第30話 不死身のタイト
目を覚ますと、えらく殺風景な部屋だった。起き上がろうとして、身体が固定されていることに気付く。首も手足も動かせない。なんだこれ。どうしてこうなったんだっけ。
ボンヤリした頭で記憶を反芻していると、近くで声がした。
「気が付きましたか、タイト殿」
目だけでキョロキョロと見渡す俺の視界に、エイダの弟ミルデンホールがフレームインしてくる。男爵家当主だというのに、いつも自ら小まめに出向いてくれる。
彼がここにいるということは、俺は身元引受人が呼ばれるほどの状況だったのだろうか。戦奴の他に、俺の知り合いはスラムの住人たちだけだ。彼らに身元引受人は無理なのでミルデンホールに頼んであった。
「……中央闘技場、じゃなさそうだな」
「王立病院です。入院することになった経緯は覚えていますか」
「試合」
「そうです」
いや、入院するなら他にありえないというだけの消去法だ。どこでどんな試合をしたのかは記憶にない。思い出そうとすればするほど……夢か現か、バフさんと戦った武道館の記憶と混ざって揺らぐ。
「俺は……負けたのか」
「どうでしょうね」
ミルデンホールは困った顔で笑う。
「試合は、オサーンの勝ちでしたが。真の勝者はあなたですよ」
「……このザマで、勝者?」
「ええ。タイト殿は、見事に目的を果たしたんですから。
地下闘技場との抗争は、両者が莫大な利益と利権を分け合いながらひとまずの決着を迎えたらしい。今後は対抗戦という名の交流戦や、戦奴の貸し借りを行う契約も結ばれた。そこは、おそらく俺の提案が通ったのだろう。
「……帝国、は?」
「表面上は、静観ですね。
ミルデンホールの集めた噂によれば、だが。帝国の息が掛かった新規勢力はメンツ重視で王国浸食のまま揺るがず。元からいる地下闘技場の生え抜きは、新たな可能性を見出し実利のために交流を求めていると。
つまり、俺たちの試合は、それだけの効果が――集客と人気と売り上げが――あったのだ。ホッとして気が抜けた俺は、そこでようやく我が身を振り返る。
「これは」
「折れた腕や歯など、一部は治癒魔法を使いましたが、完治させる処置はベローズ氏が止めたんです。
「ん? あぁ……」
わかったような、わからないような。説明を受けたが、いまひとつ要領を得ない。自身が肉体派ではないミルデンホールは大まかにしか理解していないので、なおさらだ。
要は“自然治癒が可能な損傷まで魔法で治すと、格闘家としての力を削ぐ”、というような話らしい。具体的には、打撲や捻挫や筋繊維の損傷、筋肉痛のような。プロレスの道場でも“稽古で治せ”と言われるような軽い故障だ。
それなのに何故いま俺が全身を固められているかというと、重傷を負った身体で勝手に動き回ろうとしたからだそうな。ようやく骨が繋がった腕で筋トレを始めようとしてエイダに羽交い絞めにされたらしいが、まったく覚えていない。
「エイダは無事か?」
「タイト殿に比べれば、無傷と言ってもいいくらいですよ。少なくとも、身体は」
なんだそれ。あの男に身体以外で傷付くものがあるとは思えないんだが。俺の考えを読んだか、ミルデンホールは困った顔で笑う。
「自分が上手く負けられたら、タイト殿がこんな姿になることはなかったのだと」
「笑わすな。予定通りだ。俺の敗北も。あいつの勝利も」
「中央闘技場の大勝利も、ですか」
どうだろうな。可能な限りは上手く収めるつもりで動いたが、戦奴にできるのは試合だけだ。そこから先の問題に関しては、
「ああ、そうそう。当初の借財は、早々に返せそうですよ。わたしも、タイト殿も。ご友人たちもです」
友人てなんだ。と思ったら、俺と一緒に戦奴落ちしたスラムの住人たちのことだった。どうやら彼らも、無事に勝利を収めたようだ。
聞けば人狼兄弟オファットとマイノットは、いまや拳闘師クラスで玄人好みの人気選手。ネリスの父バークスデールも文字通り獅子奮迅の活躍で
良かったよかった。
「そこで、ご相談なのですが」
うん。急速に嫌な予感がしてきたぞ。ものすごく面倒臭いことに巻き込まれ始めている気がする。いや、自ら望んで泥沼に足を突っ込んだことは否定しないけれども。
「タイト殿が動けるようになったら、イールソン公爵からお話があると」
「……だよねー?」
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