第5話 お前だけは絶対許さん

「――あたしは、赤峰のことがずっと好きだったの」


 頬を赤く染め、手をモジモジさせながら長谷川はせがわは言った。


「…………うそ、だろ?」

「こんな時に嘘つくわけないでしょ。ばか……」

「だ、だってお前、俺のこと嫌いって言ってたじゃないか」

「それは……」


 長谷川は俺のことを好きなんじゃないか、という疑問が出てきた時、さすがに有り得ないだろうと思った。

 でも今、こいつは確かに俺のことが好きだと言った。

 恥ずかしそうに言った長谷川を見れば、それは紛れもない事実なんだと容易に想像がつく。


「……しょうがないじゃない。いざあんたと話すとなると、どう話せばいいか分からなくなるんだもん」

「そ、そうか」


 こんな時、俺はどんな風に接すればいいのか分からない。

 異性に好きだと言われたのは今回が人生で初めてだし、なんでも言うことを聞くという約束でだが恋人ができたのも初めて。

 元々は野本のもとさんに告白するつもりだったのに。野本さんとこんな風になりたいと願って今まで頑張ってきたのに。

 どうして俺は、今までずっと天敵だと思っていた相手にドキドキしてるんだよ。


「もういい? そろそろ戻らないと」

「あ、もうこんな時間か。じゃあまた」

「う、うん。今週末にね」


 そう言って長谷川は手を振りながら屋上から去っていった。

 俺は長谷川の姿が見えなくなったのを確認してから、屋上の扉を閉めてその場に座り込む。


「はぁ……あいつ、まじで俺のこと好きだったのかよ」


 絶対にないと思った、のに…………。

 顔が熱い。今顔はりんごのように真っ赤だろう。この状態で教室に戻れば、絶対に長谷川や他の男子たちに茶化される。

 それだけは回避しようと、俺は少し冷たく感じる春風に当たりながら火照った顔を冷やしたのだった。



 放課後になり、部活に入っておらず特に用事のない俺は早く家に帰ろうと席を立った。

 実を言うと、長谷川と顔を合わせたくなかったため早く家に帰りたいのだ。長谷川と顔を合わせればあの屋上の件を思い出して、また顔が赤くなっちゃう気がするし。


祐也ゆうやー、今日暇?」


 存在を消して教室から立ち去ろうとした瞬間、後ろからクラスの中で最も仲のいい吉川春樹よしかわはるきに話しかけられた。


「暇」

「じゃあちょっと買い物付き合ってくんね? 駅前のモールで」

「別にいいけど、お前今日部活は?」

「休み休み〜」

「ほんとかよ……」

「ほんとはトレーニングだけど、サボり〜」

「おい」


 春樹はサッカー部に所属しており、本人曰く部活の中では一番上手いらしい。

 少し伸びた茶髪をワックスでセンターパートにしており、結構チャラい印象。

 そして男の俺から見てもかなりのイケメンで、女子からは相当モテている。すごく羨ましい。


「まあいいじゃん? 普段から家でトレーニングしてるし、部活でもトレーニングなんてしたくねぇよ」

「春樹がいいならいいけど、何買いに行くんだ?」

「スパイクだよ。ちょっと古くなってきたからさ。ついでにスタボの新作飲みながら少し話そうぜ」

「りょーかい」


 俺たちは並んで教室を出て、駅前のショッピングモールに向かったのだった。

 その様子を終始見ている者がいたことも知らずに。



 駅前のショッピングモールに着き、春樹のスパイクを買い終えて俺たちは同じモール内にあるスタボに来ていた。

 二人で新作のいちごフラペチーノを買い、テーブル席に腰をかける。


「そういえばずっと気になってたんだけどさ、お前と長谷川さん最近何かあったん?」


 新作のいちごフラペチーノをちゅるちゅると一口飲むと、春樹が突然思いもよらぬことを聞いてくる。

 春樹は誰かの恋となると面白がってからかってくるため、長谷川との一件は教えていないはずだが。


「……別に何もないけど?」

「本当か〜? 最近のお前ら怪しいぞ〜。二人でよく昼休みとかどっか行ってるみたいだし?」

「話してるだけだ。別に何もない」

「ふ〜ん? お前と長谷川さん、ずっと険悪な関係だと思ってたんだけどなぁ」

「仲が悪くても話すことくらいはあるだろ」

「そうかねぇ?」


 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる春樹。

 クソうぜぇ! ニヤニヤするな! 腹立つ!


「……前に言っただろ。俺は野本さんが好きだって」

「野本さんか〜、あの子は高嶺の花すぎる。ま、長谷川さんもだけどな。お前には無理だ」

「おい、なんで俺には無理なんだよ」


 それにしても長谷川が高嶺の花?

 確かに最近はツンツンしなくなってきたけど、前まであんな俺に対して罵倒してきてたやつが?


「いやいや、あの二人の人気知ってるだろ? 学校中の男子たちに狙われてるんだぜ? お前には到底無理だ」

「ひでぇ言われようだな、俺……。てか、長谷川ってそんな人気なのか?」

「めっちゃ人気だろ。そりゃ野本さんには敵わないだろうけど、聞いた感じ長谷川さんもかなり人気だぜ」

「まじかよ」


 あいつ、俺の知らないところでめっちゃ人気者になってたんだが?

 あんな罵倒ばっかしてくる奴のどこがいいんだ?


「よく考えてみろ。あんな可愛くてボリュームのある胸を見て、男子たちが何も思わないわけないだろ?」

「…………それは否定しない」


 否定したかったが、否定できなかった。


「だろ? だからお前も絶対無理に決まってる野本さんを諦めて、まだ希望がありそうな長谷川さんにいったと思ったんだけどな」

「それはない」

「本当かね〜? あ、長谷川さんだ」

「!?」


 突然視線を横に向け、驚いたように言う春樹。

 俺は思わず立ち上がり、春樹の視線の方向を見るが……、


「誰もいねぇじゃねぇか!!」


 そこには誰もいなかった。


「ぷははははっ! お前焦りすぎだろ!」


 俺が怒っているにもかかわらず、腹を抱えて笑うのをやめない春樹。

 まじでこいつ、そろそろ丸焼きにでもしてやろうか。

 そして待つこと約十秒、春樹は笑いすぎて出た涙を指で拭き始めた。


「はぁ……笑った笑った」

「春樹、一回殴っていいか?」

「悪かったって。許してくれよ」

「お前だけは絶対許さん」

「……あ、長谷川さんだ」


 先程と同じように、春樹は横に視線を向けた。

 もう同じ手には引っかかるわけがないだろ。


「嘘つけ」

「いや、まじだって」

「んなわけないだろ…………って、は?」


 そんなわけがない。

 長谷川がここにいるわけない。

 どうせ春樹のからかいだ。

 そう思って横を見るが、本当にそこには長谷川が立っている。


「なんでお前がいるんだよ……」

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