第36話 殺戮機械


 盗賊団が陣取る森の直近にある村は、やや異常な様子だった。

 村人たちが怯えている上に、周囲に監視役が隠れている。


「あいつらの討伐依頼……まさか、この村か?」


 一目見れば、盗賊団に制圧されていることは明らかだった。

 囲まれた村の中に入ってしまえば、いくら百発百中の狙撃手が居ても戦って勝つのは厳しいだろう。


「戦闘の痕跡はない、か」


 投降して盗賊団に連れて行かれたと見るのが無難か。

 ……やっぱり、あいつらを単独で仕事に出すのは早かった。


 無論、悪いのは盗賊団だ。

 頭に血が登ってくるのを感じる。

 俺の大事な”奴隷”たちを攫った代償は、血で払ってもらう。


 茂みに隠れた監視役へ忍び寄り、背後から羽交い締めにした。


「むがっ!?」

「おい。このまま首を折られたくなければ、質問に答えろ。この村に三人の少女が来なかったか?」


 男がうなずく。


「そいつらは森に連行されていったのか?」

「あ、ああ! 捕まった!」

「アジトの場所は?」

「か、勘弁してくれ、お頭に殺されちまうよ!」

「言わないなら今すぐ殺す」


 俺は盗賊の首を圧迫する。


「わ、分かった! 分かったよ、アジトは森の獣道を辿っていって、大きな岩のあるところで左! それで見えてくるから……ゴハッ!」


 死体を茂みに投げ捨てて、俺は森へ向かった。

 踏み折られた茂みの雰囲気からすれば、この盗賊団は多くて五十人規模。

 村の見張りに十人として、アジトには四十人前後。一人も逃さない。


 集中力のギアが入り、世界がモノクロに染まっていく。

 どうでもいい情報は遮断しろ。殺すべき敵さえ分かれば、それでいい。


 道順通りに進む途中、魔物に会った。

 ノノたちの討伐依頼の目標、〈トゲイノシシ〉。脅威度Fランク。

 蹴り殺して先に進む。


 崖に穴が開いているのが見えた。

 洞窟だ。二人の見張りが立っている。蹴る。死体になる。

 喉を狙った。悲鳴は上がっていない。


 広い空間に出る。


「な、なんだお前……ぐあああっ!?」

「侵入者! 侵入者だ、お頭に……ガハッ!」


 全員を殺す。十二。

 廊下。十五。部屋から出てくる寝起きの間抜け共。二十二。

 まだ眠りこけている間抜けも数人。二十五。


「げ……も、もう来やがった……!?」


 粗末な檻に子供たちが集められた、大きな空間。

 残りの盗賊が集まっている。


「ひ、人質が……」


 人質がいることを説明されている間に俺は距離を縮めきった。

 パニック状態で逃げ惑う盗賊を殺す。全員。


 惨殺を目の当たりにして泣き叫ぶ子供たちを無視して、死体を数えた。

 四十二。

 ……あいつらはここに居ない。


 その時、最奥の扉から閂の外される音がした。

 盗賊の頭が、素顔のアルルカに短剣を突きつけている。


「アルルカ……ッ!」


 俺は固まった。頭の中がかき乱され、集中が乱れる。

 モノクロの世界に、色が戻ってくる。

 ……クソッ。悪人のくせに、殺戮機械に徹することも出来ないってのか、俺は。

 奇襲のチャンスを逃した。


「寄るな! 道を開けろ!」

「ご、ご主人さま……! ボク、どうすれば……」

「大丈夫だ。必ず助けてやる」


 盗賊の頭が、ゆっくりと出口へ歩いていく。


「ご主人様……」


 頭のいた部屋から、深刻な顔のノノが出てくる。

 服にナイフの切り傷があった。縄の切れ端が腕に絡んでいる。

 ……こいつらもこいつらで逃げようとしたってことか。


「私……ごめんなさい、私のせいで……!」


 奥歯を噛み締め、彼女は項垂れている。

 己の無力と未熟に苛まれ、何も出来ないで拳を握りしめていた。


「ノノ。深呼吸しろ」

「へ?」

「どんな失敗をしたんだか知らないが、そのことは後で存分に怒ってやる。今はまだ、お前の力が必要だ」

「ご、ご主人様……?」

「冒険者になるんだろ? お前らしく、図太くいけよ。反省なんてのはな、全部終わった後でやるもんだ……特に、冒険者みたいな仕事はな」


 転がっている盗賊の死体から、クロスボウを剥ぎ取って渡す。


「う、撃つな! ボルトが着弾する前に、こいつは死ぬぞっ!」

「人質を殺したあとはどうする気だ? 楽に死ねると思うなよ」


 返り血にまみれた俺の姿を見て、盗賊の頭が息を呑んだ。


「ノノ。撃てるな」

「……う、撃てますけど……もしズレたら……!」

「”林檎”だ」


 俺は言った。そして、盗賊の頭へ向けて無造作に歩き出した。


「来るな! こいつがどうなってもいいのか!?」

「アルルカ、分かってるな?」

「……わ、分かってるけど……!」


 顔面蒼白のアルルカが頷いた。


「さっきからごちゃごちゃと……く、来るなって言ってるだろうが!」


 盗賊の頭が、歩み寄る俺へとナイフを向けた。


「今だ」


 ノノが引き金を絞った瞬間、アルルカが器用に盗賊の腕をすり抜ける。

 そして、ボルトは盗賊の眉間に突き刺さった。


「よし、よくやった!」


 アルルカが珍妙なポーズを取っていないことを除けば、少し前にこいつらがやっていたリンゴ撃ちの芸と完全に同じ流れだ。

 経験があれば、いざというときにも体が動く。


 倒れた頭を蹴り飛ばす。仮に死霊術師が居たって、これでもう蘇れないだろう。

 自力で拠点を運営できるだけの力もやる気もなく、村を脅して食料や金を強請って生きながらえていたクソ野郎共め。

 お前らの死体に敬意なんか払ってやるもんか。ここで虫にでも食われてろ。


「ごごごごご主人さま……ボク怖かったよー!」


 アルルカが涙目で走ってくる。

 ……俺に抱きつく寸前で方向転換し、頭の部屋に戻って仮面を探しはじめた。

 優先順位そっちかよ。


「お見事……」


 こそこそ物陰に隠れて機を伺っていたバセッタが、闇から姿を表す。


「いやあ、確かに私の見事な射撃でしたよ! アルルカが避けてなくても、バッチリ奴の頭に突き刺さってましたからね!」


 た、立ち直るの早っえーなこいつ。

 ある意味、すごく冒険者に向いてるよ。ホント。


「調子に乗るな」

「ぎゃあ! わ、分かってますってー! バセッタの言ってた通り、さっさと逃げとけば良かったですー! ごめんなさーい!」

「真摯さが足りない……」

「だいたい私のせいですーっ!」


 追加で尻尾を引っ張られて、ノノは平伏した。

 経緯がだいたい察せた気がする。


「……ご主人様。私、もっと強くなりたいです。これじゃ私、ご主人様と結婚なんて夢のまた夢です……!」


 あ、ああ。そりゃ夢のまた夢だろうけど。


「焦るなよ。まだ若いんだ、時間はある……っていうかお前ら、まだ終わってないからな? 村に見張りが残ってるんだぞ」

「よし! 殺しに行きましょう!」

「掃除しないと……」


 まったく、それが十代の少女のセリフかよ。

 ……ま、俺だって似たようなもんだ。

 お似合いなのかもな。


「えっと、人質になってた子どもたちの面倒はボクが見とこうか?」


 あ、良心がいた。

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