第32話 vs噛ませ犬の親玉

 中央闘技場まで走ってきた俺たちは、馬車を下働きに預けると、そのまま上階に向かう。前に訪れた興業主オーナーの執務室かと思えば、それより大きな応接室だそうな。


「タイトが来ることは知らせてある。粗相のないようにな」

「お前は?」

「俺は話し合いが済んでいる。残るはお前だけだ」


 うん。事情はそうかもしれんけど、なんぼなんでも報告・連絡・相談ほうれんそうが足りないんじゃないのかな。文句をいおうとしたところでエイダは立ち去り、使用人の手でドアがノックされてしまう。


「戦奴タイトが参りました」

「入れ」


 覚悟を決めて、俺は応接室に足を踏み入れる。

 なかには中央闘技場のオーナーであるイールソン公爵と、興業進行管理人ブッカーのベローズ。そして、見たことのない人物がひとり。

 細身で小柄な初老の男。服装や人相は商人のように見えるが、目が堅気じゃない。


「こちらは、ドーバだ。地下闘技場のオーナーをしている」


 敵対関係にある組織のボスだ。これまでの経緯を聞いていない俺は、どういう態度で接するべきか迷う。

 公爵の紹介を受けたドーバは、こちらを見て嘘くさい笑みを浮かべた。


「まだ子どもだとは聞いていたが、これほどとは」


 明らかに嘲りを含んでいるが、場の空気が読めん。どう出るべきか測りかねる。

 なんかして欲しいならもうチョイ情報をくれという意思表示で、俺は黙って頷くにとどめた。


「公爵様、なにか御用があるとのことでしたが」

「十日後、地下闘技場の興行に出場しろ」


 簡潔だな。そうすることになった流れもわかる。中央闘技場に貸し出された戦奴ふたりの返礼、そして望外の大好評と巨額の収入を得たことへの見返りだろう。


「出場するのは、俺と馬鹿鳥仮面バロンですか?」

「ラックランドもだ」


 家族のために自分で自分を売った、獣人の戦奴。あいつは間違いなく強い。問題が勝ち負けだけなら、まったく文句はないんだけど……。


「不服でもあるのか?」


 俺の微妙な顔を見て、ベローズが訊いてくる。


「また相手を殺しちゃわないですかね」

「それは問題ない。“命を懸けて戦うのが地下闘技場の流儀”だからな」


 いくぶん揶揄するような口調で、ベローズがドーバを見る。地下闘技場のオーナーはなんの反応も見せない。命懸けなのは当たり前だといっているようにも見えるし、中央闘技場の戦奴ごときが殺せるわけがないといっているようにも見える。

 いずれにしても問題はないわけだ。俺は心配するのを止めた。


「出場するのは、わかりました。それで」

「出場し、戦い、勝て」


 興業主公爵様から、端的な指示。それだけか。客を盛り上げることも金を稼ぐことも問われないのか、それとも当然のことだからいわないだけか。前世も今世もド庶民な俺に、お貴族様の考えることはわからん。

 しょせん戦奴である以上、命令には従うだけだ。小さく肩をすくめた俺に、ドーバが嘲笑う口調で告げる。


「前回の興行は、こちらが譲歩した。次はそちらが借りを返す番だ」

「俺としては、貸しを作ったつもりなんですがね」

「ふざけたことを。こっちに入ったカネなど……」

「そんなちっちゃい話しかできないなら、地下闘技場に未来さきはないかな」


 バッサリ斬り落とすと、ドーバの目が細められて凄まじい怒気が宿る。俺でもビビりそうになる気迫。やっぱり、こいつ堅気じゃねえな。

 俺が動じないのを見て、地下闘技場のオーナー様は息を吐いて目の険を抜く。大した役者だと眺めている俺に、発言を許すとでもいう態度で小さく顎をしゃくった。


「あのときのふたり、面白い感じに化けたでしょう? 特にオサーンは、磨けばもっと光る。あんたじゃ想像もできないくらいに、すげえ戦奴に育つ」

「なんで中央闘技場の戦奴おまえが、地下闘技場うちの戦奴を気にする」

「そりゃあ当然、その方が面白いからでしょうが」


 わけがわからんという表情をしてはいるが、その実こいつは理解している。もしかしたら、中央闘技場うちのオーナーやブッカーよりも早く、変化の本質を見抜いている。俺が目指そうとしているものを。カネだけのため、血に酔うだけの殺し合いよりも、遥かな高みがあるのだということを。

 じゃなきゃ、あの不器用な性格の――そして地下闘技場のいち戦奴でしかない――オサーンがマスコミ用のアピールコメントなど出すわけがないのだ。


「“百回戦えば百回勝つ”、なんていわせたらしいけど」


 マスコミを動かしてるのはアンタだろうと、俺はドーバに鎌を掛ける。


「きっと十回もやる頃には、あいつのおかげで闘技場が建て替えられるくらい稼げるようになる」

「その前に、お前が殺されなければいいがな」


 乗ってはこないが、否定もしなかった。ドーバと目を見合わせて笑う俺の背後で、ぐるると野良犬のような唸り声が聞こえた。

 部屋の隅に控えたデカブツは護衛だろうと気にしていなかったが、ふと目を向けるとそれが以前、練習場にカチ込んできた男だとわかった。名前は……と。


「ずいぶん鍛え直したな、ビッグズ。見違えたぞ」

「偉そうにほざいてんじゃねえぞ、てめぇ!」


 俺に笑いかけられて、あからさまに嫌そうな顔をするけれども。脂肪と一緒に、油断と増長あまえが削ぎ落とされている。身長も体重も半分以下のガキに締め落とされたことで、こいつもということだろう。


「もしかして、次はお前も参加するのか?」

「当たり前だろうが。今度は、ただで済むと思うなよクソガキ」


 いいな、そういうの。段取りギミックを超えた因縁。そういうのは嫌いじゃない。


「ああ、楽しい興行になりそうだ。客も、俺もぞんぶんに……ん?」


 その隣に立っていた、もうひとりの男にも見覚えがあった。

 ビッグズと一緒に乗り込んで来たデブ。名前は聞いてない。あのとき俺に膝をへし折られたせいか、わずかに姿勢が傾いている。後遺症が残ったのかもしれない。あるいは精神的なものか。

 俺の探るような視線に、蒼褪めながらも明白な殺意を向けてくる。


「……」


 少しずつ近づいて圧を掛けてみるが、意思は揺らがず目を逸らそうともしない。

 その根性は良い。面構えも悪役ヒール向きだし、あのときの罵りや煽りも悪くなかったんだよな。でも正直、格闘能力は三流だ。惜しいとこだなあ……。


「あ」


 思わず声に出てしまった俺を見て、お偉方三名が唇を歪めながら笑う。

 公爵とベローズは、また訳のわからん――そして絶対に面白そうな――ことを思いつきやがったなという顔。そしてドーバも俺の話は聞いていたんだろう。興味津々という目で見据えてくる。


「ティンカーが、どうかしたか」


 ドーバが俺に尋ねる。このデブ、ティンカーという名前か。当の本人は俺と興行主ドーバを交互に見て、なにを言われるのかと怯えた目で喘ぐ。

 そこは平然としてて欲しいとこだけど、相手が上役ともなればしょうがないか。


「ああ……できたら、で良いんですけど」

「なんだ」


「こいつに帝国軍の軍服とか、着せらんないですかね?」

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