第8話 初デート②

「大丈夫か?」

「うん、ごめんね……」


 長谷川はせがわが硬直状態になってからしばらく経ち、ようやく普通の状態に戻った。

 そんな彼女に俺はドリンクバーのところから水を取ってきて渡し、少し休んでから映画館に向かうことに決める。


赤峰あかみねとデートできてつい浮かれちゃってたみたい。本当にごめんなさい」

「いいって。俺は気にしてないから」

「……うん。やっぱり赤峰は優しいね」


 俺は優しい……?

 長谷川と話すようになってから、こいつに優しくしたことあったっけ……?


「映画には間に合うかな?」

「大丈夫だ。まだ時間はあるからゆっくりして行こう」

「わかった。ありがと」


 それからは長谷川と他愛もない会話で盛り上がりながらゆっくりし、映画が始まる二十分前に映画館に到着した。


「楽しみー! この映画、ずっと見たいって思ってたのよね」

「恋愛系の映画なんだろ? 絶対周りカップルだらけだろうな」

「わからないわよ? もしかしたら男子だけ、女子だけのグループでだったり、一人で見に来てる人もいるかもしれないし」

「……それはそれで悲しすぎるだろ」


 俺だったら絶対に一人、または男子だけのグループで恋愛映画なんて見たくない。

 周り見てカップルだらけだったらと思うと、自分が惨めに思えてきて映画どころじゃなくなるから。


「でもすごく人気で面白いって評判の映画だし、あたしは一人でも絶対見に来たいって思う!」

「いや、お前のメンタル鋼かよ」

「なんで? 普通だけど?」

「どこがだよ!」


 俺からしたら長谷川のメンタルはダイヤモンドのように硬い。もちろん俺はガラスのハート。

 恋愛映画を一人で見に行きたいなんて普通思うか? 絶対周りカップルだらけだよ? 悲しくなるよ?


「えー、そうかなー? あ、ポップコーン食べたい!」


 映画館に入るとすぐに見えたのは売店。

 そこではポップコーンや軽食、ドリンク、映画関連のグッズなどが売られている。


「俺もポップコーン買うか……」


 レストランの時にも言ったが、あの量じゃまだ足りない。

 ポップコーンを食べて、ようやく腹八分目といったところだろうか。


「あ、じゃあ一緒に食べない!?」

「……なんで!?」

「だってそっちの方が安く済むし、ペアセット買えばお得じゃない?」

「あー、確かに」

「ね? 絶対一緒に食べた方がいいでしょ!?」

「……そうだな。ペアセット買うか」

「ん!」


 幼い子供のように可愛らしく喜ぶ長谷川。

 本当に今日のこいつ、どうかしてる。

 だっていつもより可愛すぎるじゃん! もしかして俺がちゃんと見てなかっただけ!?


 俺は動揺を隠すように先行し、ポップコーンのペアセットを注文する。

 そしてポップコーンのペアセットを受け取った後、恋愛映画がやる場所へと向かった。

 チケットを取った席は最後列の一番左側。これは長谷川の発案で、誰にも囲まれたくないからという理由でこの席に決まった。


「わ〜、結構人多いわね」

「そうだな」


 …………やっぱり、見渡す限りカップルしかいない。

 カップル、カップル、カップル、カップル、カップル、カップル――。

 男子だけ、女子だけのグループなんてものは存在せず、この場所にいるのはカップルのみ。

 なんか知らんけど、周りにたくさん人いるのにキスしてるカップルとかいる! なにここ怖い! 今すぐ帰りたい!


「あ、ここだ!」

「長谷川は一番奥行ってくれ。俺が手前に座る」

「別にいいけど、どうして?」

「いや、知らない誰かに隣座られるかもだし……」


 何言ってんの、俺。

 無自覚で、気が付いたら言葉に出ていた。

 なぜかは分からないけど、一瞬でも長谷川を知らない誰かの隣に座らせたくないと思ってしまった。

 長谷川、さすがに引いたよな……。


「……ねぇ、それってあたしの隣を独占したいってこと?」

「どうしてそうな――」


 ……あれ、どうして否定しないんだよ。

 からかわれるだろ? 否定しろよ。


「自分でも分からない。無意識だ」

「……そっか。ふ〜ん? へぇ〜? そ〜なんだ〜?」


 すると長谷川は大人しく奥の席へ向かっていく。

 俺は自分の言動に疑問を持ちつつ長谷川の後ろを歩き、長谷川が座った隣の席に座った。


「長谷川、ポップコーン塩とキャラメルだったらどっちの方を多く食べたい?」

「…………」


 …………俺、久しぶりに無視される。

 罵倒し合ってた頃は幾度となく無視されたけど、この関係になってから無視をされることはなくなった。しかし今、久しぶりに無視された。

 無視されるの慣れたつもりだったけど、結構心にくるな。


「おい、長谷川聞いてんのか……って、え?」


 長谷川に再び声をかけようと左を見たが、そこには顔だけでなく耳まで赤くして震えている長谷川がいた。


「……長谷川? 大丈夫か?」

「…………え、なに? ご、ごめん。聞いてなかった」

「? 耳まで真っ赤だけど、大丈夫?」

「う、うん! 全然大丈夫!」


 本当に大丈夫なのか疑わしいが、本人が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。


「ポップコーン塩とキャラメルだったらどっち多く食べたい? って聞いたんだけど」

「あ、キャラメルがいい! キャラメル食べたい!」

「? 了解」


 いつもより声が大きく早口だったが気にしないことにし、俺はキャラメルポップコーンが入った方を長谷川の方に向けた。

 その後しばらくして、映画は始まったのだった。



 映画が始まって結構時間は経ち、恐らく終盤。

 最後の方になって別れてしまった主人公とヒロインの様子を見続け、映画のエンドロールが流れた。

 この映画のストーリーとしては、東京の駅で終電を逃したことから偶然出会った大学生の主人公とヒロインは、好きな音楽や映画がほとんど同じであっという間に恋に落ちる。しかし喧嘩どころか会話すらしない関係になってしまい、別れてしまった。そしてそのまま寄りが戻ることはなく、二人はお互い別のパートナーを見つけて幸せになっていくという感じだった。

 正直すごく泣けたし、すごく面白かった。


 隣に座っている長谷川を見ると、俺と同じく今にでも涙がこぼれそうになっているように見える。その横顔はとても美しく、思わず見惚れてしまうほどに可愛かった。

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