第36話 vsリストリクション

「ウィーアー! ウィーアー!」

「「ウイィーアァー!! ウイィーアァー!!」」


 闘技場の通路を進む俺の耳に、観客たちの雄叫びが聞こえてくる。それは建物の前で聞いたものよりも大きく、野太く、足踏みの響きが合わさって見事な威嚇効果を表している。

 通路は進むごとに明かりが減り、暗くなってゆく。場内への入り口に立って、それが試合会場との明るさを合わせるためなのだと気づいた。

 入り口脇に控えた黒服の係員が、俺を身振りで制止する。試合会場に入るタイミングを調整するためだろう。


「地下闘技場の戦奴が、理不尽な暴行を受け負傷! その報復のため、我らがオサーンとグンサーンが敵地である中央闘技場に乗り込んだ! 死闘の結果は一勝一敗! それを不服とする中央闘技場の戦奴が、雪辱を晴らさんとやってきた!」


 出場選手紹介あおりを行う実況の声が会場内に響いていた。中央闘技場と同じような魔法的アナウンスシステムなのだろうが、大歓声の中でも聞き取りやすい。こちらの実況者の方が、興奮状態の観客に馴れているようだ。

 内容はいくぶん脚色されているが、まあ許容範囲だろう。係員の合図で、俺は試合会場に足を踏み入れる。

 地下というだけあって、場内は狭くて暗い。観客も声と気配だけで姿は見えず、天井も壁面も視認できない。実際の広さはわからないながらも、息苦しいような閉塞感があった。

 花道を進む俺の歩みに合わせて、両脇にひとつずつ篝火が灯ってゆく。


「ついに、現れた! 中央闘技場からの刺客! 小さな身体で数々の番狂わせジャイアントキリングを果たしてきた、恐るべき大物食いジャイアントキラー!」


 灯火が差し示す先に照らし出されたのは、直径十五メートルほどの闘技場。こちらも中央闘技場より狭く、暗い。


「“ファイアボール”……タイィートォッ!」

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ……ッ!!」」


 炎の熱気と観客たちの興奮で空気は熱く湿り、立っているだけで汗が噴き出してくる。壁面に反響する怒号と“殺せウィーアー”コールがわんわんと耳を聾する。場に吞まれそうになっている自分に気づいて、落ち着けと言い聞かせる。未知の敵地アウェーというなら、この世界に来てからずっとそうだったのだ。いまさら焦っても仕方がない。


 観客のノリは悪くない。興奮してはいるが、さほどの悪意は感じない。期待も高まっているし、場も温まっている。

 ここまできたら、自分の仕事を果たすだけだ。


ドーン!!


 試合会場の四隅で爆発が起こり、もうもうと白煙が立ち込める。ドンつくドンつくと足踏みのテンポが変わり、それがピッタリと合わさって野性的な踊りのようにリズムを作り上げてゆく。


「会場の期待を一身に受けて、待ちに待った最強戦奴がやってくるぞ!」


 いや、これ入場演出かよ。いいんだけど、こんな密閉空間で天然のスモーク焚くなや……。


 明かりに照らし出されて、するすると降下してくる巨漢のシルエットが見えた。

 昔アメリカンプロレスで起きた事故を思い出して肝が冷えるが、何事もなく着地した対戦相手はまとっていたマントを剥ぎ取って吠える。


「響き渡る、戦慄の咆哮! “殲滅者アニヒレイター”ビッグズ!」


 ビッグズは満足げなドヤ顔で俺を見る。ひと仕事終わったような顔してんじゃねえアホが。肝心の仕事はこれからだっつうの。


「今回の試合は、“鉄鎖チェインド連結リンキング試合マッチ”が採用されます!」

「「おおおおぉ……」」


 観客の期待を煽りながら、係員が五人がかりで銀色の鎖を運んでくる。その両端につけられた手枷を、審判員が俺とビッグズの手首に嵌めた。


「これは我らの枷、誇りある戦いの勝者のみが解放される。地下闘技場に栄光あれ……!」


 胡散臭い黒服の審判員は、芝居がかった仕草で施錠した鍵を観客に掲げながら祈りのような呪文のような言葉を吐いた。まあ演出だろう。

 鎖の太さは少年の指ほどもあり、直径は指でOKサインを作ったのと同じくらい。ちょっと振ってみるが、思ったより重い。


「いまさら怯えても遅えんだよ、ガキが」


 鎖のチェックをしている俺を見て、ニヤニヤと勝ち誇った顔でビッグズが笑う。呆れるほどの小物ムーブだ。ちょっとは成長したと思って、期待したんだけどな。


「……あんまりガッカリさせんなよ、ビッグズ」

「てめえ……ッ!」


 ブチ切れそうな表情で睨みつけてくるデカブツ。その勢いを後押しするように審判員が試合開始を告げる。


「はじめ!」


 飛び出してきたビッグズは鎖の端をつかんで、力ずくで腕を振り抜いた。たわんだ鎖がスナップのようにしなって、俺の身体は宙に跳ね上げられる。

 ああ、このヘタクソ。俺を床に叩き付けるつもりなら、いっぺん引いてから遠心力を使って振り下ろさなきゃダメだし。俺に鎖を叩き付けようというなら、短く振らなきゃダメージが出せない。いまのは、そのどっちでもない。勢いも中途半端で迫力もない。体重差で引っ張られて、俺が少しよろめいただけだ。


「死ねええぇ……ッ!」


 おい待て、鎖を握り込んだ拳で殴るの? そこで? “よろめかすのが目的でした”、みたいな感じに持っていこうとしてんのかもしれんけどお前。さすがに無理があり過ぎんだろうよ。

 鎖でつないだ意味ぜんぜんないじゃねえか。


「へぶッ!」


 ゴム飛びの要領で軽く足元を払うと、鎖に引っ掛けられたビッグズが半回転して転がる。不器用すぎる阿呆が立ち上がろうと片膝をついたとき、俺はようやく自分のミスに気づいてしまった。

 やべえ。やべえぞ、これ。もしかしたら、この世界に来て最初の、そして最大の危機ピンチだ。


「「……」」


 めちぇくちゃヒートアップしてくれてた観客が、開始早々ドン引きしてんじゃねえかああああぁ……!!

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