第35話 vsアンダーグラウンダーズ
「ウィーアー! ウィーアー!」
「「ウイィーアァー!! ウイィーアァー!!」
なんだ、あれ。
試合当日、地下闘技場の前で馬車から降りた俺たちは、周囲に詰めかけた大観衆が上げる奇妙な声に困惑していた。
王立中央闘技場から、馬車で小一時間。どんだけ恐ろしげなところかと思っていた地下闘技場の周辺は、意外なほどに活気があり小綺麗だった。
開催日だからだろう、観客目当ての飲食店や屋台が立ち並び、書き入れ時とばかりに煮込みや肉串のような軽食が調理されている。行き交う人間の身なりは中央闘技場の平民たちと大差なく、表情もそれなりに明るい。
「中央闘技場の戦奴タイト、マスク・ド・バロンと、ラックランドだ」
「聞いています。こちらへ」
会場入り口で控室への案内を受ける。係員の態度も丁寧で拍子抜けした。
入り口から柵を隔てて、地元の住民や地下闘技場のファンと思われる連中が鈴生りでワケのわからん雄叫びを上げているものの、こちらに向かってくるわけでも物を投げたりするわけでもない。その顔に浮かんでいるのも熱狂であって悪意はそれほど感じない。
となれば、これくらいはアウェーの洗礼として受け入れるしかない。
「なあエイダ、あの妙な声なんていってんだ?」
「知らん」
「お貴族様とお坊ちゃまは知らんだろうな。この辺りの
「ラックランドは、こっちの出身か。それで、なんていってんだ?」
「“殺せ”だ」
ストレートだなオイ。
しかしまあ格闘技の大会なら、そんくらいは応援の範疇だろうと聞き流す。
通路ですれ違う戦奴や関係者たちは無表情で、手も口も出しては来ない。案内された控室も広く清潔で、飲み物と簡単な医薬品が用意されていた。
意外なほどに紳士的な対応だな。
「大人しくしているからって、あいつらの
ホッとした顔の俺を見てか、ラックランドが釘を刺す。
「地下闘技場ってのは、
「なるほど、観客の
その場合の“罰”ってのは、法的な処分ではないんだろうしな。
そう考えると、道場破りみたいな真似をしてきたビッグズたちの行動も、やはり上からの指示だったってことだな。結果的には、良い方に転がっているとは思う。曲がりなりにも手打ちがなされなければ、きっと面倒なことに発展していた。
「では、しばしお待ちください。対戦表は公示され次第、お知らせに参ります」
ここまで案内してきた係員が頭を下げ、立ち去ってゆく。
「誰が出てくるかな。いっぺん当てた相手でリベンジマッチを仕掛けてくるか、新顔を出して掻き回そうとするか……」
「俺は、どんな相手でも構わん」
暇潰しの世間話は、マスク・ド・バロンに素っ気なく遮られた。
本当にどうでもいいようで、そのまま控室の隅に行ってストレッチを始める。
「ああ。誰だろうと潰すだけだ」
ラックランドはといえば、横になって身体を休め始めた。こちらも対戦者を気にするようなタマではない。
地下闘技場の興行で、剣術師と魔導師のクラスは基本的にない。拳闘師クラスと、制約なしの無制限クラスだけだ。俺たち中央闘技場からの参加選手はラックランドが拳闘師クラスで、俺とエイダが無制限クラス。
試合直前まで対戦相手の発表はないが、
「対戦者はともかく、特別ルールの発表があったら面倒だな」
眠そうな声でいうラックランド。
「特別ルール? なんだそれ」
「地下闘技場は、掛け率が荒れそうなときには胡散臭い試合形式が追加される」
憮然とした顔で、エイダが説明する。ああ、こいつも観戦に来たことはあるとかいってたっけ。
でも特別ルールなんて話、俺は聞いてねえぞ。お前らホントに、
「ルールがどうだろうと、場が落ち着いたりはせんのでは?」
「発想が逆だ。どうしようもないくらいに荒れさせて、客の文句を押さえ込む」
なんだそりゃ、と思って訊いたらエイダのいう通りだった。
利き腕を縛ったり、目隠しをしたり、床に油を撒いたり、蛇を放ったり、拳に石を詰めたグラブをつけたり……って、それルールがどうのって話じゃないだろ。
「ぜんぜん違う競技になってないか?」
「それが地下闘技場だ。気にするだけ無駄だぞ」
呆れた俺に、ラックランドが楽しそうにいう。
「失礼します」
ノックの音がして、案内してくれた係員が顔を出す。
「たったいま前座の三試合と、第四試合に組まれた最初の交流試合の対戦者が発表されました」
「……へえ。第四試合は誰だ?」
「中央闘技場、“ファイアボール”タイト。
あのデカブツか。半ば予想通りなので驚きはない。流れによっては良い試合になるんじゃないかな、などと悠長なことを考えていた俺は続く言葉に固まる。
「こちらの試合ですが、特別ルールとして“
「は?」
対戦するふたりの手首を三メートルほどの鉄鎖でつなぐのだと聞いて、俺は思わず笑いそうになった。
――いきなりチェーン・デスマッチかよ!?
あんまり経験ないんだけどな、そういうの。電流爆破やら蛍光灯やらムチャなこといわないだけでも優しいと思ってしまうあたり、俺も前世の常識に囚われてる。
プロレスの
「では、入場直前になりましたら、お迎えに参ります」
驚き半分、呆れ半分の俺を見据えて、係員は頭を下げ立ち去る。無表情な顔からは何の感情も読み取れなかったけど。
“ただで帰さん”という地下闘技場からの決意は、十分に伝わってきた。
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