか。最近、褒められすぎて感覚が狂いそうだ。


「不思議だよ。ご主人さまぐらい強い人が、なんで無名のままなのか。お父さんが言ってたよ、アストラ王国にいる真の英雄はサクラダだけだ、って」

「別に、そんな大層なもんじゃない」


 アルルカの父親って宮廷道化師だよな? そんなとこまで噂が届いたのか?

 王家と絡むのは避けてたんだが、向こうからは俺が視界に入ってるらしい。


「実際に会ってみて、ボクもそう思った。ご主人さまは英雄だ。……正直、好きになってきちゃったよ。ご主人さまなら、無条件に信じられる」

「お前までそんなこと言い出すのか? 俺から変なフェロモンでも出てる?」

「あはは。嗅いで確かめてみようか?」

「やめとけ」


 なんかさ。

 ノノとバセッタだけじゃなくて、こいつも好感度MAXになってないか?

 俺の自意識過剰じゃないよな?

 まあ、好いてもらえる分には幸せだけどさ……。

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