第22話 念願の二人きりで①

 次の日、俺は駅前で一人の女子を待っていた。

 時間はまもなく十一時になるところで、集合時間まではまだ十五分ほどある。

 今日の日程がちゃんと決まってから、正直楽しみすぎて昨日はあまり眠れなかった。

 なんと今日、ゴールデンウィーク二日目は念願の野本のもとさんと遊ぶ日なのである!!


「やっべぇ……めっちゃ緊張する」


 野本さんとは一年生の頃同じクラスだったが、複数人で遊ぶことはあっても二人で遊ぶのは初めて。

 これはデートと言っても過言ではないだろう……いや、そうだと思いたい。

 それからも野本さんを待つこと数分、集合時間の十分前くらいになって後ろから名前を呼ばれた。


赤峰あかみねくん、遅くなってごめんなさい。着替えとか諸々時間がかかっちゃって」

「全然大丈夫だよ。俺もちょうど来たところだか……ら」

「…………赤峰くん?」


 やっべぇ……! 野本さんの私服姿、マジで可愛すぎるんだが!?

 無意識にそう心の中で叫んでいた。


 今日の野本さんはベージュと白、淡黄色でまとめたコーデ。白のシャツは淡黄色のパンツにインし、その上にベージュのリネンシャツを着ている。さらに小物は黒で統一されていて、銀色の綺麗な長髪はいつもと違って巻かれてある。

 まさに国宝級美少女なんだが。


「あ、いやごめん! 野本さんの今日の服、すごく似合ってるなって思って」

「……ほんとに? ありがとう、嬉しい」

「……うん。じゃあ行こうか」


 可愛い、と口にすることはできなかった。

 長谷川はせがわとの関係を知られてしまってから、告白はずっとできないでいる。

 俺のせいで結果的には別れてしまったけど、誤解を解くなら今日がチャンスなのではないだろうか。

 それに二人で遊ぼうなんて誘われたということは、脈が完全にないわけではない。好きな人がいるのか聞いた時はダメだって思ったが、まだチャンスはあるかもしれない。今日が頑張りどころだ。


「昼はあっちで食べるんだよね?」

「うん! ペンギンカフェってところがあるんだけど、ずっとそこに行きたいなって思ってたの!」


 今日二人で水族館に行くというのは、一昨日と昨日のLIMEのやり取りで決まった。

 調べてみたところ、これから行く水族館は東京にあるスカイタワーの中にあり、ざっくり一時間半から二時間の間で回れるとネットには書かれてあった。

 そして野本さんは水族館内にあるペンギンカフェにずっと行きたいと思っていたらしく、水族館を一通り回ったらそこで一休みする予定だ。


「あ、でもそれだとお昼ご飯食べるの遅くなっちゃうけど、赤峰くんは大丈夫?」

「来る前に少し食べてきたから平気だよ。野本さんは大丈夫なの?」

「私も大丈夫。可愛いデザートたちが私を待ってるから!」


 言っていることが全く理解できなかったが、可愛いから許す。

 そんなこんなで俺たちは電車に乗って最寄り駅まで行き、東京スカイタワー内にある水族館に入った。


「うわー! すごいねー!」

「ほんとにすごいな……(カップルの数も)」


 水族館に入るとすぐに見えたのは綺麗な水槽の中で泳いでいる魚たち……ではなく、カップル、カップル、カップル。前を見たらカップル、後ろを見たらカップル、横にもカップル。

 この水族館はもはや、カップルの巣窟へと化していた。

 俺たちも男女二人で来ているため、周りからはカップルだと思われるだろうが実際はそうではない。すごく悲しい現実だ。


「ほら見て、赤峰くん! 赤いクラゲがたくさん!」

「綺麗だな……赤いクラゲなんて初めて見たよ」

「私も! でもここには赤いクラゲ以外にも色々な色で照らされたクラゲを見れるんだって!」


 野本さんがここまではしゃいでいる姿を見るのは初めてだった。学校でもいつも明るい様子だが、今日はそれ以上に明るく元気。余程水族館が好きなのだろう。


 そしてしばらく回り二階を一通り見終わった後、一階に降りてペンギンの様子を見ていた。

 二階では自然水景やクラゲ、サンゴ礁が見れる水槽が置いてあり、一階ではペンギンを見れたりグッズの買い物、野本さん目当てのカフェがある。

 二階からもペンギンの様子は見れるのだが、やはり一階から見た方が近くて野本さんも喜んでいた。


「ペンギンってなんであんな可愛いんだろう……」


 目を輝かせて、「可愛い可愛い……」と連呼しながらペンギンたちの方を見ている野本さん。

 君の方が百倍は可愛いよ。なんて言えるはずもなく、俺も目の前にいるペンギンたちに視線を戻す。

 ペンギンたちにもやはり個性はあり、水の中で楽しそうに泳いでいるペンギンがいれば、岩の上で遊んでいるペンギンもいる。

 そんな中でもずっと見ていて飽きなかったのは、岩の上で喧嘩(?)のようなことをしている二匹のペンギンだった。


「あの二匹のペンギン、ずっと手をパタパタしてて可愛いね。なにかで言い争ってるみたい」

「……あれ」


 まるで、つい最近までの俺と長谷川を見ているようだった。

 目が合えば罵倒。ずっと喧嘩でまともに話したことなんて一度もなかった頃の、俺たちに似ていた。


「でもペンギンよりクラゲの方が見てて感動したな」

「私はペンギンの方が可愛いと思うよ! もちろんクラゲも可愛かったけどね」

「ははっ……野本さんって本当にペンギン好きなんだ」

「なんで笑うの!? ペンギン可愛いじゃん!!」

「いや、野本さんってそういうイメージなかったからつい」


 野本さんがペンギン好きなことを知ったのは昨日。初めて聞いた時は驚いたし、女子ってやっぱり可愛いものが好きなんだって再認識させられた。

 そしてそんな可愛いもの好きな野本さんも、可愛すぎる。もう国宝級すぎて眩しい。


「でも野本さんのことたくさん知れて嬉しいよ。一年の時は二人で遊んだことなかったし、好きな物とかも全然知らなかったから」

「私もね、ずっと赤峰くんと二人で遊びたいって思ってたんだ! 男子の中で一番仲が良いと思ってるから」

「……え、それマジ?」

「うん。私、男子とはあまり喋る機会とかなくて」

「それって……」


 学年一の美少女であり、成績優秀、品行方正。

 一時期そんな彼女には誰も手を出さず、男子たちの中でみんなのものだという暗黙の了解ができたことがあった。

 そんな女神のような存在である野本さんには、話しかけることすら許されない。みんな平等に見るだけの存在として、野本さんに近づく男は徹底的に排除されるという噂を聞いたことがある。

 …………ん? ということは今の状況を見られたら俺、間違いなく殺されるのでは?


「……あれ、赤峰くんどうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ。そろそろペンギンカフェで一休みしようか」

「うんっ!」


 誰にも見られませんように。誰にも見られませんように。誰にも見られませんように。

 俺はそう心の中で連呼し、野本さんと今日一番の目的であるペンギンカフェへと向かったのだった。

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