第10話 諦めたらそこで試合終了なんだよ

「ごめん。キスはできない」


 それから俺たちは重い空気になってしまい、長谷川はせがわとは公園内で別れることになった。

 暗いから家まで送っていくと切り出すことはできず、俺はただ茫然と立ち尽くしたまま長谷川の後ろ姿を見ることしかできなかったのだった。



 次の日、俺はなぜか頭の中がモヤモヤしながらも学校に向かっていた。

 長谷川とは重い空気のままで、昨日帰ってからも連絡は取っていない。そのため学校でどう話せばいいか分からないし、顔すら合わせられる気がしない。


「あの時、もしキスしてたらどうなってたんだろうな」


 野本さんのことがまだ好きだからキスをできなかっただけで、過去に戻ることはできない。

 でも、どうしても考えてしまうのだ。

 春樹はるきの言った通り高嶺の花すぎる野本のもとさんを諦めて、まだ希望のある長谷川に好意を寄せた方がいいのではないかと。一年生の頃は同じクラスだったから接点があって話してたけど、二年生になってからクラスが離れてしまって一度も話してないし。


「……くっそ。最低だな、俺」


 長谷川が自分に好意を寄せてくれているのを良いことに、俺は無意識に長谷川に甘えてしまっているのかもしれない。

 野本さんと接点がなくなって話さなくなり、その寂しさを長谷川で埋めようとしている。そんな最低すぎる自分が、どうしても許せない。


「どうすればいいんだよ……」


 俺は自分の唇を強く噛んで一度憤りをこらえてから、学校に向かって走り出したのだった。


「おはよう、祐也ゆうや。今日は早いな」

「春樹、おはよう。長谷川は……まだ来てないか」

「お、なんだ? 映画デート中に何かあったのか?」

「あ、ああ。実はな…………って、なんでお前、俺と長谷川がデートしたこと知ってんだよ!?」

「情報が回ってきたんだ。すごいだろ?」

「すごくねぇよ! お前だけには言わないって決めてたのに!」

「なんだよ、親友に対して隠し事なんて酷いじゃないか」

「お前はからかってくるから嫌なんだよ!!」


 教室には俺と春樹を含めて十人程度がいる。他の奴らにバレるのも色々と面倒な気がするが、今はそれどころではない。

 俺と長谷川がデートをしていた、という情報が出回っているのは問題でしかない。

 恐らく情報源は一年生の頃、俺と長谷川が一緒のクラスだった奴の誰かだ。そうであれば俺と長谷川の天敵のような関係は間違いなく知っているし、そんな俺たちがデートしているのを見れば面白がって情報を流すに決まっている。

 見られた場所にも寄るが、場所によっては中々やばいところを見られていることにもなる。


「やばいやばいやばい!」

「祐也落ち着けって。なんでそんな慌てる必要があるんだよ」

「そりゃ慌てるだろ! 俺の今後に支障をきたしかねないんだよ!」


 この情報がもし野本さんの耳に入ってしまったら、俺はもう野本さんを好きだなんて伝えることができなくなってしまう。


「そうか、お前野本さんのこと好きだって言ってたもんな。もし長谷川さんとの関係を知られたら……」

「もう終わりだ。何もかも」


 野本さんのことは諦めよう。

 まだ一年にも満たない片思いだったけど、気持ちを伝えられないまま呆気なく終わってしまうとは思わなかった。一年生の頃に勇気を振り絞って告白していたら、状況は変わっていたのだろうか。


「よく聞け、祐也」

「……っ?」


 俺はもう何もかも諦め、四つん這いになって俯いていると春樹がいつもとは違って真剣な声色で話しかけてきた。

 視線を上げて春樹を見ると同時に、春樹は俺の肩にポンと手を置いてくる。


「お前、まだ野本さんに気持ち伝えてないんだろ?」

「あ、ああ」

「ならまだ何も始まってないし、終わってもいない。諦めたらそこで試合終了なんだよ。お前に野本さんは無理だって言ったけど、それはあくまで俺の意見でしかない。本当に今、彼女を諦めていいのか?」


 いつもはからかってくる春樹が、どうしてここまで言ってくれたのか。

 諦めたらそこで試合終了。何もかも終わる。

 それだけは絶対に嫌だ。今、終わらせたくない。


「ありがとう、春樹。行ってくる」

「おう、頑張ってこい」


 春樹に背中を押され、俺は二つ隣の教室、野本さんのクラスに走って向かう。

 時間は早いし野本さんはまだ学校に来てないはず。心の準備はまだできてないけど、少し前にした告白練習を思い出せばいける……はずだ!


「野本さんはまだいないよね……って、もういる!?」


 あまり時間はかからず二つ隣の教室に到着した。

 急いで教室に入って中を確認すると、野本さんは既に学校に来ており、同じクラスの友人と談笑していた。


「あ、これ……詰んだパターンなのでは?」


 クラスの友人と談笑。すなわち俺と長谷川の話題がいつ出てもおかしくない状況。予想外だ。


「あれ? 赤峰あかみねくん?」


 どうしようどうしようと教室の中を歩き回って考えていると、そんなおかしい様子な俺の存在に気づいた野本さんが話しかけてきた。


「お、おはよう。野本さん」

「うん、おはよう。どうしたの? うちのクラスに何か用?」


 腰まで伸びた綺麗な銀髪を靡かせ、澄んでいる碧眼で見つめてくる。

 二年生になってから全く話してなかったのに、名前を覚えてくれているとは思わなかったため少し嬉しい。


「あー、うん。えっと……野本さんに用事があって」

「え、私に?」

「うん。だから今、ちょっと時間もらえる?」

「わかった。じゃあ、行ってくるね」


 談笑していた友達に別れを告げ、俺のもとに歩いてくる。


「誰にも聞かれたくないんだ。屋上でもいい?」

「うん、いいよ。それにしても赤峰くん、久しぶりだね。元気してた?」

「一応。色々あったけどね」

「へぇ〜! 何があったか聞いてもいい?」

「……もちろん」


 それから俺は野本さんに今までのことを話し始めた。もちろん、長谷川のことは一切話さない。

 野本さんは「いいな〜楽しそう!」とか「面白いね!」とか言って、笑いながら話を聞いてくれた。

 やはり野本さんと一緒にいると落ち着く。つまらない話をしても面白そうに話を聞いてくれて、一つ一つの反応が可愛くて、一緒にいてすごく楽しい。


「赤峰くんと話すの懐かしいな〜。本当は休み時間とかも話に行きたいんだけど、クラスの男子たちが中々離してくれなくって……」


 やめてくれ。勘違いしちゃうじゃないか。期待しちゃうじゃないか……。

 屋上の手前に来たところで、俺は深呼吸をする。


「あ、そうだ。赤峰くんにちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「……え、なに?」


 なんか、すごく嫌な予感がした。

 そしてその嫌な予感は的中する。


「赤峰くんって、長谷川さんと付き合ってるの?」


 お、お、終わったぁぁぁあああ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る