第39話 引退したいんだが


 特訓が無事に終わって一週間。

 俺の奴隷たち(と自称奴隷の変なやつ)は数回ほど討伐依頼に出かけて、今度こそ保護者抜きでの成果を出し始めた。

 前向きで戦闘力の高いノノがリーダーとして周囲を引っ張り、頭の切れるバセッタが参謀を担当し、いろいろ小器用なアルルカが二人の不足分を補っている。


 これなら、〈忌み子〉へ向けられる冷たい視線も自力で跳ね返せるだろう。

 ノノはともかくアルルカはちょっと不安が残るけど、一緒に居る限りは問題ない。


「ご主人様ー!」


 ある日の夕食後、ノノが新しい首輪を取り出した。

 バセッタとお揃いのデザインだ。


「稼ぎでこれ買っちゃいました! 着けてください!」

「……いや……何で?」

「何でって、ご主人様が好きだからですけど」

 

 ぐいぐい来すぎだろ。どうなってんだ。


「この前の特訓の時だって! 結局、私達が起きるまでずっと見張りしてくれてたじゃないですか! そんなのもう愛ですよ、愛! 愛には愛で返すんです!」

「首輪で愛を表現するのは……だいぶ……かなり変態じゃないか?」

「だったら何だって言うんですか!?」


 そ、そう言われると俺には何も言えないけど……。


「だいたい、そんなゴツい首輪着けたら大変じゃないのか? 蒸れたりとか」

「ふふふ……この首輪! 中に再充填できる魔石が入ってて、魔力を籠めれば温度調節できるんです! 首を冷やせば全身冷やせるって店員さんも言ってました!」

「く、首輪型ネッククーラー……」

「防具にもなります! ご主人様もよく狙ってる急所じゃないですか、首!」


 予想外の実用性。元はバセッタが選んだ品だ。あいつらしい。


「さあ! ご主人様!」


 ノノが俺の手に首輪を押し付けて、目をキラキラさせながら待機している。


「なあ……どうして俺みたいな奴のことがそんなに好きなんだ?」

「え? 今更そんなこと?」

「だって、俺は人殺しだ。ろくなもんじゃない」


 俺がまともな”冒険”をしてたのなんて、ほんの一瞬だけだ。

 街の中での調査や護衛や暗殺をこなしている時期のほうが遥かに長い。


「お前の思ってるような、キラッキラした存在じゃない」

「ご、ご主人様?」

「でも、そうだろ? 魔物より人ばかりを殺してきたんだ」

「いいじゃないですか別に! 殺されるべき人間ばっかりでしたよ!」


 ……ノノは人殺しがありふれてる世界の底辺で生きてきた人間だ。

 こんな感傷に共感するはずもない、か。


「いや、悪かったな。気にしないでくれ」


 俺は腰を上げて、自分の部屋に逃げ帰った。


「あ、ちょっと! ご主人様! 首輪! 着けてくださいよー!」


 ……好かれているのは嬉しい。けれど、胸を張って愛情を受け止める気にはなれない。この一ヶ月だけで、俺は何十人の命を奪ったんだ?

 悪人とはいえ、人は人だ。


 ……もしも、俺がまっとうな冒険者だったなら。

 世界を回って人を救い、悪い魔物だけを殺すような英雄だったなら。


 いや。そんなのは今更だ。

 だいたい、俺はもうすぐ冒険者を引退するじゃないか。


「……さっさと引退して、平穏に暮らそう……」


 翌朝。三人をギルドまで護衛した後、俺は窓口に立つヴィクトリアへ言った。


「引退したい」

「今、ですか?」

「ああ」

「でも、引退したら三人の護衛も難しくなるでしょう?」

「護衛してたらあいつらの評価が下がるって言ったのはお前だろ?」

「いや、しかしですね。次期国王の座を巡る争いはまだ終わっていませんし。情勢が安定してからでも遅くないのではないでしょうか」


 レオポルドは一時的に大人しくしてるみたいだが、まだ終わってない。

 それはそうなんだが。


「そんなこと言ってると、いつまでも引退出来ない気がしてならないんだよな」

「いいじゃないですか。あなたは世の中を良くする仕事をやってるんですから」

「……どうだか」


 結局、今日も引退できなさそうだ。

 軽く情勢の確認をしたあと、俺はヴィクトリアと別れた。

 すぐ後ろで、ノノが聞き耳を立てているのが見えた。


「ノノ?」

「あ……えーと、ちょっとトイレに行く途中なんです!」

「無理があるだろ」

「話してる時間とかないですー! おトイレなのでー!」


 ノノはひょこひょこ逃げていった。

 ……俺が引退したいって話、聞かれたかな。



- ノノ視点 -



 大変です、大変です、大変です!


「ご主人様が冒険者を辞めちゃいます!」

「へ?」

「ど、どうしてだい?」

「わかんないです! 奴隷に稼がせて左団扇で暮らす気かもしれません!」

「それは無い。ノノじゃないんだから」


 私達は道端に集まり、緊急会議を開催しました。

 ご主人様が引退しちゃったら、私達と一緒に冒険できないじゃないですか! そのために冒険者志望してるのに! 一大事です!


「ほんとに、どうして引退なんかしちゃう気なんでしょう?」

「ボクが思うに、ご主人さまは優しすぎるのかも。ほら、たとえ悪人でも人を殺すのはよくない、みたいな人って居るよね? 高潔な聖職者とかにさ」

「ん。確かに、ご主人は殺しを誇らない」

「なんか陰キャですよね……うぎゃ! 尻尾引っ張らなくたっていいじゃないですか! もう!」


 とにかく、私達は頭をひねって対策を考えました。


「冒険者として人を殺すのが嫌になったなら、魔物でも殺してもらったらどうでしょう? 大物でもご主人様なら平気ですし!」

「そうだね。後ろ暗いところのない、みんなが褒め称えるような依頼をやってもらえば、ご主人さまも自己評価が高くなって立ち直るかも」

「それで行く。今の依頼はキャンセルで……」

「おい、てめえら! 人間モドキが集まって何こそこそ話してやがる!」


 あっ。昼間っから酒に酔っ払ったごろつきが。

 こういうろくでもない奴ほど、私達に当たりが強いんですよねー。


「どけよ、邪魔だ! ペッ!」

「失礼な人だね」


 私に吐かれた唾をアルルカが投げナイフの刃で受け止め、手首のスナップで本人に唾を返しちゃいました。やるう。


「な、何しやがる……! てめえらの主人は躾もできねえのか! クズ奴隷のクズ主人に代わって、俺が躾を刻みつけてやるよ……!」


 ごろつきがナイフを抜きます。

 私は瞬時にクロスボウを構えて、ごろつきの靴を撃ち抜いてやりました。


「あと少しでもご主人様の悪口を言ったなら、次は足指の隙間じゃ済ませませんよ。あなたのタマを撃ち抜きます。私は射撃が上手いので」


 顔が青くなっちゃいましたよ。ふふっ。


「……ッ! クソがッ! 覚えてろよ!」


 あっさり撃退できちゃいましたね。

 ご主人様に出会う前の私たちじゃ、きっとこうは行かなかったんでしょう。

 ……やっぱり、ご主人様は大恩人です。

 そんな人が変な方向に行こうとしてるなら、止めなきゃいけませんよね。


「さ、ご主人様の引退をなんとかする方法を考えましょう!」


 というわけで、私達は計画を練りはじめました。

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奴隷が懐きすぎて解放されてくれないんだけど、俺みたいな悪人の何がいいんだ? 鮫島ギザハ @samegiza

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