第16話 あの子の〇〇

 シャトルランが二クラス同時並行で始まり、二回に分かれて行われることになった。体力に自信がない人は一回目、体力に自信がある人が二回目に走るという感じだ。

 俺と春樹はるきは二回目に走ることになり、今は一回目に走っている人たちを見ながら談笑している。


「いやー、今走ってる男子たちは可哀想だな」

「なんでだよ?」

「女子の方見てみろ。野本のもとさんと長谷川はせがわさん、桑原くわばらさんも今走ってるんだぜ? たゆんたゆんじゃねぇか」

「おいお前、そこしか見てないのかよ。後で長谷川に言いつけるぞ」

「安心しろ。みんなで見れば怖くない。今この場にいるヤツらは全員味方だ」


 春樹がそう言うと、周りにいる男子たちは一斉に俺たちを囲むように近づいてきた。


吉川よしかわ! は、長谷川さんの大きさはどれくらいなんだ!?」

「長谷川さんより野本さんの方が先だ! 吉川、頼むから教えろ!!」

「お前ら分かってないな! この学校の聖母マドンナである桑原さんが先だ!!」


 男子たちは春樹に教えを乞いながら、何がとは言わないが誰の大きさを初めに教えてもらうかで争い始めた。春樹はイケメンが故に女子との経験が豊富であり、女子についての知識が豊富であると判断したのだろう。

 俺もすごく、ものすごく気になるため一応耳をそばだてておく。


「お前ら一旦落ち着け。騒ぐと女子たちにバレちゃうだろ」

「で、どうなんだよ実際。お前なら分かるんだろ?」

「推定でどれくらいかなら言ってもいい。ただし――」

「「「いくらでもやるから早く教えろ!!」」」


 おい、こいつ金取る気かよ。


「じゃあ全員ジュース一本奢りな?」

「「「神様!!!」」」

「まずは野本さん……あれはCだな」

「「「ちょうどいい大きさ!!」」」

「次に長谷川さんだが……あれはDはあるな」

「「「D!?」」」

「最後に桑原さんだが……あれはE。いや、Fはあると見た」

「「「ま、まじかよ!」」」


 春樹を中心とした円の中でヒソヒソと話しているが、絶対女子たちから怪しまれている。俺たちと同じく二回目に走る予定の女子たちは、こちらを見て睨みつけてきているし。

 ……え、それよりも野本さんってCなのか。春樹、俺はお前を初めて親友にしてよかったと思ったよ。


「やっぱり大きい方がいいよな!」

「確かに大きい方がいいかもしれない。だが俺は……野本さんのちょうどいいサイズ感がたまらない……!」

「「わかる……わかるぞ!!」」


 なんなんだこいつら、変態しかいないじゃないか。

 ま、まあ分からなくはないが、ここで俺も話に参加すれば女子たちに変態というレッテルを貼られかねない。絶対にそれだけは嫌だ。


祐也ゆうやはどっち派なんだ?」

「大きい方だよな!?」

赤峰あかみね、お前ならこっち派だと信じてるぞ!」


 春樹ぃぃぃいいい!!!

 どうしてそこで俺に話を振るんだよ! てかニヤニヤすんじゃねぇ!


「俺は…………」

「はい! 次走る人はスタートラインに並んでー!」


 俺が口を開いた瞬間、体育の先生が笛を鳴らして催促するように言った。

 ギリギリセーフ。なんとか女子たちに変態というレッテルを貼られずに済んだ。


「春樹、お前は俺を動揺させようとしたのかもしれないが、残念だったな」

「そんなつもりはなかったけど……で、実際どっちの方が好きなんだ?」

「言わねぇよ!」


 こんなふざけた奴に絶対負けるわけにはいかない。最後まで残って野本さんにかっこいい姿を見せるんだ!

 そうして、俺と春樹の最後の戦い――シャトルランが始まったのだった。



「……はぁはぁ……祐也、そろそろ止めようぜ? 俺もう疲れてきたわ」

「……はぁはぁ……何言ってんだよ春樹。勝負はこれからだろ?」


 現在120回を超え、足が悲鳴をあげ始める頃、残るは俺と春樹を合わせて五人だけとなっていた。

 元々約四十人で始まったが、一回目に走っていた人を合わせても120回を超えたのは俺たち五人のみだ。


 ――140回を超えた。

 残るは俺と春樹のみとなり、体育館内では俺たちへの声援が飛び交っている。

 125回以上で10点なため、もう終わりにしてもいいのかもしれない。しかし、こいつとの勝負には負けられない。


「……はぁはぁ、春樹。一緒に止めないか?」

「……はぁはぁ、無理な相談だな。お前が先に止めてくれ」


 シャトルランの10点のボーダーラインは超えたため、合計で春樹より高いのは確実。そしてきつくなってきたのは事実なため、もう諦めようと思ったその時。


「赤峰ーーーーー!!! 吉川に負けるなーーーーー!!! 頑張れーーーーー!!!」


 はせ、がわ…………?

 長谷川自身も疲れているはずなのに立ち上がり、口に手を添えてメガホンのようにして、大声で声援を送ってくる。

 本当にお前は…………はぁ、わかったよ。



「「はぁはぁはぁはぁ……」」


 俺と春樹は全力で限界まで走り、二人で同時に限界を迎え、記録は二人とも153回となった。


「もう無理……動けない……」

「俺も限界だわ……この後に授業とか絶対無理……」


 俺と春樹が同時に立ち止まり膝から崩れるように倒れると、体育館中で拍手喝采が起こった。

 二人して倒れているのは少し格好悪いが、しばらくこの状態で動けなかったのは言うまでもない。



 なんとか動けるようになった俺たちは体操服から制服に着替え、飲み物を買いに行くことになり、教室から一番近い自動販売機に向かっていた。


「まじかー、祐也に合計で1点負けたかー」

「ふっ……残念だったな、帰宅部に負けたサッカー部くん」

「うっぜぇー! 来年は絶対に勝つからな!」

「楽しみにしとくよ」


 早くも来年に再戦することが決まると同時に自動販売機に着くと、ちょうど長谷川と桑原が飲み物を買っているところだった。


「二人ともお疲れ」

「おつー」

「あ、赤峰くんと吉川くんだ〜。お疲れ〜」

「……お疲れ」


 なぜか長谷川の顔が赤い。何かあったのか?


「おっと用事思い出したわー。祐也、俺の分の飲み物買っといてー」

「……は?」

「よろしくー」


 そう言って降りてきたにもかかわらず引き返し、階段を上っていく春樹。絶対用事なんてないだろ。


「……あ、私も用事思い出しちゃった〜。じゃあみおちゃん、頑張ってね〜」

「ちょっ……環奈かんな!?」


 そして桑原までもがいなくなり、なぜか俺と長谷川の二人きりになってしまった。

 普通にどうしてこうなったのか意味が分からないし、誰か解説求む。


「あ、赤峰!」

「……ん、なに?」

「シャトルランお疲れっ! その……これ、あげる!」


 長谷川は早歩きでこちらに近づいてきて、一本のスポーツドリンクを差し出してきた。


「……え、いいのか?」

「うん。えっと、すごくかっこよかった!」

「なっ……!? あ、ありがとう」


 女子にかっこいいなんて言われたのは初めてだった。だからこういう時、どう反応すればいいのか分からない。

 俺は長谷川からスポーツドリンクを受け取り、教室に向かって歩き始める。


「……行こうぜ。早くしないと次の授業始まるぞ。あと最後応援してくれて、ありがとうな」

「……っ! うんっ!」


 長谷川は嬉しそうに頬を赤く染めながら、こちらに笑顔を向けてくる。

 そうして俺たちは並んで教室へと向かい、俺は長谷川の方に視線を向けた。


 ――たゆんたゆん。


(長谷川のやつ、Dもあるのかよ……)


 絶対に口には出せないが、どうしてもシャトルラン前の春樹の言葉が頭から離れなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る