第3話 誤解なんだぁぁぁあああ!!!

「ずっと前から好きでした! もしよかったら僕と付き合ってくださいッ!!」


 俺――赤峰祐也あかみねゆうやは本番を想定し、人通りの少ない公園で、真っ暗な夜の公園で、野本のもとさんへの告白練習をしていた。


 それなのに……なんで。


 なんで、長谷川はせがわがいるんだよぉぉぉおおお!!!


「え、えっと……その……す、少し、時間をください!」

「あ、ちょっ……!」


 俺の心の中での叫びなど知る由もなく、長谷川は頬を赤らめながら走り去っていく。

 誤解を解かなければと思って急いで追いかけようとするが、とんでもない速さで長谷川が逃げていくため追いつかない。俺、結構足には自信あったんだけど……。


「はぁはぁはぁ……」


 息が苦しい! それなりに全力で走ったが、全く追いつかなかった。なんなんだあいつの脚力は……。


「あぁ……絶対終わった。明日からどうすればいいんだよ」


 元はと言えば外で練習をしていた俺が悪いんだろうが、まさか知り合いが通るとは思わなかった。

 当然明日は誤解を解くのに徹しなければならない……憂鬱だ。

 そもそも長谷川と話すだけでもたくさんエネルギーを使うのに、誤解を解くために余計エネルギーを使わないといけない。明日、生きて帰れるといいな。



 翌日、学校に行きたくないという思いからか重くなった足で必死に歩き、なんとか学校に辿り着いた。


「はぁ……まずは長谷川を誰もいない場所に連れ出さないとな。話はそれからだ」


 よし、と誰にも聞こえないような小さな声で意気込んで教室に入るが、


「……っ!」


 廊下側の席に座っている長谷川がこちらに目を向けてしまい、目が合ってしまった。


 ………………気まずい。


 なんか長谷川の顔赤くなってるけど、もしかして怒ってる?

 それとも、照れてるのか? なわけないよな。あいつ、俺のこと嫌ってるし。

 どうせまたいつものように罵倒されるんだよな。知ってる。


「……お、おはよう赤峰」


 あれ? 罵倒されないぞ?


「あ、ああ……おはよう。えっと、長谷川。ちょっと昨日のことで話があるんだけど、今――」

「ご、ごめんっ!! また後で!!」

「え? ちょっ、おい!」


 長谷川を誰もいない場所に連れ込んで誤解を解く作戦、呆気なく失敗。

 それにしても今日のあいつ、様子がおかしくないか? 顔も赤くなってたし、俺に怒ってないなら熱でもあんのかな。


 その後も、何度か長谷川に声をかけてみたが、朝の時のように逃げられてしまった。毎回トイレを口実に逃げられたけど、さすがにトイレ行きすぎだよな。今日のあいつ、なんか変だ。


「なぁ、長谷川」

「今日は早く帰らないといけな……」


 放課後、もう逃がすまいと逃げようとする長谷川の退路を断つ。


「もう逃がさないぞ」

「……っ」


 顔がりんごのように真っ赤な長谷川は、やはり怒っているのかぷるぷると震えている。

 たとえいつものように罵倒されるのだとしても、今日だけは誤解を解くまで帰らせるわけにはいかない。


「謝らなきゃいけないことがあるんだ。だから、ちょっと付いてきてくれ」

「……え? 謝らなきゃいけないこと?」


 長谷川は頭上にクエスチョンマークを浮かべてオウム返しをしてきた。謝るだけなら今ここでもいいはずだ。それなのに別の場所で、というわけだから疑問に思うのは当然だろう。


「ああ、だから屋上に来てくれないか」


 俺がそう言うと、長谷川は手を顎に当てて目を瞑り、少し考える仕草を見せた。すると、あまり時間が経たずに口が開かれた。


「……分かったわ。ならあたしからも言いたいことがあるから、屋上で言う」

「お、おう」


 え、何!?

 長谷川から言いたいこと? 嫌な予感しかしないんだけど……。



 嫌な予感で頭がいっぱいな中、屋上に着くと同時に後ろを歩いている長谷川から声が聞こえてくる。


「えっと……あたしからでもいい?」


 頬を赤く染めながら上目遣いで聞いてくる長谷川はとても可愛……じゃなくて、気のせいか緊張しているようにも見えた。

 俺の言いたいことは、今すぐにでも言わなければならないくらい極めて重要だ。しかし長谷川の意見を断ると何をされるか分からないため、迷わず首を縦に振る。


「あ、ありがと……その、あたし……」


 喋っている途中で急に俯く長谷川。そして、少し時間が経ってから再び目が合って放たれた言葉は。


「あたしでよければだけど……。こ……こちらこそ、よろしくお願いします」

「…………はい?」


 謎だった。長谷川が何に対してよろしくと言ったのか。俺、こいつに何か頼み事でもしたっけ?


「だ・か・らぁ! こ、告白の返事!」

「あー、告白の返事ね…………ん!? 告白の返事!?」


 確かに事実上では、俺は長谷川に告白をしたことになっている。

 しかし、あれは告白の練習中に長谷川が目の前に現れたのだ。そして誤解を解く間もなく、猛スピードで逃げられてしまった。

 それで今、昨日俺がした告白(誤解)の返事をしてくれたのだろう。余計昨日の告白が誤解だったと言いづらくなってきたが、誤解だと言わなければならない。たとえ相手に嫌われるのだとしても(既に嫌われてると思ってたけど、もしかしてそうでもない?)。


「ご、ごめんっ! 昨日のは……昨日の告白は、誤解なんだ」


 俺は最低な男だ。相手が天敵のような女子だとしても、男としてやってることは最低最悪。この先、学校中の人から後ろ指を指されるのは確定だろう。


「……は? どういうこと?」

「俺がお前に昨日の夜告白したことになっているのは分かってる。でも、あれは違うんだ! その……他の人への告白を練習していたら、たまたまお前が出てきて……」

「…………なによ、それ」


 今日は何をされても怒れない。殴られたり、蹴られたり、いくら罵倒されても、今日は長谷川が落ち着くまでずっと受け入れるつもりだ。

 そうでもしないと……いいや、それでも罪は消えない。これから学校中の人たちに俺が嫌われるまで、あまり時間はかからないだろう。


「つまりあんたは、元々あたしのことなんて好きでもなくて、告白する気もなかったってことよね?」

「……ああ」

「最っ低」


 長谷川の冷たい声が、屋上に響き渡る。

 今回に関しては俺が全て悪い。頭を下げても許されないことくらいは分かってるが、頭を下げずにはいられなかった。


「本当にごめん……本当にごめんなさい」

「許さないわ……あんただけは絶対に許さない」

「ああ、分かってる。殴るなり蹴るなり、何をしてもらっても構わない」


 まずはお決まりの顔面パンチだろうと思い、目を瞑って歯を食いしばる。何発殴られるのだろう。十発……いや、百発くらいは殴られるかもしれない。

 しかし、殴られる体勢に入ってからしばらく時間が経つが、一向に殴ってくる気配がない。恐る恐る目を開けると、目の前にはニヤリと笑っている長谷川の姿があった。


「……殴らないのか?」

「ええ、殴らないわ」

「いつもなら罵倒しながら容赦なく顔面殴ってくるくせに」


 やっぱり一発くらい殴っておこうかしら、と言いたげな顔で拳に力を入れている長谷川。

 怖い怖い。俺が悪いのは分かってるけど、いつも以上のパワーだよあれ。殴られたら死んじゃうくらい強力そう。


「あんたの言いたいことは分かったわ。ものすごく腹が立ったし、死ぬまで殴ってやろうと思った」

「まじでごめん……」

「でも、あたしが照れ隠しでずっと逃げてたのも悪いから、今回は何もしないであげる」


 え……こいつって、こんなに優しかったっけ?

 いつも意見が合わない天敵のような女子だと思ってたけど、もしかして思い違いだったのか?


「ただし、一つあたしの言うことを聞きなさい。それが許す条件」

「わかった。なんでも言うこと聞くよ」

「ふふっ。約束よ」


 なぜかニヤリと笑う長谷川。

 どうしてだろう。すごく嫌な予感がする。


 そして俺の嫌な予感は見事に的中することになる。

 長谷川から放たれた言葉。それは、想像を絶するほどに有り得ない言葉だった。

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