第2話 話すようになったキッカケ

 俺が長谷川はせがわと話すようになったのは、高校一年の文化祭の出し物を決めている最中だった。

 元々長谷川とはあまり話したことはなかったが、この文化祭の出し物決めがキッカケで毎日のように話す(?)ようになった。


「あたしたちはやっぱりパンケーキを作りたいわ! パンケーキなら人気があるし、きっとたくさん売れると思う!」

「俺たちは焼きそばだ! 焼きそばなら男女共に人気がある!」


 この時、俺たちのクラスは文化祭においての出し物決めをしていて、男女で意見が分かれていた。

 男子は焼きそば。女子はパンケーキ。そしてそれぞれの代表が俺と長谷川だった。


 結局その後も意見は分かれたままで、文化祭は男子が焼きそば、女子がパンケーキをそれぞれ作ることになった。

 長谷川とは文化祭が終わってからも話す(?)ようになって、今のような天敵のような仲になったのだ。


 高二になった今も長谷川とは同じクラスだが、目が合ったら必ず突っかかってくる。いわば天敵のような女子。

 一年の頃から俺に対する態度だけは悪かったんだよな、あいつ。すぐ罵倒してくるし。やっぱり嫌われてんのかな、俺。


 そして文化祭が終わった後。

 俺は男子たちと焼きそばの売店の片付けをしていると、そこにニヤニヤしながら長谷川がやって来た。


赤峰あかみねくん。どうやら焼きそばの屋台もかなり繁盛していたみたいだけれど、売上はどうだったのかしら? (ニヤリ)」


 う、うぜぇぇええ!

 明らかに売上自慢をしに来たであろう長谷川。面倒くさいとうざいのダブルパンチ。中々腹立つな。


「ある程度は儲かったさ。赤字にはならなかっただけよかったよ」

「ふ〜ん? あたしたちのパンケーキは大分儲かったわよ。まあ、どちらの売上がよかったかは後で分かることだし、あんたの悔しそうな顔を見るのは後でじっくり楽しむとするわ」


 終始嘲笑していた長谷川にはかなり腹立ったが、まだどちらの方が儲かったかは分からない。これで俺たちの焼きそばの方が儲かってたら、一生煽ってやろうと心に決める。


 そして結果は、僅差で焼きそばの方が儲かっていた。当然結果を知った瞬間に長谷川のもとに向かい、煽ってやったのは言うまでもないが……。


「うるさいっ! ばーかばーか! あんたなんか大っ嫌いだわ!!」

「えぇ……」


 嫌われてるのは知ってたけど、逆ギレされるとは思っていなかったため呆然としてしまう。

 そして長谷川は顔を真っ赤にしながら走り去っていったのだった。


 それからだよなぁ。些細なことでもちょっかい出されたり、出会い頭に罵倒されるようになったの。

 でもあいつと出会ってからは嫌に思うことはあっても、今までより学校を楽しめるようになった気がする。その点では感謝してるけど……やっぱり、あいつのことは苦手だ!



***



 あたし――長谷川澪はせがわみおには、小学生の頃からずっと好きな人がいる。


 その人とは同じ小学校だったんだけど、中学校で離れてしまった。すごく悲しくて、何度も諦めようと思った。でも、諦めきれなかった。

 そして中学校を卒業し、家の近くの高校に進学した。彼と同じ高校だったらいいな、と淡い期待を抱いて。


「あっ……」


 高校の掲示板に貼られたクラス表。

 真っ先に自分の名前を見つけ、クラスメイトの名前を順に確認していく。すると、今まで一度たりとも忘れることなんてなかった、彼の名前を見つけた。


赤峰祐也あかみねゆうや


 彼はあたしのことを覚えているだろうか。

 小学生の頃、彼。いじめられて一人だったあたしを、自分の友達たちの輪の中に入れてくれた彼。


 彼には本当に救われた。

 彼がいなければあたしはずっと一人だったと思う。だからあたしは、彼のことを……。


 それなのに。


「あの……赤峰くん、だよね?」

「え? そうだけど……初めまして。君の名前は?」

「長谷川澪」

「そっか! これからよろしくな!」


 彼は、あたしのことを覚えていなかった。

 私は今まで一度たりとも忘れることなんてなかったのに。


 あぁ……そうか。

 あたしをいじめから救ってくれたのは偶然。いじめられていたのが別の女の子だったとしても、彼は優しいから絶対に助けていた。たまたまあたしがいじめられていて、助けてくれて、救われたあたしが彼を好きになったんだ。


 だったらあたしはあいつが昔のことを思い出してくれるまで、嫌われない程度に嫌な態度を取り続ける。

 嫌われる可能性は十分にあるけど……あ、あいつがいけないのよ! あたしはこんなにも想ってるのに! あたしのことを覚えていないなんて、そんなの許されないんだから!



 嫌われない程度に嫌な態度を取り続ける。そう決めたにもかかわらず、嫌われたりしないよね? と考えたら不安になっちゃったりして高校生活が始まってから約三ヶ月。なんと入学式の日から、嫌われるのが怖くて一度も話せていません。


 何やってんのよあたしのバカバカバカ!

 もうこのまま一度も話せなくていいの?

 いや……! 絶対に嫌だ! あたしは…………。


 ロングホームルームが行われている中、一人で頭をブンブンと横に振っていると、先生が急に元気な声で話し始めた。


『それでは! 皆さんお待ちかねの文化祭の出し物を決めたいと思いま〜すっ!』


 文化、祭……? そうだ、文化祭ならもしかしたら……!


 そう、あたしは文化祭でもう一度あいつと話してみて、あたしのことを思い出させる作戦を思いついた。

 小学校の頃に二人でやったことを言っていけば、あたしのことを思い出してくれるはずだしね!


 …………それなのに。


「絶対焼きそばだ!」

「焼きそばなんて有り得ないし! パンケーキの方がいいって!」


 文化祭の出し物決めでは男子たちは焼きそば。女子たちはパンケーキ。やりたい出し物で意見がぶつかり、男女で言い合いが始まっていた。

 男子たちの中心にいるのは赤峰くん。

 女子たちの中心にいるのは私の仲のいい友達だった。


「ねぇ? 澪っちもパンケーキの方がいいよね?」

「う、うん……」


 本当は赤峰くんが中心にいる焼きそばがよかったけど、仲のいい友達にそう言われると反対しづらい。

 もう! あたしに振らないでよ! と、心の中で叫ぶ。


「ほら、澪っちからも男子たちに言ってやって!」

「え、えぇ……? で、でも――」

「いいからいいから!」


 押し出されるような形で女子の中心に来たあたしに、赤峰くんの鋭い視線が突き刺さる。


「えっと……誰だっけ? まあ、いいや。パンケーキの魅力とやら、俺たちに教えてくれよ」


 ……は? かっちーん。

 こいつ、まだあたしの名前覚えてなかったの?

 ふ〜ん? へぇ〜? 絶対に許さない。


「焼きそばとパンケーキだったらパンケーキの方がよくない? それだけの理由でしょ? 逆に焼きそばの方がいいって理由、教えてよ」


 まずは文化祭の出し物をパンケーキにする。それであたしの名前をこいつの脳裏に刻んでやるんだから!


「焼きそばとパンケーキなんて、天と地の差があるんだよ。焼きそばの価値を分からない奴がいるとは思わなかったわ」

「そんなわけないでしょ。バカじゃないの?」

「あ?」

「はぁ?」


 あたしと赤峰は睨み合った。周りからは声援が聞こえてくるが、今はそれどころではない。

 ……目、目が合ってる。やばい。ニヤけそう。

 なんか体温上がってきてる気がするし、そろそろ限界。


 ……じゃなくて!


「あたしたちはやっぱりパンケーキを作りたいわ! パンケーキなら人気があるし、きっとたくさん売れると思う!」

「俺たちは焼きそばだ! 焼きそばなら男女共に人気がある!」


 この場から早く逃げたいと思っていたのに、その後も男女たちの口論は続き、あたしの体は色々な意味で限界を迎えたのだった。

 そして文化祭が終わっても尚、あたしと赤峰くんの関係は変わることなく天敵のような関係のまま。話すようになったから嬉しいと思う反面、もう少し仲良くなりたいとも思う。


「距離が近づく出来事、何か起きないかなぁ〜」


 心の中で神頼みをしつつ、赤峰くんの顔を思い浮かべる。

 はぁ……どうしてこうなっちゃったんだろ。


 後に、あたしと赤峰くんの関係が大きく変わる出来事が起こるとも知らず、あたしは呑気に帰路に就いたのだった。

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