第2話 マフィア殲滅


 王都アストラ、スラム街。

 ゲロを飛び越えて、早朝の新宿より小汚い街並みを行く。

 依頼書にあった拠点に続く狭い道の前に、見張りが二人立っていた。


「やあ。この先で違法な奴隷って扱ってる?」

「ああ?」

「んだてめえ……」


 見張りの二人が互いに目配せして、俺を殺そうと踏み込んできた。

 いくらガラが悪いマフィアの見張りでも、何の理由もなく通行人を殺したりは……するかも。まあ、どちらかといえば、しない。

 俺を殺したほうがいい、って判断する理由があったんだろう。


「ここで合ってるんだな。どうも」

「ぐがっ……」


 二人の首筋から飛び出す返り血を避けて、愛用の長剣から血を払う。

 ……俺は冒険者だ。大勢の人を殺してきた。もう数も覚えていない。

 願わくば、その全員がちゃんと悪人でありますように。


「これはこれは、また随分と立派な……」


 建物に囲まれた狭い通路の先に、いくつもの倉庫が並んでいる。

 視線を左に滑らせれば、馬車の通れる隠しゲートまで用意されていた。

 ”商品”を運び込むためだろう。


 建物の間を、惨めそうな顔の労働者たちが行き交っていた。

 武装したガラの悪い連中に監視されながら、洗濯なんかの雑用をこなしている。

 首輪は付けてないから、奴隷じゃないみたいだ。

 借金のカタとかで働かされてる類だろうか。ああはなりたくないな。


「おーいお前ら。今日の仕事は終わりにして帰っていいぞ」

「へ?」

「さー帰った帰った。お帰りは正門じゃなくあちらから」


 困惑して動きを止める労働者をかき分けて、怖い連中がにじり寄ってきた。


「んだ、てめえ……ボスから何にも聞いてねえぞ」

「そりゃそうだ。仕事を受けたのは今日なんだから、漏れてたら未来予知だな」

「仕事ォ?」

「そう。アストラ王家が、俺に違法奴隷商をぶっ潰せってさ」


 一気に空気が殺気立つ。周囲の建物からも武装した連中が現れはじめた。


「集まってきた皆さんのご想像通り、俺は侵入者だから今すぐ警報を鳴らして戦力を集めてくるといい。討ち漏らしがあると面倒だし」

「ナメやがって。俺たちが〈海岸党〉だと分かってやってんだろうな、ああ?」


 ああ、海岸党。海中で生きてる種族と同盟して、沿岸部を中心にブイブイやってるんだったか。新興で規模は小さいから、この拠点を潰せば終わりだろう。


「うーん、俺はどっちかといえば海より山党かなあ……」


 犯罪者たちの血管が一斉にブチ切れる音って聞いたことある?

 俺は今ここで初めて聞いた。貴重な経験だ。


「この野郎、ナメやがってええええええッ!」

「ナメてない。適切に戦力を評価してる」


 四方八方からの乱雑な攻撃を避けつつ、反撃を入れていく。

 勝負は一瞬でついた。逃げ出して必死に隠しゲートを開けようとしてる連中の背中を撫で斬りにして、軽く血を払う。

 生き延びたいんなら、こんな仕事を選ぶべきじゃなかったな。


「改めて、お帰りはあちらから。二度とこういう連中と付き合うなよ」

「う……うわああああっ!」

「ひええええええっ!」


 労働者たちが悲鳴を上げて逃げていく。いや、むしろ今までよく我慢してたよ。

 前世の俺がこんな惨殺現場見たらゲロゲロ吐いて内蔵まで口から飛び出してくるだろうな。……今更だけど、こんなもんに慣れたくないよなあ。


「さーて」


 一番左から倉庫の扉を開けていく。

 案の定、中には奴隷たちが檻に入れられていた。

 まともにトイレもできないひどい環境だ。普通の奴隷でもひどい扱いを受けてたりするのに、違法の奴隷ともなればこうなりもするか……。


「おーい、大丈夫か? 助けに来たぞ。もうすぐ国の役人が来て、君たちの身分を何とかして宿なんかを手配してくれるから、もう少しだけ待っててくれよ」


 鍵を剣で壊し、中の奴隷たちに声をかける。


「ところで、ここの仕切り役がどの建物に居るかって知ってるか?」


 奴隷の一人が頷いた。

 倉庫と反対側の建物に偉い連中が集まっているらしい。

 ”特別な奴隷”がそこに連れて行かれたりもするようだ。胸糞悪い話だな。


「分かった。他の倉庫を確保した後、そこも落とすよ。ありがとうな」


 並んだ倉庫を確認し、中の奴隷に声を掛けていく。

 ……最後の倉庫の中に入っていた商品は、奴隷ではなかった。

 木箱が積み上がっている。中に入っている緑の粉末からは独特な臭いがした。


「〈ヒッポ〉か……」


 麻薬だ。それもアルコールや大麻みたいなレベルではなく、もっとヤバい類の麻薬だ。手を出せば人生は崩壊する。

 名前の由来は、使ったやつが全員”バカ”になるからだ、と聞いた。

 バカをひっくり返してカバ、カバだからヒッポ。しょーもないダジャレだな。

 ……異世界なのに、日本語だし、英語だ。理由は知らない。

 もしかしたら俺は自覚してないだけで翻訳チート能力持ちなのかも。いずれにせよ、言葉で苦労しなくて済んだから嬉しい。


 麻薬の詰まった木箱をざっと見れば、金貨で数千枚に相当する量がある。

 現代日本円に直して、末端価格は数十億円、ってとこか。


「焼いとこ」


 高いところの窓を開けたあと、持ち歩いている魔法のライターで火を放つ。

 倉庫の扉もきっちり閉めておく。煙が広がって、捕まってた奴隷たちがキマったら困るし。

 ……この麻薬、出処は何処なんだろうな。新興勢力が手にできる量じゃない。

 まあ、首は突っ込まずにいよう。これが最後の仕事なんだ。


「さて、最後の建物だな……」


 倉庫の反対側に、偉い連中の集まっているらしい建物がある。

 窓はぴしゃりと閉じられているが、よーく見ると隙間から俺を見ている瞳があった。ばっちり防備を固めてるみたいだ。


「ちょっと気合入れるか」


 軽く準備運動をして、俺は右足で地面を蹴り、一気に駆け出した。

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