第7話 初デート①

 週末になり、もう死ぬのでは? と思うほどに緊張で心臓がバクバクしていた。

 今日は長谷川はせがわと映画を見に行く約束がある。

 集合は十一時半に駅前で、十三時二十分上映開始の映画を見る予定だ。


「どうしてこんな緊張してんだよ。ただ映画見に行くだけなのに」


 女子と初めて二人きりで遊ぶ。

 女子と初めて映画を見に行く。

 それだけでドキドキが止まらない。


「……くそ。こんなんじゃ絶対あいつにからかわれる!」


 最近罵倒される回数は減ってきたが、俺が緊張してちゃんと話せなかったら間違いなくあいつはからかってくる。

 なんとか集合時間になる前に緊張をほぐさないと。


 集合時間になる二十分前。

 緊張をほぐそうと色々試みたものの全くほぐれることはなく、集合場所である駅前にやって来た。


「はぁ……そういえばあいつとは一年以上つるんでるけど、遊ぶのは初めてだな。つるんでたって言うより罵倒し合ってただけだから、仲が良かったわけじゃないし当然か」


 こんな日が来るとは思いもしなかった。

 まさかあいつと二人きりで遊ぶ日がくるなんて……。


「お、お待たせっ!」


 駅前のガードレールに寄りかかりながら長谷川を待っていると、左側からそんな声が聞こえてくる。

 俺は声が聞こえてくると同時に左側へ目を向けると、走ってきたのか疲れた様子の長谷川が立っていた。


「…………」


 あ、あれ……?

 声を出そうとしても、声が出てこない。


「え、なに? どうしたの?」

「…………い、いや、なんでもない。行くか」

「うん?」


 俺は、不覚にも長谷川に見惚れてしまっていた。

 いつも制服姿の長谷川しか見てこなかったせいか、私服姿の長谷川がとても可愛く感じられたのだ。

 今日の長谷川はブラウンのロングカーディガンをメインにした、大人っぽいコーディネート。インナーはシンプルなトップスとボトムスを合わせており、カラーはホワイトで統一されている。そんな服装は、長谷川の肩上まで伸びた綺麗な金髪にとても似合っていた。


「長谷川、その服似合ってるな」

「……え? あ、ありがと」


 目を合わせながら言うのはさすがに恥ずかしいため、あさっての方向を見て思ったことを伝えることにした。

 どうやら長谷川も照れているようで、シンプルなコーデであるため赤くなった顔が分かりやすく見える。

 くっそ可愛いなおい! と思わず心の中で叫んでしまうくらいに、照れている様子は可愛かった。


 俺たちは今日見る映画のチケットを映画館で取った後、近くにあるレストランにやって来た。


「結構混んでるねー」

「そうだな。昼頃だし、しょうがないけど」

「どうする? 別のお店にする?」

「ここでいいんじゃないか? 別のお店も同じくらい混んでるだろうし」

「うん、わかった」


 それから待つこと約二十分、ようやく俺たちは席に着くことができた。

 二人でメニューを眺め、俺はマルゲリータピザとドリアを、長谷川はカルボナーラを注文する。


赤峰あかみねって、結構食べるんだ」

「当たり前だろ。これでもちょっと足りないくらいだ」

「うわ、太るよー?」

「毎日運動してれば大丈夫だろ。そして食べた物は全部身長になると信じてる」

「運動してるの?」

「そりゃもちろん」

「へぇ〜? 想像できない」

「なんでだよ」


 手を口に当ててクスクスと笑う長谷川。

 今日のこいつ、服装やら仕草やらいちいち可愛いからどう反応すればいいか分からないんだよ。本当に心臓がもたない……。


「お待たせしましたー」


 少し談笑したところで、注文した物が各々運ばれてくる。

 このお店はコスパがいいため、食べ盛りの学生としてはすごく嬉しい。


「「いただきまーす!」」


 俺たちは同時に合掌し、注文した物を食べ始めた。

 しかしそれから数分後、事件は起きる。


「赤峰ー、ピザ一切れだけちょうだい」

「おう」


 俺は長谷川に言われた通り、マルゲリータピザが乗っているお皿を差し出した。

 しかし……。


「違う!」

「なにが!?」


 長谷川はなぜか差し出したお皿を返してくる。

 言われた通りピザをあげようとしたんだけど。


「んっ! あーんして!」

「……は!?」


 そう言って、長谷川は小さな口を開けた。

 なんで俺が長谷川にあーんしなきゃいけないんだよ!


「お願い!」

「えぇ……はぁ、一回だけだからな?」

「うん!」


 俺は仕方がなくマルゲリータピザを一切れ取り、こぼさないように手を下に添えながら長谷川の小さな口へと運んでいく。

 あーんをすると必然的に距離が縮まるため、長谷川の可愛い顔が目の前にきてすごく緊張する。


「あーん」


 俺はなるべくこの地獄から解放されたいため、一口かじらせるとすぐに身を引いた。

 本命の映画が始まる前だっていうのに、この時間だけですごく疲れて映画では寝ちゃいそうだ。


「ん、もう一口」

「おい、一回だけって言ったはずだが?」

「や! もう一口!」

「子供かよ……」


 仕方がなくもう一度ピザを手に取り、あーんをしてやった。

 周りからの視線が痛い。めっちゃ見られてる。

 ラブラブカップルで羨ましいとか色々思われてるんだろうな。すごく恥ずかしい。


「ん、ありがと」

「……もうやらないからな」

「えー、なんでよ」

「なんでって、恥ずかしいだろ」

「別にいいじゃん。こ、恋人なんだよ?」

「それはそうだけど……」


 確かに長谷川の言う通りだ。

 恋人ならあーんなんて当たり前。

 でも俺は……。


「はい」

「……え?」


 なぜか長谷川はカルボナーラが絡まっているフォークを俺に差し出してくる。


「お返し。口開けて」

「い、いいよ別に。俺はいらない」

「口を開・け・ろ!」

「はいぃぃいい!」


 なんで強制的にあーんされてんの、俺?

 いや、普通に嬉しいけどね? でもこれって……。


「あーん」


 口を開けると、カルボナーラが絡まっているフォークが口の中に入ってきた。俺はそれをパクリと食べ、しっかり噛んで飲み込む。

 うん、めちゃくちゃ美味い。

 そして長谷川は満足したのか、再び自分のカルボナーラを食べようとしたところで……。


「これって、間接キスだよな?」


 ピザは食べる前に八等分し、その一切れをあげたため間接キスにはならない。

 しかしカルボナーラは違う。長谷川が使ったフォークで、長谷川が既に食べた物だった。

 紛れもなく間接キスだ。


「…………っ!?」


 気づいていなかったのだろう。

 カルボナーラが絡まっているフォークを口に入れようとしたところで顔が真っ赤になり、フォークを落としてそのまま長谷川は硬直状態になってしまった。

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