第43話 ハンティング・リチュアル
笑わせてくれる。
自分で言っておいてなんだが、名ばかり貴族のインシルリク男爵家にとって
「
俺の身体から冷気が広がり、周囲を白く煙らせてゆく。オサーンは距離を取って身構え、こちらの出方を待つ。警戒しているようでいて、その顔は期待と喜びを隠しきれていない。
それはどんな状況にも対処できるという自信に裏打ちされたものなのだろう。
「キャアアアアァ……ッ!」
あと少しで布石が打てるところだったのだが、オサーンはなにかを察した。こちらの動き出しを待たずに奇声を上げて突進し、こちらに鋭い一撃を放ってくる。
ぶわりと霧が揺れ、観客席にどよめきが走った。
“
魔獣の知覚さえ遮断する
「き、消えた……⁉」
「どこに……」
オサーンは満面の笑みで周囲を見渡し、ゆったりした動きで首を左右に揺らす。
ある種の魔獣が気配を探るときの動きだ。熟練の猟師を前にしながら、こいつは自分が追われる獲物になったとは思っていない。
「
密度を上げた水を暴風に乗せて獲物を切り刻む魔法だが、見た目の派手さほどの威力はない。せいぜいが、手足の一本を使えなくする程度のもの。獣を狩る上では、それが致命的な一打となる。
背後から放った俺の魔法を、天性の勘なのかオサーンは飛び退いて避けた。
それでも無傷とはいかなかったらしく、わずかに片足をかばうような動きになる。当たり前だ。こちらは何千もの獣、何百もの魔獣を仕留めてきた狩人だ。武器や魔法を持たない人間など、獣の足元にも及ばない。
その、はずなのだが。違和感があった。死角へと回り込みながら、俺は追撃の機を探る。
「ィィアアアァ……ッ!」
怒りに満ちた咆哮。だが観客に聞かせるためだけの
「
気づいたときもはもう遅い。飛び退いたくらいでは、凍結の効果範囲からは出られない。いまオサーンは自分の両足が床に固められていることに気づいたが、もう逃げる術はない。
「イヤアアァッ!」
案の定、叩き壊して脱出するか。タイトも最初の試合で、そうやって逃げていたな。あのときは対処が後手に回ったが、今度はそうはさせない。
俺は
「
本来は無数の氷の槍を生み出す魔法だが、今度は一本だけ。大人の脚ほどもある巨大な氷の槍を、弓をつがえる仕草でオサーンに向ける。
地下闘技場が誇る
殺す気はないので槍の先は尖らせず、当たれば砕けるように凍結温度を緩めたが、大質量の衝撃だけでも大型獣から戦闘能力を奪うことは可能だ。まして、それが人なら。
一瞬だけ、殺してしまうのではないかという懸念が脳裏を過ぎる。
「ガアァッ!」
悔しげな唸り声を上げつつも、オサーンの目は歓喜に満ちている。迷わず全力で放てと俺に伝えてくる。ここで手を抜くつもりなら殺してやると言わんばかりに、身振りで俺を挑発する。
こいつは、なにかをするつもりなのだ。不思議な信頼感が肚落ちして、俺は決断した。望み通り、最高速で
「なッ⁉」
オサーンの反応に、俺は思わず息を呑む。逃げも避けもせず両足を踏み締め、腰を落として防御もなしに、正面から
バギャンとでもいうような硬質の破裂音が上がって、氷の槍は粉々に砕けた。
氷の破片とともに青白い魔力光が輝く粒子となって、周囲にキラキラと飛び散る。おかしな話だが、それは屹立する野獣オサーンの姿をとてつもなく美しく彩っていた。
「イイイイイイ、アアアアアァッ!」
両の拳で胸板を叩き、オサーンは観客席からの喝采を浴びる。
そうだ。こいつは、いま見る者すべてにわかりやすく思い知らせた。“王国貴族の
「「「「ビースト! ビースト!! ビースト!!!」」」」
観客たちの声援を受け、オサーンはこれ見よがしな笑みを浮かべて俺を見る。“それだけか”と。“それで終わりか”と。
「……くッ」
俺は自分の浅はかさを、読みの甘さを思い知る。まさか、あれほどの身体強化を身に着けているとは。
多かれ少なかれ誰もが魔力を持っている。だが魔法の発現には素養と一定の教育が必須なため、貴族以外で使える者は少ない。その代わり平民の、それも荒事を
こいつは、やり遂げたのだ。目指すものを手に入れるために、かつて俺がそうして魔法を身に着けたようにだ。
ある程度の素養はあったにしても、喰うのが精一杯なインシルリク男爵家で魔法の教育など望むべくもなかった。領地に溢れる獣と魔獣を狩るか、没落して死ぬかの選択のなかで自ら選び取った力だ。術式の理解も魔力の使い方も、魔導師から見ると邪道なのだろうが、知ったことではない。
俺は、目的のためには、手段など選ばん。
「
俺は全身に魔力を循環させる。まだ魔法を身につけるより前、必要に駆られて覚えた狩りの手法だ。
力と動きと習性を、
見るが良い、オサーンよ!
「ケエエエエェェーッ!」
俺は、いま!
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