第38話 特訓


 帰ってきた三人から、俺は今回の経緯を聞く。

 案の定というか、未熟な冒険者らしい失敗だ。


「迂闊だったな。不穏な雰囲気に気付いた時点ですぐ引き返さず、能天気にその場で話し合ってたのは、確かに判断のミスだ」


 バセッタにもアルルカにも、ちょっとづつ失敗の責任はあるが……。

 こいつらは自分で分かってるだろうし、経験を積めば自然と解消されるレベルの未熟さだった。俺が責めて落ち込ませる必要はない。


「だが、重要じゃない。最も大きな問題は、村の周囲に潜んだ監視に気付けなかったことだ。狙撃できる腕があっても、周囲が見えてないんじゃ意味がない」

「……はい」


 ノノの尻尾はだらりと垂れている。


「ノノ。他の二人はどうなるか分からないが、お前は冒険者になるつもりなんだろ。迂闊な行動は死を招く。もう少し注意深くなれ」

「わ、分かりました」

「よし。今日は頭を冷やせ。明日から一対一で特訓だ」

「はい!」


 良い返事だ。


「待って。一対一?」

「ボクたちは……?」

「いや、お前らは別に冒険者志望じゃないだろ? 特訓だぞ? キツいぞ? 本当にいいんだな?」

「やる。だって、ご主人は冒険者だから。わたしも冒険者できて損はない」

「冒険者をやってれば、ご主人さまみたいに度胸が付くかもしれないから」


 ……まあ、そういうことなら。



- - -



「ご主人様……」

「どうした」

「いつまで待つんですか……?」


 森の奥深くに陣取った俺たちは、隠蔽の影でひたすら魔物を待っていた。


「集中しろ」


 ノノは前方を睨んでいる。何の変哲もない平和な森である。

 ……俺たち二人がここに陣取ってから、既に半日が経過していた。

 地味だし退屈だが、決して楽ではない。ひたすら集中して監視を続けるのは相当キツい仕事だ。自分との戦いになる。


 バセッタとアルルカは、ここに魔物を追い込んでくるのが役目だ。

 簡単そうに思えて、こちらも難しい。森の中の地理を完全に把握した上で、ほどよく囮になって魔物を釣ってくる必要がある。

 しかも、ここは平和な森だ。魔物を見つけること自体が難しい。


「これ、二人が迷子になってたらどうするんです?」

「来るまで待つ」

「うへえ……」


 ひたすら待ちぼうけを続けているうちに、陽が落ちた。

 まだ来ない。本当に迷子かもしれない。


 伏せた姿勢のまま、二人で干し肉をかじった。

 月が高く上がっていく。


「……いつ寝れるんですか?」

「寝るな」

「むー」


 不満げな唸り声を漏らしながらも、ノノは最低限の集中を保っていた。

 得体の知れない虫が彼女の体を這い、羽虫が耳元を飛び回っても、あまり集中力が乱れた様子はない。意外だ。


 育ってきた環境のせいで、それなりにタフなんだろう。

 彼女が持っているスキルの影響もあるかもしれない。

 スキルってやつは本人の適性がある分野にしか目覚めないから、卵が先かニワトリが先か、みたいな話になっちゃうわけだが。


 何も起こらないまま夜が開けて、翌朝。

 へろへろのバセッタたちが、痩せたゴブリンを追い回してきた。


「外したらもう一匹な」

「ぜ……絶対に外せない……!」


 動き回っているゴブリンを、クロスボウが追いかける。まだ撃たない。

 二人がこちらを一瞥し、ゴブリンに背を向けて距離を取った。

 それで一息ついて動きが止まった瞬間、ボルトが頭を撃ち抜く。


「よし! 全員、よくやった!」

「ふう……これでやっと帰れる……」

「今から山へ向かうぞ! 魔物の多い危険地帯で、次の特訓をやる!」

「へ!? ご主人様!?」

「キツい特訓だ、って言ったろ?」


 徹夜後に危険地帯に向かわされた三人は、死ぬ気で周囲を監視しながら山を進んでいった。どうしても戦いが避けられない時だけノノの狙撃で道を開く。

 死力を尽くして、という表現がピッタリだ。

 ……よくもまあ、頑張れるもんだよな。俺がこいつらの立場なら死ぬほど文句言ってるし、途中で逃げ出すけど。


 三人が目的地の山小屋にたどり着いた時には、もう日が暮れていた。

 俺も流石にクタクタだ。


「ま、普段からこれぐらい気を張れよ。油断せずに力を出せれば、お前らは徹夜明けでフラフラしてたって十分に強いんだ」


 とっくに限界を迎えている三人は、何も言えずに床へ転がった。

 ……まだ初心者冒険者もいいところだし、こんなもんか。

 本当なら、叩き起こしてもう一戦させてやるところだけどな。


 三人を寝床に運び、山小屋をしっかり戸締まりする。

 ギルドが安全な場所を選んで建てたものだが、それでも人里離れた山の中だ。

 魔物が襲ってくる可能性は0じゃない。


「ぐげー……ぐげー……」


 寝息がうるさい尻尾が、よだれを垂らして眠っている。

 寝床ったって布を敷いただけの木の板なのに、よくもまあ気持ちよさそうに寝るもんだ。


「よく頑張ったな」


 俺は三人にそっと声をかけて、外を見張った。


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