第33話 vsセレクションバイアス

 侮りまじりの半笑いだったお偉方三人の表情が変わる。一瞬で鋭くなった眼光が、俺を容赦なく刺し貫いた。


「お前、自分がなにをほざいているのか、本当に理解しているか?」


 やっちまったか。そりゃそうだ、どうやら地下闘技場はいま、この国に浸蝕しつつある帝国の出先機関ヒモつきみたいだしな。そこで憎しみヘイトを煽る敵役演出ギミックなんてのは不謹慎では済まされない危険な行為なんだろう。


「いや、帝国それっぽい雰囲気だけでいいんですけどね。どうせティンカーじゃ本物の軍人には見えないし」

「んだとてめえ!」


 やべえ、お偉方だけじゃなく演者さん本人の反感ヒートまで買ってしまった。ホントに俺って、舞台裏バックステージばっかり炎上させてるな。

 ダメか。喰いつかないんじゃ別案を考えるしか……


「それで。手に入れたとして、ティンカーこいつになにをさせる気だ」


――って、喰いついたぞオイ!?


 ドーバは鋭い目のままではあるが、俺に続きを促す。中央闘技場ウチのオーナーとブッカーはといえば、俺が暴走し過ぎないよう監視する姿勢になっていた。直接のリスクは負わないとはいえ、間接的にはどうなるかわからんもんな。


「観客がわかりやすいように、戦奴たちに役柄を与えるのはどうかと思ったんですよ」


 ぶっちゃけ集客につなげるには、誰かのファンになってもらうのが最も手っ取り早い。さっき取材を受けたようなメディアが頼りになればいいけど、そうじゃなきゃ何回か闘技場に足を運んで観戦してもらう必要がある。既存の客を惹きつけるならともかく、新規の客を取り込むには少しばかり敷居が高い。


 だったら、わかりやすい分類ラベルしるしをつける。ひとりの魅力ではなく、まずはグループかずで勝負するのだ。

 いま王国で最もわかりやすい記号として、仮想敵国の帝国を悪役ヒールとして使うのはどうかという提案だ。もちろん、本物の帝国軍と揉めないように方法は考えなければいけないだろうけどな。


 うまく伝わったかどうかわからんが、ドーバは俺の説明を否定はしない。


「良い悪い以前の問題だ。それは戦奴の仕事じゃねえ。役者だろうが、それも三流の田舎芝居のな」

「その認識で、間違いではないですね。一流の芝居は客を選ぶ。それは俺たちの仕事には向かんでしょう」


 あっさり流した俺の言葉に、ドーバはわずかな苛立ちと驚きを見せる。

 芝居が一流か三流かではなく“小芝居が要らん”といってるんだけど。そこをつつかれると説明が面倒なので、無理やりにごまかす。


「……帝国の軍人が闘技場で猿芝居を始めて、観客がどう変わると思っているんだ」

「旗を見て、どっちに着くか決め始めますね」

「旗?」


 俺は右手の人差し指を立て、お偉方に見せる。


目印はたがひとつなら、それ自身の評価になる。評価をするか、しないか。好きか、嫌いか。興味がない、なんて層もけっこう多くなるもんです。でも……」


 左手の人差し指も立て、ふたつを並べて示す。


「それがふたつになると、どっちに着くかを考え始めるんです」

「だったら中央闘技場と地下闘技場、そのふたつで十分だろうが」

「ずっとそうするつもりですか?」


 ドーバは俺を見て一瞬だけ黙る。


「ふたつの闘技場が交流するのは、めちゃくちゃ盛り上がるでしょう。とはいえ、毎度あんなデカい興行できやしない。戦奴も潰れるし、何度も続けば飽きられる。だったら通常の興行は通常の興行で行って、そこからデカい興行に向けて盛り上げてくものが必要になる。それを、さっきいわれた“小芝居”でやるのはどうか、って話です」

「……」

「ねえ、ドーバさん。旗を客に示すには、に立てて、振らなきゃダメなんですよ?」


 俺は両手の指を振る。わかりやすくしたつもりだけど、余計だったようでドーバからはちょっとイラっとされた。


「それで、地下闘技場ウチの戦奴が帝国軍の走狗イヌになれと?」

「憎しみを向ける先があると、観客ってのは面白いほど盛り上がりますよ。それに、ちょっと面白い話なんですけどね」


 俺は指を大きく右に傾ける。


「憎しみってのは、それが大きければ大きいほど。なんかのきっかけでそいつを認めることになった途端……」


 今度はその指を反対側に大きく傾ける。


「“大嫌い”は同じだけの大きさで、“大好き”に変わる」


 いわゆる“不良が子犬を助けてた”、ってやつだ。学級委員長が同じことをやるのと比較にならんくらいに、評価され支持される。理不尽ではあるが、そういうもんだ。

 俺の言わんとしたことは伝わったようだ。やり方次第じゃ、地下闘技場の戦奴にすごい価値が付けられるぞと。いうまでもなく博打ではあるが、当たったときはデカい。


「……ふむ……」


 ドーバのみならず、ウチのオーナーとブッカーもなにやら考え始めていた。唸り声に気づいて振り返れば、なんでかビッグズとティンカーもだ。

 なんだ、お前らまでどうした。


「……理屈はわかった。だが、承服はしかねる」


 えー、と思いつつもドーバの意見はご尤も、ではある。

 後になって商売としては成功したとしても、その間ずっと地下闘技場だけが悪名を被ることになる。王国市民から、いわれもない――こともないのかもしれんけど――憎しみの矛先を向けられる。


「デカいカネと名声のためなら、憎まれ役も受け入れるしかないのでは?」

「それが観客からのものだけならな」


 まあ、その通りだ。演出しだいだが、帝国からも目をつけられる。王国内には公爵が話を通すにしろ、それだって良い顔はせんだろ。

 地下闘技場側の連中は“リスクを取るなら中央闘技場おまえんとこでやれ”、という顔をしているが……王立中央闘技場こっちには、そういう誰にでもわかりやすい記号はたがないんだよ。


「ええと……憎しみっていうのは、ですね」


 俺は、前にワールドウェイストランドレスリング事務方フロントに聞いた話を披露する。


「憎しみってのは、溜まって行き場がない状態が一番まずい。膨れ上がってハジけて、デカい被害を出しちまうんでね」

「なにがいいたい」

「ちょっとずつ抜けば、上手く管理することもできるって話ですよ。弱くて小さな憎しみなら、方向を揃えて操ることもできる。ちょっとずつぶつけて、あるいは代理戦争として闘技場のなかだけの盛り上がりに抑えることだってね」


 ああ、思い出したわ。これインディ団体で経営難から選手の離脱が急増してた時期の話だ。この場合サンプルとして適切なのか不適切なのか判断しかねる。


「……」


 ドーバは俺の言葉の裏を読もうとしている。冷徹な駆け引きで生きてる男の習い性なのかもしれんけどな。実は聞きかじりの知識で、裏どころか表もない。悪役さえ演じられん俺に、虚実まじえた交渉なんて器用な芸当はできん。

 とはいえ、ここは押し通すしかない。好きに解釈しろとばかりに、俺は曖昧な笑顔でごまかす。


「それは、ガキの甘えた夢だ。なんの保証にもならんし、なんの確証もない」

「で?」


 俺はドーバを見据えていう。知りたいのは感想じゃない。俺の案に乗っかる気があるかどうか。イエスノーか。それだけだ。


「乗ってやる。これで、お前の目論見が当たったとしたら」


 笑みを浮かべたドーバは、イールソン公爵にチラリと目を向ける。


地下闘技場ウチ興業進行管理人ブッカーにしてやろう」

「全力でお断りします」

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