第11話 もう消えてなくなりたい ※長谷川澪視点

 あの日――赤峰あかみねに告白をされた日、夢なんじゃないかって思った。

 実際は誤解だったらしいんだけど、それでもなんとかして赤峰と付き合うことができた。


 あたし――長谷川澪はせがわみおは赤峰のことがずっと大好きだった。


 想っていた時間は誰にも負けないし、想う気持ちも誰にも負けてないと思ってる。

 だから、本当に嬉しかった。

 付き合えて、デートできて。

 ……でも、最後の最後にあたしは失敗してしまった。


「お願いがあるの」

「なんだよ、また。さすがにもう聞かないぞ」

「お願い」

「……一応聞いておく。なんだよ?」

「キスして」

「ごめん。キスはできない」


 赤峰は優しいから、その優しさに甘えてしまった。ずっと好きだった人との初デートで、浮かれてしまってたんだと思う。

 あたしはこの日、自分がとった言動を全く覚えていなかった。鮮明に覚えているのは最後のこの瞬間だけ。

 「キスして」って言った瞬間、すごく後悔した。それでしてくれたらもちろん嬉しかったけど、赤峰は困るってわかってた。


「本当に何やってんだろうな、あたし」


 結果的にすごく気まずくなっちゃったし、明日どんな顔で話せばいいか分からない。

 あたしは俯きながら一人で家に帰り、シャワーを浴びながら今日の自分の言動を後悔していた。

 「キスして」なんて、もう二度と言えない気がするくらい恥ずかしい。


「思い出すだけで恥ずかしい……死んじゃう……」


 シャワーを浴び始めたばかりなのに、もう体が火照ってきて全身が熱い。

 自分の頭をポカポカと殴り、はぁ……とため息をつく。


「あぁ……もう! あたしのバカバカバカ!」


 自分のことだけど、本当に有り得ない。

 初デートで「キスして」なんて普通言わないよね!? 重いって思われなかったかな。嫌われちゃったかな。

 考えれば考えるほど、悪い方向に考えてしまう。


「…………もう嫌だ」


 いっその事死んでしまいたい。この世から消えてなくなりたい。

 そう思いながら髪と体を順番に洗い、長い時間浴槽に浸かってから自分の部屋へと急いで戻った。理由は無論、こんな顔をお母さんに見られたくなかったからである。


「どうしよう……」


 パジャマに着替えてからふかふかのベッドにぼふっと倒れ込み、持っていた携帯を握りしめる。


「なんか送った方がいいかな……?」


 急いでLIMEを開き、赤峰とのトークルームを表示した。

 すると昨日の夜、集合場所と時間、見る映画を決めたくだりが一斉に表示される。


 『今日はありがとう! すごく楽しかった!』と打ち込み、これではダメだと一文字ずつ消していく。

 次には「今日は楽しかった! 最後は変なこと言っちゃってごめんね……」と打ち込み、またしても一文字ずつ消していく。


「どうしよう……」


 それからも何度か別の文章を打ち込んでは消してを繰り返したが、いい感じの文章を作ることができず結局何も送ることができなかったのだった。



 次の日、あたしは少し早めに家を出て学校に向かっていた。

 いつもは朝のショートホームルームが始まる十分前くらいに着くように家を出ているけど、今日はいつもより十分くらい早く家を出ている。

 理由は赤峰に昨日のことで謝ろうと思ったから。昨日の夜、結局何も送ることができなかったし、やはりメールよりも直接伝えた方がいいと思ったのだ。


「昨日は楽しかった。ありがとう。最後のは気にしないで。本当にごめんね……こんな感じでいいかな」


 昨日重い空気になってしまったのはあたしのせい。

 調子に乗って初デートでキスまでしようと迫ってしまったのがいけない。

 それでもあいつは優しいから、自分がいけないと言って先に謝ってくるに違いない。だけど今回は何を言われようとあたしが先に謝る、と心に決めて教室に入ろうとした瞬間だった。


「やばいやばいやばい!」

祐也ゆうや落ち着けって。なんでそんな慌てる必要があるんだよ」

「そりゃ慌てるだろ! 俺の今後に支障をきたしかねないんだよ!」


 赤峰と吉川よしかわの声が教室から聞こえてくる。

 二人で何の話してるんだろ? 今後に支障をきたすってどうゆうこと……?


「そうか、だって言ってたもんな。もし長谷川さんとの関係を知られたら……」


 …………え?

 赤峰が野本のもとさんのことを好き……?


「もう終わりだ。何もかも」

「――――――――――」

「――――――」


 気が付いたら走り出していた。

 せっかく整えてきた髪も、少しでも可愛く見せようとしてしたメイクも、もうどうでもよくて。

 どこに向かえばいいかも分からないまま、ただただ走っていた。


 なんとなくは分かっていたんだ。

 赤峰はあたしのことを好きじゃなくて、別の人を好きだってことくらい。

 元々あの夜の誤解の告白は、別の人への練習だって本人が言っていたし。

 でも、それはただの照れ隠しなんじゃないかって。本当はあたしへの告白練習だったんじゃないかって。心のどこかで期待してた。


 …………でも、本当のことだった。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!」


 せっかくずっと好きだった人と付き合えたのに。

 小学生の頃からずっと好きだったのに。

 本当はあたしのことなんてなんとも……。


「……っ!?」

「あ痛っ!」


 走るのに必死になって周りを見ていなくて、人とぶつかってしまった。


「あれ、澪ちゃん?」


 ぶつかってしまった相手は環奈かんなだった。環奈は痛そうに後頭部を擦りながら、朝から泣いているあたしを見て驚いた表情を見せる。


「うぅ……環奈ぁ……!」

「え、どうしたの!? どうして泣いてるの!?」

「あたし、もうダメだよぉ……!」


 そして環奈に勢いよく抱きついてしまう。

 誰にも泣き顔は見せたくなかったけど、今はもうそれどころではなかった。

 そんなあたしを見て、環奈は優しく微笑むと何も言わず頭をポンポンと優しく叩いてくれる。


「大丈夫……大丈夫だよ」


 それから環奈の優しさにしばらく甘えて落ち着きを取り戻すと、あたしは昨日のことと今日の朝聞いてしまったことを環奈に教え、再び環奈に抱きついてしまったのだった。

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