第20話 vs帝国の思惑

 俺が地下闘技場について知ったのは、そこの戦奴が道場破りにきたときが最初だった。

 どういう存在ものかは不明だが、名称からして日陰の存在っぽいことだけはわかった。そいつらの態度から、中央闘技場と遺恨があるようなのも察した。ただ、戦力図と対立構図が不明瞭なので、詳しそうな人間から話を聞くことにしたのだ。

 そんな面倒な話を対価やしがらみなしに聞き出せる相手など、ひとりしか知らない。


「それで、わたしですか」

「申し訳ない。他に頼れる相手がいなくて」


 試合の前日、エイダの弟ミルデンホール男爵は呼び出された面会房で疲れた笑みを浮かべる。

 平民戦奴の子供でしかない俺に態度も口調も丁寧なのは、妹シュリーヴァーの貞操と兄の命、そしてインシルリク男爵家の命運を救った恩人と考えているからか。それとも、元々の性格か。

 急遽“マスク・ド・バロン”の試合が組まれたと聞いて駆けつけてきた彼は、俺の用件を知って怪訝な表情になった。


「地下闘技場の話でしたら、お知り合いの……仲介人の方に聞いてはいかがですか」


 それは、前にミルデンホールと同席していたネリスのことか。内容が貴族社会の話となれば、彼女に聞いてもわかるとは思えない。

 そもそも、あの猫耳娘が裏社会の仲介人というのがよくわからん。転職でもしたか?


「ちなみにタイト殿、どの程度ご存知ですか?」

「ほとんど何も知らない。地下闘技場という名前自体、昨日はじめて聞いた」


 ミルデンホールによれば、地下闘技場は元々、財閥系の有名な闘技場だったらしい。豊富な資金と人脈を元に、一時は中央闘技場を超えるほどに発展したのだそうな。

 なるほど、元いた世界のタイ式ムアイキックボクシング・タイみたいなもんか。タイの二大名門会場、陸軍所有のルンピニー・スタジアムと王室系創立のラジャダムナン・スタジアムがあって、それぞれ権威と伝統を……って、ちょっと待て。


「十年ほど前、国外からの資本流入が発覚して国王の不興を買い、関わっていた者たちが処分されました。現在は非公式な営業に留まっていますが、それが王国内にあるだけで王室の権威を傷つけているという声もあります」


 これは、思った以上にマズいな。

 国外というが、糸を引いているのは帝国だ。管理していた組合と財閥が解散、主要人物は粛清されたらしいが。それでも営業を止められていないという時点でお察しだ。


「要するに、王家が……というより王国が、ナメられてることの象徴?」

「……有り体に言えば、そうなりますね」

「それを十年近くも続けてきているのか。いままで中央闘技場と揉めたりは?」

「観客や関係者の小競り合いはいつものことですが、表立っては、あまり」


 それはなぜか。そして何故、いまになって揉め事の種が生まれたか。

 考えるまでもない。と、“揉め事の種”であるところの俺は小さく溜め息を吐く。


「……いままでは、相手にされてなかったんだな。興行で遥かに劣勢だったから」

「わたしの口からは、なんとも」


 ミルデンホールからは、貴族的な肯定イエスが返ってきた。

 そこから無理に聞き出したところ、いままで中央闘技場と地下闘技場で、動く金額は三倍近かったのだそうな。潰れかけの正規闘技場と、大盛況の非公式闘技場。それは王国内での、王国と帝国の勢力図そのものだったわけだ。

 なるほど俺たちは、やらかしてしまったな。伝統だけの張子の虎おかざりと見逃してもらってたロートルの中央闘技場に、いきなり本物の虎が現れたってわけだ。そりゃ帝国勢力は、嵩に掛かって攻め込んでくる。

 全面戦争っつったって実際、矢面に立つのは俺たち戦奴だ。より正確に言えば、俺とエイダ。


「タイト殿。いま兄に――」


 と言った後、ミルデンホールは俺を見て言い直した。


「マスク・ド・バロンに、望まれる役割は何でしょうか」


 若いとはいえ男爵家当主。頭も良いし気遣いもできる。勘所を押さえた政治的思考もだ。

 殊勝な申し出で大変ありがたいのだけれども。いざ問われて俺は迷う。

 王家と王族派の貴族が望むのは、むろん自分たちを代表しての制裁だろう。地下闘技場は、帝国の息が掛かった経済侵略の橋頭堡だ。そんなもんが自国内でやりたい放題なのは我慢できないって連中も多いとは思う。

 自分たちの自己投影アバターとして鬱憤ばらしをするのに、覆面貴族は最適ではある。が、その対立構図が興行として成り立つのは敵役が役柄ギミックとして演じてくれてる場合だけ。この場合、対戦者は適ではなく敵勢力そのものなのだ。危険すぎる。


「壮絶な敗戦、だろうな」


 俺はミルデンホールに、残酷な真実を告げた。

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