第9話 帰り道、どうしてこうなった?
映画を見終え、そのまま俺たちは帰宅することになった。
今日は色々あって正直すごく疲れたが、まあとても楽しく充実した一日だったことは言うまでもない。
「いやー、面白かったな」
「でしょ! もう一回見に行こうかな〜」
「また泣いちゃうぞ」
「な、泣いてないわよ!!」
「嘘つけ。お前最後号泣してたじゃないか」
「ななな……なんで知ってるのよ!!」
「たまたま見ただけだよ」
「最低……嫌い! しね!」
「そこまで言わんでも……」
もう罵倒されるのには慣れているため何を言われようと何も思わないが、どうして今の流れで罵倒されなきゃいけないんだ。
「……ふんっ!」
「ごめんって。悪かったよ」
「……ふんっ!」
「いや、無視しないで?」
「
「だから本当にごめんって」
ここまで怒るとは思わなかったため、さすがに謝らざるを得ない。
そんなこんなで謝り無視され謝り無視されを繰り返しているうちに、帰り道にある比較的大きい池が中にある公園に入った。
「なあ長谷川、そろそろ許してくれよ。なんでもするからさ」
「……なんでも?」
しまった。ついなんでもすると言ってしまった。
こいつは本当に突拍子もないこと言うから気を付けようと思ってたのに。
「あ、ああ。それで機嫌直してくれるなら」
「……わかった。許す」
前を歩いていた長谷川はベンチの前で立ち止まり、振り返ってこちらを向いた。
「じゃあ、ここで少し話さない?」
「え、そんなことでいいのか?」
「うん」
「……わかった」
前回は付き合ってほしいだった、のに対して今回は少し話そう。差がすごいため少し戸惑いながらも承諾し、俺は長谷川の隣に座った。
「ねぇ、もっとこっち寄ってよ」
「……は?」
「なんでもするんでしょ?」
「二回目なんだが」
「別にいいじゃない。細かいことは気にしない気にしない」
「えぇ……」
なんで寄って座らないといけないのか。
なんで寄って座ってほしいのか。
「はぁ……わかったよ」
それで長谷川が機嫌を直してくれるなら、と俺は一旦腰を浮かし、長谷川のすぐ隣まで移動して腰を下ろした。隣に座ると、隣を歩いていてもあまり感じなかった柑橘系のすごくいい匂いが鼻腔をくすぐった。
すると長谷川は頬をほんのり紅潮させ、髪を弄び始める。
「わかればいいのよ。わかれば……」
「……で、何を話すんだよ」
長谷川の照れている顔があまりにも可愛くて、俺は意識を別の方向に集中させるため話を切り出すことにした。
「そうね。じゃあちょっと質問してもいい?」
「? いいけど」
「赤峰って今まで誰かと付き合ったことある?」
恥ずかしそうに髪を弄んだまま、視線を泳がせて聞いてきた。
「ないよ。長谷川が初めてだ。お前は?」
「……そっか。実はあたしも赤峰が初めて。だからあたし、恋人として何をすればいいのか分からないのよね」
「俺だって分からないよ。そもそも長谷川とこんな関係になるとも思ってなかったし、卒業までずっと罵倒し合うのかなって思ってた」
「……ごめんなさい。あたし、赤峰にすごく酷いことたくさん言っちゃって」
「お互い様だよ。俺こそごめんな」
俺はしょぼくれた顔をして俯いている長谷川の頭にポンと手を置き、優しくゆっくりと撫でた。
「…………え?」
「あ、ご、ごめん! なんか無意識で……嫌だったか?」
「……ううん。嫌じゃなかった」
可愛い。
前まで長谷川のことなんて可愛いと思わないようにしていたが、今となってはもう歯止めが効かなくなっていた。
俺は
――長谷川のことが好きなのだろうか。
そんな疑問が頭に浮かんだ。
さすがにそれはない。俺は野本さんが好きなのだから。
「……もっと、して?」
俺は長谷川の頭から手を離そうとするが、そうはさせまいと長谷川は俺の手を掴む。
女の子の手って、こんなにも小さくて柔らかいものなのか。
「……わかった」
それから俺はしばらく長谷川の頭を撫で続けた。
日が沈んで空はだんだんと暗くなってきており、つい先程まで遊具で遊んでいた子供たちはいなくなっている。
周りを見渡すと俺たちが来た時よりもカップルが増えていて、木の影やらベンチやらでイチャイチャしているのが見えた。
「そろそろ帰るか?」
俺の肩に頭を乗せている長谷川に聞いてみると、長谷川は小さな声で呟くように「うん」と言った。
長谷川がゆっくりと立ち上がると同時に俺も立ち上がり、少しでも早く帰ろうと歩き始めるが、長谷川は俺の服の裾を弱い力で掴んでくる。
「ん? どうした?」
「お願いがあるの」
「なんだよ、また。さすがにもう聞かないぞ」
「お願い」
「……一応聞いておく。なんだよ?」
「キスして」
………………は?
「あたしにキスして」
周りを見渡せばカップルだらけ。
木陰に隠れてイチャイチャしキスをしているカップルもいれば、ベンチに座って楽しそうに談笑しているカップルもいる。
そんなカップルたちに触発されたのだろうか。
長谷川の顔を見ると、ほんのり頬が赤く染まっている。
「……俺は」
実は野本さんのことが好きなんだ、と言おうと思っても口からその言葉は出てこない。
元はと言えば俺のせいでこうなってしまったわけだし、言ったら言ったでもう二度と口を聞いてくれなくなるだろう。
――じゃあ、長谷川にキスをするのか?
今となっては頬だけではなく、耳まで真っ赤にした長谷川の顔を見る。
こんなにも可愛い子とキスができるチャンスなんて、二度とないかもしれない。
それでも俺は……。
「ごめん。キスはできない」
淡々と。冷たく感じる夜風よりもさらに冷たく、そう言った。
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