奴隷が懐きすぎて解放されてくれないんだけど、俺みたいな悪人の何がいいんだ?

鮫島ギザハ

第1話 最後の仕事


「Cランク昇格おめでとうございま……」

「引退したい」


 ギルドの受付嬢が言い終わらないうちに、俺は切り出した。


「へ?」

「引退」

「どうしてですか!?」

「Cランクまで上げれば、引退後にギルドから年金貰えるだろ? 俺は今まで、そのために頑張ってきたんだ」

「いや……しかしですね、サクラダさん? せっかく評価も上昇してるところなのに、ここで辞めちゃうんですか!? もったいないですよ!?」

「引き止めても無駄だぞ。冒険者になった時点で決めてたから」


 ――二十数年ほど前に、俺は異世界へ転生した。

 あいにくチート能力があるでもなく、脳味噌からウィキペディアをコピペできる記憶力もないので、特に現代知識無双の芽もない。

 冒険者になった理由はただ一つ。若いうちから年金生活が可能だから。

 あとはほどほどにダラダラ楽しく平穏に生きていくつもりだ。

 サクラダ・ドウジは静かに暮らしたい。もちろん手首にこだわりがあったりもしない。けっこう人は殺してきたけど。冒険者だし。


「……仕方ありませんね。まあ、噂は聞いていますよ」


 受付嬢がため息をついた。


「若い奴隷を自立させるための施設を作りたい、とかなんとか……」

「ああ」


 俺は現代日本人だ。転生前はケンカなんてしたこともない。

 古代や中世の屈強な人々に比べればお腹ぶよぶよの軟体動物みたいなもので、もう完全にクソザコナメクジもいいところで、筋肉の代わりにビールとおつまみが詰まっていた。

 もし日本が世紀末ヒャッハー世界になったら三秒でKOされてただろう。

 人権とか平等とか警察権力だとかの綺麗事にたいへんお世話になっていた側なので、ちょっと”奴隷”と言われると引っかかってしまう。

 奴隷解放運動をやる気はないけれど、何にもしないのも気分が悪いので、ほどほどに自分に出来ることをやっていきたい。


 俺が思うに、転生先で奴隷ちゃんを侍らせてる主人公、みんなすげえよ。主に胆力が。俺も人間を躊躇なくお買い上げできるぐらい大胆になりたかった。


「なんにも趣味を作らないで引退したら、一瞬で棺桶に片足つっこんだ若年性ボケジジイになりそうだからさ。いい感じに脳味噌のサビ止めしつつ自己満足できる趣味が欲しくて」

「じ、自己満足ですか……いいことだと思いますがね……」


 彼女も、奴隷については微妙に引っかかってるらしい。

 ”現代の価値観を押し付けるな”とは言うけれど、同世代の人がみんな奴隷サイコーだぜ一家に一台イェーイみたいな見方をしてるわけもないよな。

 ……ま、どうでもいいけど。


「そういうわけで俺は引退ね。よろしく」

「……実は、サクラダさんに依頼の指名が来ていまして」

「断っといてよ」

「違法奴隷商の拠点を潰して欲しい、という話なんです」

「依頼主は誰なんだ? 合法奴隷商?」

「王族です」

「うっそ」

「王族です。依頼書にアストラ家の紋章も添えられていますよ」


 すげー、現王家のアストラ家の封蝋つきの便箋だ。

 これ五百年ぐらい経ったら博物館とかに展示できるやつじゃん。


「断ったらマズい?」

「私なら怖くて断れませんね」

「だよな」


 この国の王家、かなり怖い。

 具体的にどう怖いかっていうと色々あるけど、まあ一番怖いのは国王の即位式か。新しい国王が即位式の場で兄弟姉妹を全員処刑する伝統があったりする。

 現代の価値観がどうとか言うまでもなく、同世代的にもふつーに野蛮でヤバい。

 ……地球でも似たようなことやってた帝国があったろ、と言われれば確かにその通りなので俺にどうこう言えることでもないけど。


 でもこえーよ。アストラ家。

 しかも、今まさに王が死んだ直後だ。生き残りをかけたルール無用のバトルロワイヤルが絶賛開催中で、俺の住んでる王都そのものがピリピリしてる。


 一応、この伝統にも理由はある。ここ〈アストラ王国〉はエルフと同盟を結んでいて、王妃や王配は必ずエルフだ。なので王族は皆ハーフエルフで寿命が長い。

 放っておくと親戚だらけで大変なことになるんだろう。

 ……理由があってもヤベーもんはヤベーけど。


「引退前に、この仕事だけは受けておくか……」

「賢明だと思います」


 これが本当に、冒険者として最後の仕事だ。

 俺は依頼書を懐に入れ、軽く装備を確かめ、奴隷商の拠点とやらに向かった。

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