第24話 今まで感じたことのない恐怖 ※野本花蓮視点

 私――野本花蓮のもとかれんには今、気になっている人がいる。

 実を言うとずっと前から気になっていて、今もなおその気持ちは変わっていない。でもこの気持ちは、決して恋愛感情ではないと断言できる。


「明日からゴールデンウィークでしょ? もし赤峰くんさえよかったら、どこか遊びに行かない?」

「もちろんです!!」

「よかった。じゃあ、詳細はLIMEで! ばいばい!」

「うん!」


 私はずっと前から気になっている人――赤峰あかみねくんをデートに誘った。

 デートに誘ったのは決して浮ついた感情があったからではなく、ただもっと彼のことを知りたいと思ったからだ。

 だから誘いを受けてくれて、すごく嬉しかった。これでもっと彼のことを知れるだろう。


「楽しみだな……どこがいいかな……」


 行く日、行く場所、集合時間などが全て決まった後は、その日がずっと楽しみで仕方がなかった。

 当日着ていく服はどれにしようか悩みに悩んだし、今までしたことのなかった巻き髪も挑戦しようと思って何回も練習した。


 そして待ちに待った当日、赤峰くんのことをたくさん知れたいい日になった。

 オシャレをしていったら褒めてくれて、本当に嬉しかった。初めてのツーショットだって撮れた。


「この写真……待ち受けにしようかな」


 赤峰くんがお腹を痛めてしまったようでトイレに向かった後、私は彼を待ちながら二人で撮った写真を眺めていた。

 さすがに待ち受けにするのは恥ずかしいし、彼氏でもない人とのツーショットだからみんなから引かれるだろうと思って眺めるだけに決める。


「一緒に撮ってくれてよかった。断られたらどうしようかと……」


 ふぅ、と息を吐き、すぐ戻ってくると言った赤峰くんの帰りを待つ。

 すると突然、後ろから誰かに肩をポンと叩かれた。赤峰くんが知らぬ間に戻ってきたんだと思って振り向くと、そこには知らないチャラめな男の人が二人立っている。


「ねーねー君、めっちゃ可愛いね。今一人? 友達とはぐれちゃったのかな?」

「……いえ、友達を待ってるだけです」

「そう? まあいいや、ちょっとだけでいいから俺たちと遊ぼうよ」

「すぐ戻ってくるので結構です」

「ほんとに少しだけだからさ、頼むよ。ね? ちょっとだけ」


 しつこいナンパだった。

 今まで幾度となくナンパはされたことがあるけど、どうして男の人は女の子が一人で歩いているとすぐにナンパしてくるんだろう。付いていくわけがないのに。


「あの……本当にすぐ戻ってくるので、そんな時間はないです」

「ずっと見てたけど、もう十五分は一人でいるよね? もう友達も戻ってこないんじゃない?」

「そんなわけ……」

「いいから、ね? あそこに売ってるデザートとか食べたいの奢ってあげるからさ」

「もうお腹いっぱいなので結構ですって」


 チャラめな男の人たちはつい先程いたペンギンカフェを指差して、しつこく私に構ってくる。

 本当にしつこい。

 私は拒否をしているのに、どうして諦めないでナンパを続けるのだろうか。


「あーもう、めんどくさいなー。少しだけでも付き合ってくれよ」


 そう言って苛立ちを見せた一人のチャラめな男の人は、強引に私の腕を掴み強い力で引っ張ってくる。


「痛っ!」

「少しだけ。十分でいいからさ」

「…………わ、わかりました」


 怖かった。

 男の人が力づくでやれば、私のような非力な女子は勝ち目がない。今のはただ強引に引っ張られただけだから大丈夫だったけど、これ以上拒否したら何をされるか分からない。

 だから私は十分だけという約束のもと、二人の男の人たちに付いていくことにした。

 ごめん……助けて……赤峰くん……。



***



 祐也ゆうやがトイレから戻ると、待っていてくれと言った場所には花蓮がいなかった。

 トイレに時間をかけすぎてグッズを見ているのかと思いショップに向かうが、そこにも花蓮はいなかった。


「野本さんもトイレに行ったのかな……」


 そう思い、祐也はトイレの場所へと戻る。

 しかし数分待っても、花蓮が戻ってくることはない。


「おかしいな……あの! ここで待ってたベージュのシャツを羽織った女の子知りませんか?」

「ベージュのシャツの女の子? あ、それならさっき背の高いチャラめな男の人たちと一緒に出て行ったよ。もしかして君の知り合いなのかい?」


 背の高いチャラめな男の人たちと出て行った……?

 さすがに花蓮が祐也を置いてそんなことをするわけがない。人違いかと思ったが、一応特徴を聞いてみることにした。


「その女の子の特徴、何か覚えていませんか?」

「特徴……? すごく可愛いなって思ったよ。あと綺麗な銀髪を巻いてて――」


 間違いない。それは花蓮だった。

 人違いならそれでいいが、もし連れて行かれたのだとしたらまずい。


「教えてくれてありがとうございます」


 祐也は出口にダッシュで向かい、花蓮の姿を探す。

 そして水族館を出て、外に繋がるエスカレーター手前でもめている三人組を発見した。



***



「あの……! 本当にこれ以上行くと友達が……」

「知らないって。もうここまで来たんだからいいじゃん」

「でも……!」

「あ?」

「……っ」


 私はもう、逆らえなかった。

 腕を強く引っ張られ、私は強引に水族館の外へと連れて行かれる。

 怖い。自分が痛い目に遭うと思うと、もう反抗することができない。

 助けて……誰か……赤峰くん…………!


 外に繋がるエスカレーター手前まで来たところで、私は一度立ち止まった。赤峰くんなら来てくれると淡い期待を抱いて。


「おい、なんで立ち止まってんだよ。行くぞ」

「……です」

「あ?」

「嫌、です」

「お前……!」


 チャラめな男の人たちの一人が、私を殴ろうとして腕を振り上げる。

 もうダメだ。もう……私は……。


「野本さん!!」


 諦めかけたところで、私がずっと待っていた声が聞こえてくる。

 赤峰くん……来てくれたんだ。


「あ? なんだお前」

「赤峰くん!」

「ちっ、こいつの友達かよ」

「お前ら野本さんに何してんだよ!」

「あ? 舐めた口聞いてんじゃねぇぞ、クソガキ」


 そう言ってチャラめな男の人二人は、手をポキポキと鳴らしながら赤峰くんに近づいていく。

 絶対私にしようとしていたことをするつもりだ。


「うるせぇよ。このチンピラ共が」


 すると赤峰くんは自らチャラめな男二人に走って近づいていき、ものすごいスピードで拳を繰り出した。

 その拳は見事に男の人の顔にヒットし、後方へと吹っ飛んでいく。


「……うそ」


 赤峰くんより一回りくらい大きい相手なのに、物怖じせずに立ち向かっていく。涙が止まらない。


「このクソガキ!!」


 一人を倒した直後、背後からもう一人が走って近づいてくる。


「赤峰くんっ!!」


 ――パチンっ!


 もう一人の方も瞬時に対応して一撃で倒し、赤峰くんはふぅ、と息をつくとすぐさま私のもとへと駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「私は大丈夫……赤峰くんは……?」

「俺も大丈夫だよ。それよりごめん。俺のせいで……」


 赤峰くんはハンカチを取り出し、私に差し出してくる。

 どうして赤峰くんが謝ってるの……。

 謝らなきゃいけないのは、私の方なのに……。


「……がとう。助けてくれてありがとう、赤峰くん……!」


 私は溜まった感情を抑えきれず、赤峰くんの胸に飛びついてしまう。

 すごく怖かった。本当にもうダメなんじゃないかって思った。

 でも、赤峰くんが助けに来てくれた。


「怖かったよぉ……!」


 それから数分後も涙が止まることはなく、赤峰くんはそんな泣きじゃくった私を優しく抱きしめてくれたのだった。

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