第36話 中間テストとチョコクッキー

 長谷川との勉強会が終わってからは特に何もなく時間だけが過ぎ、待ちに待った中間テスト当日となった。

 教室では最後の見直しをしている人や、諦めたといった様子で友人と談笑している人もいる。もちろん俺は前者だ。


「うわ……まだやってるよ。祐也ゆうや、お前は会った時からこっち側だと思ってたのに裏切んじゃねぇよ」

春樹はるき、お前は少しくらい勉強したらどうなんだ。意外と楽しいぞ、勉強」

「そりゃ問題が解けるなら楽しいんだろうけどさ、俺には絶対無理。赤点さえ取らなければどうでもいいよ」

「赤点取ったら補習だもんな。期待してるよ」

「おいそれどっちにだ!? 赤点取る方か!? 取らない方か!?」

「取る方」

「なんて野郎だ! 自分が頭いいからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 さて、脳筋は無視して自分の勉強するかー。


「無視すんな!!」


 正直なところ今回のテストはいつもより自信がない。

 長谷川はせがわ桑原くわばらに教える時間が多かったため、自分の勉強として使える時間が少なかったからだ。

 教えることでより理解が深まった問題も多々あるが、暗記科目での自信はそこまでない。あやふやな場所が結構あり、高得点を取るのは厳しいと思われる。


「まずは数IIか」

「そうだな、俺は全く勉強してないけど」

「その後に古典、英語表現か。今日は耐えだな」

「おい! まだ無視するのかよ!?」

「明日の暗記科目やばいな……生物基礎が覚えること多すぎる」

「セイブツキソ? なんだよそれ。何かの暗号か?」


 脳筋は無視。自分のことに集中して、目標順位である20位を取るためにも頑張らなければならない。

 とりあえず俺はこの後行われる数IIのテストに向けて、最後の見直しを始めた。


「これから数学IIのテストを始める。教科書やノートはカバンにしまって」


 最後の見直しを始めてからしばらくして、試験監督である先生の合図とともにみんなは教科書やノートをカバンにしまっていく。

 これまでの集大成。今まで頑張ってきた自分を信じて、配られた答案用紙に解答を始めたのだった。



 三日後、全ての科目における中間テストは終了し、クラス中から歓喜の声が聞こえてくる。

 定期テスト期間という学生にとって地獄の時間でしかない期間が終わり、みんなは打ち上げやら部活やらで楽しそうに談笑していた。

 そんな中、俺は脱力している春樹のもとへ向かう。


「やっと終わったなー。もう疲れて部活行けないわ」

「おつかれ。どうだった? 赤点は取れそうか?」

「取らねぇよ! 絶対全部赤点回避してるぜ!」

「珍しく自信あるみたいだな」

「おう! 俺が赤点を取る時代は終わったんだ」

「どんな時代だよ……」

「で、祐也はどうなんだよ? 20位に届きそうか?」

「わからん。けど、結構自信はある」

「うわ……気持ち悪」

「ひでぇな!」


 結構自信はあると言ったが、正直めちゃくちゃ自信があった。長谷川や桑原に教えることになった数学二教科は90点以上いった自信があるし、不安でしかなかった暗記科目たちもそれなりの点数を取れた気がしたのだ。

 表面上では何事も無かったかのように振舞っているが、心の中では高揚感に浸っている小さい俺が舞い踊っている!


「おつかれ〜」

「おつかれ……」


 俺と春樹がテスト終わりなだけにいつもより高いテンションで談笑していると、そこに桑原と長谷川がやってきた。

 桑原はいつも通りにっこりしているが、長谷川は浮かない様子で俯いている。


「おつかれー」

「おつかれ。長谷川、何かあったのか? もしかしてテストがダメだったとかか?」

「違うし」

「じゃあなんで落ち込んでんだよ」

「落ち込んでないけど?」

「……え?」

「テストならあんたのおかげでいつもよりいい感じかもだし……」

「お、おう……そうか」


 俺と長谷川でいつものように話していると、突然春樹と桑原はニヤリと笑みを浮かべ俺たちから距離を取った。何事かと思って春樹を呼ぼうとするが、二人は走ってどこかへ行ってしまう。


「何やってんだあいつら……」


 意味がわからない。どうして俺と長谷川で話していただけなのに、二人は逃げるかのように走り去っていってしまったのか。

 そんな奇行をしている春樹たちの逃げた背中を見ていると、長谷川から声をかけられた。


「…………赤峰あかみね

「ん、どうした?」


 長谷川の方に視線を向けると、またしても俯いていて少し頬が赤くなっている気がした。


「…………これあげる」

「……え?」


 長谷川は尚も頬を赤くしたまま俯いており、視線を俺に向けることなく小包を差し出してきた。


「クッキー焼いたの。赤峰のために」

「クッキー? 俺のために……?」

「……うん。頑張ったから、食べて」

「……わかった。ありがとう」


 クッキーが入っているという小包を受け取ると、長谷川はようやく視線を上げた。そして俺が受け取った小包を凝視している。


「……今、食べてもいい?」

「え……う、うん」


 小包を開けると、中にはクッキーが六枚入っていた。

 六枚全て円形のチョコクッキーらしく、一枚取ってみると中にはチョコチップが入っていることが分かる。


「いただきます」


 一口かじってみると、口の中にチョコのほんのりとした甘さが広がった。テスト終わりということもあっていい感じの糖分補給になり、今まで食べた中で一番美味しいチョコクッキーであることは間違いない。


「……美味しい?」

「めっちゃ美味い! 長谷川が一人で作ったのか?」

「よかった……。うん、昨日作ったの」

「すごいな! 長谷川って料理とかもできるんだな! でも、なんで急にクッキーを?」

「前の土曜日のお詫びと勉強教えてくれたお礼。本当にありがとう、赤峰」

「いやいやこちらこそだろ。こんな美味しいクッキーもらえるなんて思ってなかったし、本当にありがとうな」

「……うんっ」


 長谷川は恥ずかしいのか両手で顔を隠した。

 さすがに可愛すぎて、俺も色々な意味で死にそうになったのは言うまでもない。

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