第34話 vs狂犬の誇り
ドーバはゴネたが、
入ったばっかの戦奴を地下闘技場のブッカーにするなんて話は、中央闘技場側も受け入れられないだろうし、俺だって勘弁してほしい。
生き延びるためにがんばってはいるが、けして得意な分野じゃない。
お偉方は興業の詳細を詰めるとのことで、解放された俺はエイダと一緒にラックランドと会うようにいわれた。どうにも、出場をゴネているらしいのだ。
どんな事情なのかはわからんが、現状
他には、中級の拳闘師クラスに上がったらしい人狼兄弟オファットとマイノットくらいしか知らない。彼らも弱くはないと思うけど、まだ若い成長株だ。他団体との抗争に突っ込むには少し不安が残る。
「またなにか、おかしなことを考えているなタイト」
頭を悩ませる俺に、エイダが呆れ顔でいう。
「おかしなことではねえよ。王立中央闘技場の未来についてだ」
「駆け出しの戦奴が、そんなことを考えていること自体が完全におかしいんだがな」
かもしれんが、それを俺にいうな。こっちだって好きこのんで悩ませているわけではない。
◇ ◇
「断る」
戦奴用練習場でつかまえたラックランドに興行の説明をしようとしたのだが、詳しい話をする前にアッサリと一蹴されてしまった。
「ああ、そうか」
俺が入院している間に二回、興行があった。ラックランドは、最初に会ったとき“あと二戦で自分を買い取れる”とかいってたもんな。
「お前は、もう強制されないんだったな」
「それもある」
含みのある言い方に、俺は首を傾げる。
「俺にお前らみたいな曲芸はできん。する気もない」
「そりゃそうだ。俺たちだって、お前にそんなもんは求めねえよ」
どうやらこの男、俺とマスク・ド・バロンの試合を見たらしい。他人のことなんか興味なさそうだったから、ちょっと意外だ。
「俺は戦奴だ。なにがあっても勝つ。生き延びて、カネを手に入れる。他のことはどうでもいい。余計なことを考えながら戦うなど馬鹿げている」
「……ああ、うん?」
ちょっと違和感があった。いまの口ぶりだと、なんというか……。
「お前、わざと負けただろ」
やっぱり、こいつそこまで見えてたんだ。
わざと負けた、というと少し語弊があるけれども。オサーンとの試合で勝ちよりも政治的・経済的なアレコレを優先したのは事実だ。
「なにをしようとしているのかは、わかった。それを成し遂げたのも知ってる。地下闘技場との手打ちを果たし、金貨七万四千枚とかいう信じられんほどの儲けを出したらしいな」
「いや、カネの話は俺も詳しく知らんけど」
ずいっと距離を詰められ、俺は少しだけ緊張する。
戦奴としての義務を果たしたせいか、ラックランドが身にまとっていたギスギスと尖った空気は、いくぶん和らいでいたが。
張り詰めた筋肉と鋭い視線は変わっていない。
「お前が、なにをしたいのかは知らん。興味もない。だが、それに俺を巻き込むな」
「わかった。でも、試合は?」
「カネになるなら仕事だ。金額と条件次第では受ける」
だよな。ラックランドの身体を見る限り、明らかに鍛錬は怠っていないし、調整もされてる。むしろ、前よりも張りと厚みがある。特に首が太くなってるようだけど、もしかしてなにか感じるところでもあったか?
考えごとをしているのがバレたのか、真正面から睨まれた。牙を剥き出しにして凄まれると、正直けっこう怖い。
「もう一度いっておく。曲芸も、軽業も、小芝居もなしだ」
「わ、わかってるって。お前に求めるとしたら、試合に出て勝つことだけだ」
「本当か?」
「信用ねえな。嫌がってる奴に強制したり無理やり巻き込んだりしたことは……」
ない、よな? エイダは自主的に……いや、そうとも言い切れん。よくわからんオサーンの大変貌は俺のせいじゃないと思いたいが、結果的には巻き込んでしまったといえなくもないような……。
「……ない、ヨ?」
「ふざけんな! めちゃくちゃ目が泳いでるじゃねえか!」
ラックランドは溜め息を吐いて、苦笑気味に俺を見る。
「それで、俺になにをやらせたいんだ」
「ん?」
「お前は、周りのもんに役を割り振ろうとしてるだろうが。
鋭いな。やっぱりこいつ、ただの乱暴者じゃない。
プロレスラーでも、意識の高い選手はそういう傾向があった。自分の価値と業界内でのポジション、それを維持するために必要なものと排除すべきものを把握している。
「やりたくない役なんて振る気はない。演技も芝居も要らん。もちろん軽業も
「……それだけか? 本当に?」
思っきり信じてない顔で見られた。信用ねえな。
「地下闘技場の戦奴は、まず間違いなくこちらを潰しにかかってくる。前回もそうだったけど、失敗したからな。次はなりふり構わず、全力で壊しにくる。そうなると、思い知らせる必要があるんだよ」
「こちらの力を?」
「ああ。派手な客寄せ選手だけではなく、メチャクチャ強い実力者もいるってことをな。勝ってもらうのは当然として、二度と歯向かう気が起きないくらい、徹底的にやってほしい。それは戦奴に対しても、観客に対してもだ」
「……なるほど。となれば逆に、殺さない方がわかりやすいな」
「ああ。やっぱりお前が適役だ。他にできるヤツはいない」
ラックランドは眉をひそめて目を細める。死ぬほど不機嫌そうに見えるんだが、たぶん照れ隠しなんだろう。シッポが軽く揺れるのが見えた。
実際、それは元いた世界のプロレス団体でも必要な役割だ。興行では
ぐるると不敵に唸るラックランドを見て、“犬のお巡りさん”なんて言葉が浮かんだが当然、口にはしない。シッポがゆっくりフリフリしてるのが、ちょっと可愛いなとは思う。
「任せておけ。中央闘技場の戦奴がどういうものか、俺が誰にでもわかるように、教えてやる」
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