第31話 vs待ち構えるもの

「久しぶりだな、タイト。少しは肉がついたか?」


 病院まで迎えにきてくれたエイダが、俺をしげしげと見る。

 いわれてみれば、そうかもしれん。王立中央闘技場に戻れようになるまで、二週間も経ってしまっていたのだ。

 その間は、できるだけ喰って、寝て、養生と鍛錬に励んできた。この身体は成長期でもあるんだろう、筋力も身体の厚み バルクも上がった。わずかながら背丈も伸びたと思うんだが……巨漢の馬鹿鳥仮面バロンと並んでは、そんなもの誤差でしかない。

 会わなかった間の鍛え方は怪我人だった俺を遥かに超えていたらしく、エイダは腕も肩も筋肉の張りがすごい。もともとストイックに努力する性格なのもあるが、毎日ちゃんと喰えるようになったのも功を奏したんだろう。

 置いてかれたようで、ちょっと焦る。


「どうした、そんな妙な顔をして」

「ずいぶん時間を喰ったと思ってな。まさか、“動けるようになったら”ってのが、“戦奴として戦えるようになったら”の意味とは思ってなかった」

「当たり前だろう。ヨロヨロ歩くだけのお前に、なんの価値がある」

「言い方な? わかるけどさ」


 リハビリと体力回復を支えてくれた病院のひとたちに礼をいって、病室を後にする。申し訳程度の着替えがある以外、ろくな荷物もないので身軽なものだ。


中央闘技場むこうでも、あれから色々あってな。みんな、お前が戻るのを待っているぞ」

「あれからも興業はあったんだろ?」

「ああ、二回な」


 通常興行なので、当然ながら地下闘技場からの参加はなし。中央闘技場うちの選手だけで行われたそれは、前までと変わり映えしない泥仕合が多く観客きゃくからの不満が募っているのだそうな。

 前回までの試合でハードルを上げ過ぎたか。わからんではないけど、毎度外敵勢力ヨソサマに頼ってドーピングするわけにもいかんだろ。


「そこはマスク・ド・バロンが盛り上げてやれよ」

「ああ。そうするしかないという結論に至った」


 病院を出る前になって、なんでかエイダはバロンのマスクを被り始めた。


「なにしてんだ、お前?」

「外に出たら、お前にもひと働きしてもらう」

「え?」


 王立病院前の車回しに、ド派手な青い馬車が停められているのが見えた。エイダの衣装バロンと同じ色なのにイヤな予感がするんだが……案の定、ちょっとばかり胡散臭そうな男たちが車体の陰から顔を出してきた。


「おお、ファイアボール! 退院おめでとうございます!」

「現在の心境を、ひと言いただけませんか!」


 ウソだろオイ、こっちにも格闘技マスコミとかあるの!? プロレスメディアみたいに、専属記者番記者がいたりとか!?


「二週間前、凄惨な死闘を繰り広げて重傷を負ったわけですが、地下闘技場との因縁にどう決着をつけるおつもりですか!」


 どう……といわれても、それは俺が決めることではないしな。とはいえ興業進行管理人ブッカーに聞いてくれ、というのも取材に対しては不親切すぎるか。


「もちろん、王立中央闘技場の威信にかけて……あれだ、全力で叩き潰しゅ!」


 ……やべえ、おもクソ噛んだ。

 もうチョイどうにかならんか、みたいな顔でエイダが俺を見る。前世から取材でのアドリブは効かないんだって。この世界じゃ対応に慣れてる方になるわけだから、不器用な選手たちの手本としてがんばらなきゃいけないのはわかってんだけど……。


「“野獣ザ・ビースト”は、“百回戦えば、百回勝てる”と豪語しているようですが、そのあたりはどう思われますか!」

「……え? オサーンが?」


 あッの野郎……ノリノリじゃねえか! 最初はメッチャ塩対応だったくせに、いつの間にかマイクアピールなんてできるようになってんのかよ!?


「彼が、いま“銀の牙”を装着していることはご存じですか!?」

「??? ……あ、そうか。俺が歯を折っちゃったみたいだから……」

「前回は腕を砕いてやった、次は頭から嚙みちぎってやると息巻いています!」


 逆だろ。あいつの顎が俺の腕を砕いたんじゃなく……いや、見方によってはそういえなくもないか。こういうのは、いったもん勝ちだ。技の展開ムーブに失敗して対戦相手に怪我させたときなんか、“ヤツの腕をへし折ってやった”みたいに吹聴して因縁展開アングルを作るのも定番ではある。

 どうしたもんかとエイダバロンを見れば、馬鹿鳥仮面は芝居がかった仕草で腕組みしたまま胸を張る。どした。


「心配は要らん。復帰戦に向けて、ファイアボールも俺も、既に用意はできてる」

「本当ですか!?」

「ああ。その興行ではタイトの“燃える剛腕”が唸り、俺の“雪崩式脳天砕き”を超える技が披露されるだろう!」


 ……え、なにそれ怖い。

 あの技からして完全に頭おかしいのに。あれを超えたら相手ホントに死んじゃうから。エイダはどうか知らんけど、俺はそんな面白ギミック求められてもできないからね?


「地下闘技場の戦奴たちに伝えてくれ。首を洗って待っているがいいとな。次に戦うときが……貴様らの最期の日になると!」

「「おおおお……!!」」


 記者さんたちはその後、カメラっぽい感じの魔道具で俺とバロンにポーズを取らせると、馬車で走り去るところを見送りながらご満悦の表情で手を振ってきた。


「……ふう。どうだ、まずまずの出来だろう」

「まあな。それより、なんなんだよ、お前。いつの間に、そんな商売上手になった」

「その話は、着いたら嫌というほど聞くことになる。これも、その一環だ」


 御者台で手綱を持ったまま、バロンは青い馬車を指す。よく見れば、どこぞの商会と思われる屋号トレードマークがついていた。


「なるほど。なに無駄遣いしてんだ、とか思ったけど。支援者パトロンがついたってわけだ」

興業主公爵の口利きでな。今後のために必要なことだそうだ」


 たしかにな。有名レスラーが会場入りするときは、良い車に乗ってないとカッコつかない。実際以上に羽振りがいいポーズが必要なときもある。


「それはそれとして……俺あんま詳しくないんだけどさ、御者役こういうの、自分でやるもんなのか? ひと頼まないの?」

「そんな金はない。馬車を作るので精いっぱいだ。馬も借り物だしな」

「貧乏性!?」

「いまの俺たちに無駄金を使う余裕などないことくらい、わかってるだろうが」


 わかるけど。切ねぇなオイ。中央闘技場って、王立の公共施設おやかたひのまるなイメージあったんだけど。台所事情はインディー団体みたいだ。


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