第13話 これは宣戦布告だから

「別れよう、赤峰あかみね


 長谷川はせがわは明らかに無理をして笑顔を作るが、その笑顔から涙が頬を伝い地面に落ちる。


「どうして、そうなるんだよ……」

「あたしね、聞いちゃったの。赤峰と吉川よしかわの会話」

「……まさかあの教室のか?」

「うん。赤峰って野本のもとさんのことが好きだったんだね。私じゃ、ないんだよね。だからあの時、キスできなかったんだよね」


 長谷川は再び俯いて、スカートの裾を強く握りしめる。


「ごめん、長谷川」


 俺は最低だ。春樹はるきに対して心の中でクソ野郎だのなんだの色々罵ってたくせに、春樹なんかよりも俺の方がもっとクソ野郎だ。

 俺のことを好きだって直接伝えてくれた子が泣いてるのに、ただ謝ることしかできない。

 長谷川は誠実に俺なんかと付き合ってくれていたのに、俺はその恋心を利用して。甘えて。


「ううん、いいの。あたしは大丈夫だから。本当にありがとう。でも、覚えておいて」

「……え?」

「あたしはこれからもあんたのことが好きなまま。少しでも隙を見せたら、あたしがあんたのハートを奪っちゃうんだから」


 長谷川はそう言って頬を伝う涙を手で拭いてから、ちゃんとした笑顔を見せる。


「じゃあまた後で。あたしまだ行かなきゃいけないところがあるから」

「……あ、ああ。じゃあな」

「うんっ」


 長谷川が去っていくのを確認し、俺は一度自分の頬を思い切り殴った。

 傍から見れば、絶対にヤバい奴だと思われるだろう。でも今は、それほどまでに最低最悪な自分を殴ってやりたい気分だった。


「…………くっそ」


 俺なんかに好意を向けてくれている長谷川にも、これからはちゃんと向き合っていかなければならない。

 野本さんが好きだという気持ちはもちろん変わらないが、長谷川の好意を蔑ろにすることは許されない。


「これからますます長谷川と話しづらくなるな」


 元々昨日の件で話しづらかったのに、今ではもっと話しづらい。これからちゃんと目を見て話すことができるかどうか定かではないが、頑張っていこうと心に決めて教室へと戻ったのだった。



***



 祐也ゆうやが屋上でこれからの方針について決めていた頃、みおは自分のクラスに戻るのではなく、別のクラスに足を運んでいた。


「野本さん、いる?」


 澪はクラスに入るなり教室中に響く声でそう言うと、教室の奥で談笑しているグループ全員が澪の方に目を向けた。


花蓮かれんちゃん、なんか呼ばれてるよ」

「あれって、長谷川さんだよね?」

「美少女×美少女……イケるっ!!」

「うん、みんなごめんね。ちょっと行ってくる」 


 なんか途中にヤバい奴が混ざっていた気がするが、それは一旦置いておこう。

 花蓮は他クラスの男子からの呼び出しには基本応じることはできないが、女子からだったら別だった。その理由は同じクラスの男子たちが一致団結し、絶対に通すまいとガードしてくるからである。祐也の呼び出し時にはクラスに男子が一人もいなかったため、幸いなんとか応じることができたが。

 今回は澪からの呼び出しだったため、クラスの男子たちは各々静かに澪たちの様子を見守っていた。


「久しぶりだね、長谷川さん。私に何か用かな?」

「うん、ちょっとね。今日の放課後、少しだけ時間もらえる?」

「もちろんいいよ。長谷川さんとはクラスが別々になってから全然話さなくなっちゃったし、久しぶりにたくさん話したいな」

「じゃあ、放課後にね」



 放課後、澪と花蓮は駅から少し離れた場所にあるカフェにやって来た。

 二人で同じカフェオレを注文し、一年生の頃を懐かしむように話し始める。


「長谷川さんと話すの本当に懐かしいなー。実はね、朝のホームルーム前にも久しぶりに赤峰くんと話したんだ。あ、二人って今も同じクラスなんだよね?」

「うん。野本さんは二年生になってクラスどうなの? あたしが朝クラスに行った時、すごい男子たちから見られてたけど」

「あはは……私も最初はすごく戸惑ったしやめてーって言ったんだけど、中々やめてもらえなくて。だからもう慣れちゃったよ」


 そう言って花蓮は頬をポリポリと搔き苦笑する。

 澪はあたしなら絶対になんとしてでもやめさせるけど、と心の中で思うと同時に、やはり花蓮は人気者なのだと再認識した。

 そして同時に、祐也が好きになるのも頷ける居心地の良さを感じていた。


「な、慣れるものなの……?」

「一ヶ月もあれば慣れるよ。一年生の時も同じような感じだったからね」

「あー、確かに」

「あ、そうだ。長谷川さん私に話あったんだよね? なにかな?」

「忘れてたわ……」

「忘れてたの!?」


 花蓮からそんな言葉が飛んでくるが、澪は本当は忘れてなどいない。むしろ今までずっと、話を切り出すタイミングを見計らっていた。


「嘘よ」


 一々反応が可愛くて恋敵ライバルとして強敵であることが最悪極まりない。

 澪は一度深呼吸をして呼吸を整え、真剣な目で花蓮を見た。


「あたしと赤峰が付き合ってたってことは知ってる?」

「知ってるよ。今日の朝、赤峰くんとはその話もしたし」

「実はね、振られちゃったの。あいつには別に好きな人がいるらしくてね」

「…………え!?」


 ずっと二人がラブラブであると思っていた花蓮は、驚くように目をパチパチとさせる。


「それ、ほんと?」

「ええ」

「で、でも、赤峰くんと話した時は長谷川さんと付き合ってるって言ってたよ……?」

「野本さんとあいつが話したのはホームルーム前でしょ? あたしたちが別れたの、その後だから」

「え、え!? ご、ごめんっ! それってもしかして私が関係してる?」

「……まあ、どちらかと言えばしてるかもね」

「ご、誤解だよっ!! 赤峰くんとは何もないよっ!? 本当に!!」

「…………何を言ってるの?」

「……え? 赤峰くんが私と浮気してるって思ったんじゃないの?」

「違うけど?」


 花蓮の勝手な勘違いであったことが露呈し、花蓮はみるみる顔が真っ赤になっていく。


「ごごごごめん! 勘違いしてた!」

「別に大丈夫。それで、話を続けていい?」

「う、うん」

「だからあたしは、これから赤峰に猛アピールすることに決めたの」


 花蓮はどうして自分にそんな話をするのか不思議でたまらない、といった顔で澪を見つめる。


「あたしが何を言ってるのか分からないだろうけど、いずれこの意味が分かると思う。これはあたしから野本さんへのだから」

「宣戦、布告?」


 澪は花蓮の質問に答えることなく、テーブルに置いてあったカフェオレを一気に飲み干した。


「あたし、負けないから。じゃあね。今日は話せて楽しかったわ」

「う、うん?」


 そして澪は決意を固めたかのように真剣な顔で、カフェから出て行ったのだった。

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