第32話 ギルドへ行こう


 翌日。

 バセッタが真新しい首輪を着けてニヤニヤしているものだから、ノノとアルルカから色んな非難のこもった目線で睨まれてしまった。

 半分ぐらいは冤罪だ。説明しなければ。


「かくかくじかじかで……要するに、バセッタは一人前になって自立したってことだよ。で、奴隷じゃないのに好き好んで首輪を着けてるヘンタ……変人になったってわけだ」

「なるほど」


 そこそこ長い説明を聞き終えたノノは、言った。


「私も後で新しい首輪を買っておきます!」

「どうしてそうなるんだよ!?」

「もしかして、ボクも用意しておいたほうがいいのかな……」

「アルルカまで!? お前はもっとマトモだと思ってたのに!」


 どうなってるんだ!? 俺がおかしいのか!?

 もういいや! 気にしてられるか!


「っていうか、お前らはまず一人前になれよな! 特にアルルカ! 度胸を鍛えろ、度胸を!」


 俺はMLBの先発ピッチャーばりの勢いで匙をぶん投げ、朝食作りに逃避した。

 ああ、そういえば今日は休日だ。ノノたちのバイトも休み。

 一緒に過ごせて嬉しいような、今だけはもう少し距離を置きたいような。


 朝食後、俺はすぐに二度寝した。このまま明日まで逃げ切りたい。

 が、昼前には起きてしまった。健康的な俺の体が憎い。


「ご主人様ー! 見てください!」

「じゃーん!」


 また何かバカなことでもやっているのだろうか、と思った俺の直感は完全に正解だった。アルルカの頭上に乗ったリンゴへとノノが狙いを定めている。


「やめろ、危ないだけだろ……」

「えい!」


 ノノがクロスボウのトリガーを引く。

 と、アルルカが珍妙なポーズでボルトを避けた。


「ってリンゴを撃ち抜くんじゃないのかよ!?」

「……という芸をアルルカが考えたみたいなんですが、どうですか?」

「どうですか、じゃない! 危ないだろ! ちょっと面白かったけど!」


 派手に避けたのに、まだ頭上にリンゴが乗っている。すごい。

 すごいけどバカだ。笑えるバカさではある。

 ……うん、やっぱアルルカ、才能はあるんだよな……才能は……。


「でもご主人さま! ボクは度胸を鍛えたいんだ!」

「なら、今から街に行って大道芸でもやるか?」

「ウッ……」


 心臓が弱すぎるだろ。

 ……本当に、どうすりゃいいんだろうな。

 ノノとバセッタは単に才能を磨けば済む話だけど、アルルカは主に精神面の問題だ。カウンセリングでもすればいいのか。

 でも、俺にそんな器用な真似が出来るだろうか? これは反語だ。できない。


「まあ、頑張って練習しろよ、アルルカ。心臓バクバクでカチコチになってても、死ぬほど練習した動きなら繰り返せるだろ」

「……うん。そうだね。ボク、頑張るよ」


 アルルカは無言で何かの身振り手振りを繰り出し始めた。

 どうやら会話劇のようだ。


「って、会話劇で文字通り動きだけ練習しても意味ないだろうが!」

「その通り! ボクの高度なツッコミ待ちに反応してくれてありがとう!」

「うるせえ! 自信ないのかウザいのかどっちかにしろ!」

「はい、ごめんなさい……」


 だー! そこで本気で落ち込むな! やっぱウザくていいから!

 あーめんどくせー! わたくしベッドに帰らせていただきます!


「ところでご主人様、そろそろ冒険者ギルドに登録したいです!」


 帰ったらベッドまで突撃された。

 真面目な話題だからふて寝もできない。もー。


 俺の予想通り、ノノは冒険者を志望している。

 実力面では心配ない。こいつのスキルは相当だ。

 多少の練習をしただけなのに、止まった的なら百発百中で当ててくる。

 こいつもこいつでバセッタ級の化け物だ。


 ただし、どうやらスキルが効くのは照準だけらしい。試しに弓を使わせてみたらまともに前へ飛ばなかった。弓矢の扱いに関してはスキルの対象外のようだ。


「じゃあ、外で最終試験をやるぞ。ノノ、クロスボウで俺に一発当ててみろ」

「えっ!? ご、ご主人さまを撃つなんて……!」

「当てないと永遠に冒険者にはなれないぞ」

「なら仕方ないですね!」


 ノノは通常のボルトを捨てて、先の平たい訓練用ボルトを装填する。

 当たれば痛いが、せいぜいアザが残る程度だ。


「いやさっきのリンゴ撃ちの時にもそれ使っとけよ!」

「使ってましたよ! ご主人様は私を何だと思ってるんですか!?」


 あ、ごめんな。躊躇せず実弾を仲間の頭上に撃てる奴だと思ってたわ。


「いきまーす!」


 俺はクロスボウの狙いを読み、左右にジグザグと切り返す。

 こういう動きをされると、クロスボウどころか超音速の小銃弾ですらそう当たらない。

 実際、地球の銃撃戦における戦術の一つに、先頭が囮になって全速力で走り注意を引く”ランニング・ラビット”なる方法があるのだとか。


 ましてクロスボウだ。屋外で距離を取っていれば避けるのは難しくない。

 俺は数分ほど走り回って回避を続けた。


「あ、ご主人様! バセッタが首輪撫でながら鼻血出してます!」

「何してんだ!?」


 立ち止まった俺の頭に平たいボルトが直撃した。

 いてえ。


「やりましたー! いぇーい!」

「ほらね、やっぱり効いた! イェーイ!」


 ノノとアルルカがハイタッチしている。

 くっそ。古典的な手にまんまと引っかかってしまった。

 ……ちなみに、バセッタの様子は?


「……ふふ、ご主人……」


 ほんとに今にも鼻血出しそうだわ。見なかったことにしよっと。


「ご主人様! さっそくギルド行きましょう! 登録しましょう登録!」

「……ったく、仕方がないな」


 俺たちはギルドに向かった。

 アルルカとバセッタも一緒だ。彼女たちが〈忌み子〉である以上、身分証明になるギルドカードを持っておいて損はない。

 ノノがランクアップしていけば、ギルド経由で色々な便宜も通せるようになるしな。


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