第33話 こんな気持ち、初めて ※野本花蓮視点


 ――ドクン、ドクン、ドクン。


 心臓の音がうるさい。

 私、どうしちゃったんだろう……。


 あの日、ゴールデンウィーク中に赤峰あかみねくんと遊んだ日からずっとこんな感じだ。

 知らない人に強引に連れて行かれそうになって彼が私を助けてくれた時、すごく嬉しかった。

 私の前に現れた救世主ヒーローは、すごくかっこよかった。


 ――ドクン、ドクン、ドクン。


 気づけば彼のことだけを考えている。

 彼のことを考えるだけで全身が熱くなる。

 彼のことを考えるだけでドキドキが止まらなくなる。

 こんな気持ちは、生まれて初めて経験したものだった。


「本当に私、どうしちゃったの……?」



***



 ゴールデンウィーク中に赤峰くんと遊んだ日、私――野本花蓮のもとかれんは赤峰くんに家まで送ってもらった。

 何度もごめんごめんと謝ってくれたけど、私は彼のせいではなく自分のせいだと思っていた。私が知らない人に付いていったのが悪い。怖かったからって従ってしまったのが悪い。


「最悪だなぁ……」


 せっかく水族館でいい感じに楽しめていたのに。私の行動のせいで全て台無しになってしまった。

 私は自分の部屋のベッドにうつ伏せになるように倒れ込み、ベッドのシーツを強く掴む。


「全部私のせいだ……!」


 それからの記憶はない。きっと疲れてしまって、そのまま寝てしまったのだろう。

 次の朝起きると、スマホに一件のLIMEの通知が届いていた。


「赤峰くんだ……」


 本当ならすぐに返信しようと思ったけど、なんて返事をすればいいか分からないためスマホの電源を落とす。


「お風呂、入ろうかな」


 昨日帰ってきてから、夜ご飯は食べてないしお風呂には入っていない。

 そのため、まずはお風呂に入ることにした。

 昨日起きたことは一旦忘れよう。全て忘れたいわけではないけれど、今は何も考えたくなかった。


 それから数十分後、私はお風呂から上がってお母さんに作ってもらったおにぎりを食べながら昨日のことを思い出していた。

 思い出したくない場面はあるけど、今でも忘れられない赤峰くんが助けてくれたあの瞬間を脳裏に浮かべる。


「かっこよかったな……」


 ――ドクン、ドクン、ドクン。


 あの時のことを思い出しただけで、心臓の音はどんどん大きくなっていく。

 全身が熱い。

 赤峰くんのことを頭に浮かべただけなのに、どうしてこんなにドキドキしてるの……?


「え、うそ……これって…………」


 ――もしかして私は、赤峰くんのことを好きになっちゃったの?


「えっ……」


 自分でも思いも寄らない言葉が、私の頭の中を支配した。


 ――好き。


 私は今まで特定の誰かを好きになったことはない。

 好意を向けられたことは数え切れないほどにあったけど、誰かを好きだと思えるような気持ちが分からなかった。周りの子が彼氏を作ってキラキラした毎日を送っているのを見て、羨ましいと思ったことは何回もある。

 でも、これから先私が誰かを好きになることはないんじゃないかって思っていた。


 ――ドクン、ドクン、ドクン。


 それなのに、どうしてあなたは私の頭の中を支配しているの?

 もうあなたのことしか考えられない。

 あんなにもかっこよく助けてくれるなんて、卑怯だよ。あんなの見せられたら、絶対誰でも好きになっちゃうじゃん。


『だからあたしは、これから赤峰に猛アピールすることに決めた』


 そういえば、長谷川はせがわさんも赤峰くんのことが好きなんだよね。

 でも今はもう付き合ってないから、私がアピールしても問題ないよね……?


「……あれ、アピールってどうやってすればいいの?」


 今まで恋愛をしてこなかったためか、恋愛について全く知らない。友達に聞くのは恥ずかしいし、ネットで調べるしかないと思い、『高校生 恋愛 アピール方法』と検索をかけてみた。


『・勇気を出して積極的に話しかけてみる』


 ふむふむ……、これはいつも通り話せば大丈夫だよね。


『・好きな人のタイプに近づく』


 赤峰くんのタイプ……ってどんな人だろう。

 長谷川さんと付き合ってたことがあるから、やっぱり長谷川さんのような小さくて可愛い子が好みなのかな。


『・ボディタッチをしてみる』


 …………ボディタッチ?

 赤峰くんに触るの……? 私が……?

 むりむりむりむり! 絶対むりだよ! もし仮にしたとして、気持ち悪いとか思われちゃったら立ち直れないよ!


 私は熱で赤くなった顔を冷ますため一度部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

 ……長谷川さん、どうやってアピールしてるんだろう。やっぱりボディタッチとか、してるのかな。


「…………私には無理だなぁ」


 なんかもう、話す時に目すら合わせられない気がしてきた。

 一回、赤峰くんとは距離を置いた方がいいのかもしれない。

 今話したとしても、ちゃんと話せる気がしない。だから一週間くらいだけ、赤峰くんとは距離を置くことにした。その後から頑張ると決めて。


 ……でも。


「野本さん、ちょっといい?」

「……ん? …………え!? 赤峰くん!?」


 赤峰くんは私が思っていたことを知る由もなく、三日後にして私の前に現れた。


「どどどどうして赤峰くんがここにいるの!?」

「いや、ちょっと野本さんと話がしたいなって思っただけで……今、大丈夫?」

「う、うん! 大丈夫大丈夫!」


 やっぱり全然目を合わせて喋れない。

 私顔赤くなってないかな……? 大丈夫、だよね……?


 そして赤峰くんに連れられて屋上に行くと、彼は私にまたしても謝ってくれた。

 全部私のせいなのに。どうして赤峰くんは、そんなに優しいのかな。

 長谷川さん、ごめん。

 長谷川さんが赤峰くんのことは知ってるけど、私も赤峰くんのことが好きになっちゃったみたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る