第34話 引退したいんじゃなかったんですか?
あのあと、三人は下水に戻り、無事に依頼の大ネズミ討伐を達成した。
怪我はしていないようだ。ちょっと臭うけど。
「なあお前ら、三人でパーティ組んでみる気はないか?」
帰り道で、俺は言った。
「いいですね、やりましょう!」
「ご主人が言うなら……」
二人はあっさり許諾する。俺たちの視線はアルルカに注がれた。
「え、やだ……戦うのとか怖いし……」
「アルルカ! 度胸つけたいんじゃないんですか!?」
「……う、うん。ボク、頑張ってみるよ……」
翌日から、彼女たちの特訓が始まった。
とはいえ、ノノは放っておいても射撃の練習をやるし、バセッタは物騒なことを呟きながら勝手に色々試している。
必然的にアルルカを指導する時間が多くなった。
「だから、怖がって相手の武器から目を離すな! お前なら見てさえいれば避けられるんだから!」
「で、でも……」
「もう一回だ! 俺の剣筋をよく見て、最小限の動きでかわせ!」
アルルカはビビって大きく逃げた。
……時間かかりそうだなあ。
でも、彼女はけっこう有望だ。
軽業で回避ができるのはもちろん、ナイフの扱いが上手い。多分、投げナイフとかジャグリングを練習してたおかげだろう。
「できるはずだ、アルルカ! 思い切ってやってみろ!」
何時間も同じことを繰り返した末に、ようやくアルルカは最後まで武器を見ながら避けてくれた。長かった。
ずっと武器を振り回してたせいで、かなり体がキツい。
今日はここまでにしようか。
そんな調子で一週間ほど訓練してやると、最低限は見れる動きになってきた。
俺の言うことを素直に聞いて訓練してくれるから、上達は早い。
彼女たちはバイト(と賭博)で稼いだ金で装備を整え、休みの日に意気揚々と仕事へ出かけていく。
心配だからこっそり尾行しているんだが、彼女たちは危なげない仕事ぶりだ。
だが、中々Gランクから昇格させてもらえない。
どうしてだろう、とヴィクトリアに聞いてみたら、こんな答えが帰ってきた。
「あなたが尾行してるからですよ。保護者が同行してる冒険者なんて、評価は下がるに決まってます。過保護すぎませんか?」
「……な、なるほど」
ごもっとも。
「後継者争いの様子はどうだ?」
「小康状態です。それに、王都の外で仕事をしている分には問題ありませんよ。レオポルドもオーフェリアも、外には出れないんですから」
「なら、次は尾行せずに単独でやってもらうか……」
「それがいいでしょうね」
俺は個室から出て、ギルドの二階から一階を見下ろした。
ノノたちが依頼の紙を見比べ、仕事を決めて、俺に手を振ってくる。
「ご主人様ー! お泊りの仕事してもいいですかー!?」
目を凝らして、二階から依頼を確認する。ごく普通の討伐依頼だ。
まだ駄目だ、と言いそうになったが……そろそろ任せてみるか。
「ああ、頑張れよ!」
「はーい! 行ってきまーす!」
三人は元気よくギルドの外へ走っていった。若いっていいな。
じゃ、俺はギルドの酒場でビールでも飲んでるか。
のんべんだらりと昼下がりを過ごす。
俺はどうせ引退するんだから、訓練せずにダラけても問題はない。
ああ、キンッキンに冷えたビールの喉越し! 世界が変わっても変わらぬ快楽!
サロン・ド・レジヌールで飲んだ高級ワインなんかより、こっちのほうが全然うまい。
そんな調子で最高に自堕落な人生を満喫しているうちに、やっぱり心配になってきた。とはいえ、俺が過保護すぎるとあいつらの評価が下がる。
うーん。
「おーい、ヴィクトリア」
「なんです?」
「あいつらが向かった森の近くで、何か難易度の高い依頼があったりしないか?」
「……過保護にも程がありますよ?」
「なんだよ? 俺は単に依頼をやろうとしてるだけだ」
「引退したいんじゃなかったんですか?」
「いいだろ別に。これで最後だよ、最後」
無理があるでしょうに、と呆れながらも、彼女は仕事を探してくれた。
「でしたら丁度いい目標がありますよ。最近、あの森に盗賊団のアジトがあると噂になっています。あなたなら一人で大丈夫でしょう」
「盗賊団か。種類は?」
「セミプロです」
良かった。一番遠慮なく殺せる連中だ。
一口に盗賊団とは言っても、大きく分けて三つの種類がある。
食い詰めた農民が「奴隷に落ちるぐらいなら」と生活のためにやっているアマチュア盗賊団と、専門的な盗賊スキル持ちの集まったプロ盗賊団。
そして、ろくでもないごろつきが集まっているだけの”セミプロ”。
このセミプロの連中が、あらゆる意味で最も殺しやすい相手だ。
「よし。少し掃除してくる」
依頼を受けて、俺はギルドを後にした。
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