第37話 vs案山子

 地下闘技場側がチェーンデスマッチを選んだ理由は明白だ。俺の取り柄である速度と敏捷性が縛られ、体格・体重と筋力の差がモロに出る。誰がどう見たって相手が百パー有利な条件なのだ。どう跳ね返そうかとは考えたものの、試合成立さえ怪しいなんて想像もしていなかった。

 見違えるくらいに鍛えられ気迫に満ちたビッグズを見ていたので、手を合わせる前から実力を過信してしまったのも敗因のひとつだ。

 真面目に鍛え直したようだし、見栄えも体格も素材は悪くないが。こいつ、条件付きの戦いを行うには致命的に不器用だ。明らかに気が散って、よけいな考えに引きずられてる。

 おかしな特別ルールなんてナシで、真正面から衝突ガチンコにしておけば遥かに客を沸かせられたのに……。


「どうしたもんかな」


 このまま倒すのは簡単だけれども。それではなにも解決しない。

 プロレスラーであるならば、試合に求められるのは勝ち負けだけではない。相手の持ち得る力と魅力と可能性を引き出し、さらにそれを超えて勝利することに意味があるのだ。

 対戦相手を輝かせないと、観客を惹きつけられない。観客が醒めたままでは、自分の価値も見せられない。俺だけの問題なら責任を被るのも仕方がないが、この後に続くラックランドとマスク・ド・バロンの試合にまでケチがつく。

 かなりのリスクとコストを掛けて組まれた闘技場同士の交流戦ビッグマッチが、丸ごと無駄になる。せっかく上手く回りかけているのに、それだけは避けたい。


「立て」


 俺はビッグズだけに聞こえる声で命令する。最低限、自分のやるべき仕事はこなしてもらう。不器用だろうが関係ない。仮にも職業格闘家プロなら、文句はいわせん。


「しばらく動かず立ってろ。絶対に倒れたりよろめいたりすんなよ」

「てめぇ、なにを……」

「黙って息を整えてろ。これで終わるようなら、お前は図体だけの能無しだ」


 俺は手元でチェーンをしならせると、飛んできた鎖に跳ね飛ばされたていで吹っ飛ぶ。そのまま痛みに転げ回ると、場内からは大歓声。

 冒頭のツカミは、このくらい要るだろうよ。

 立ち上がって距離を取ろうとするが、ピーンと張った鎖が俺を引き戻す。逃げて引き戻されてという流れから力負けして振り回され、遠心力で翻弄される。


「うわああぁ……ッ!!」


 勢いよく駆け回ることで、チェーンデスマッチならではの見せ場が演出できる。ビッグズは動かないことで強者の余裕をアピールできるし、俺も最初のピンチで地下闘技場の客から快哉を得ることができる。

 だが、こっちもそんなに器用じゃない。調子に乗り過ぎ、勢いがつき過ぎた。着地に失敗してバウンドしながら転がる。ダメージはないが、目が回った。

 立ち上がろうともがく姿を見せながら、観客の様子をうかがう。


「いいぞビッグズ! やっちまえ!」

「そのまま叩きのめせ!」

「いい気味だ、クソ王立中央闘技場ロイヤルのチビが!」


 セーフ。イラッとはするが、場はなんとか持ち直した。これで仕切り直しだ。ボーッと立ってるだけのビッグズも、やる気を見せ始めたのか俺がチェーンを引くと応えるように引き返してきた。

 何度か引っ張り合いを見せた後で、気合いを入れて衝突のタイミングを伝える。


「うおりゃあああぁッ!」


 大きなモーションで引っ張り、引き戻す勢いに合わせてビッグズ目掛けて突っ込んでいった。ラリアット気味に引っ掛けるが、当たりが浅い。すれ違いざまチェーンが足元をすくって、またビッグズが転がってしまう。


「へぶッ!」


 倒れるなっていってんのに、もう……。

 俺が一矢報いたって流れに……いや、ムリあんな。だったら、そこを利用するか。

 駆け寄ってきた審判員の胸元に拡声魔道具が仕込まれているのを確認して、俺はヘロヘロの声で叫ぶ。


「はあ、はあ……なんだよ! 地下闘技場の! ぜえ……戦奴は! ……大した、はあ、こと……ねえなあ!」


 足をプルプルさせて観客を煽ると、即座に大声でツッコミが返ってきた。


「ふざけんな! てめえ、完全にまぐれじゃねえか!」

「もう息切れしてんのバレバレなんだよ!」

「潰されちまえ、チビが!」


 よしよし、反応は上々。体力回復ブレイクもこんなもんだろ。ここからはデカブツにも仕事をしてもらおう。


「全力で鎖を振り回せ」


 それだけ指示して、俺は逃げようと這いずりながら距離を取る。迷いがあったのか、ワンテンポ遅れて鎖が引かれた。転がって引き寄せられながら、また逃げて引っ張られて倒れるというベタなムーブをかます。

 観客席からは、嘲笑と罵倒。ツカミはこんくらいで良いか。これ以上は凡戦のイメージがつく。


「ぬおおおぉ……ッ!?」


 次に引っ張られたときにはビッグズが加えた水平方向の回転に合わせて振り回されるモーションに移行。全力のフルスイングに乗って、俺は宙を駆け飛び回る。会場内の壁や柱にぶつけるという展開ムーブも悪くはないが、あいにく狙うにはかなり遠い。

 駆け回りながらも縦方向にブレを増やし、足がもつれたかのように転がって、大きく跳ねる。転がるラグビーボールをイメージした、中空高くに放り上げられる動き。

 物理法則としては不自然かもしれんけど、そんなもん上手く魅せれば関係ない。


「おわあああぁッ!」


 万が一に備えて、手元に鎖を手繰り寄せて調整の余地マージンを確保する。ビッグズを見て、気を抜いてないかを確認する。怒りと焦りと困惑とが交じり合って、いささか不安ではある。


 いっぺん鎖をいっぱいまで張ると、引き寄せられた勢いのままビッグズに突っ込んでゆく。この展開ムーブは二度目だ。いくら不器用でも、プロなら対処も考えられるだろ。


「おらああァ!」


 俺が足元を払ったのと同じ、チェーンを使った薙ぎ払い。うーん、捻りがない。こちらは浮いているので足元ではなく、飛んでくる俺の頭を狙っている。

 直撃したら、ふつうに死ぬな。

 手元の鎖を少し送って間合いを調整する。振り抜かれた鎖に弾き飛ばされた俺は、受け身を取りながら転がって最初のダウンを見せる。


「ファイアボール! 戦闘不能か!」


 審判員の声に、俺はピクピクしながら顔を上げた。まだできるとばかりに、小さく手を上げる。

 繋がれた手首の枷が、探るように少しだけクンクンと引かれる。デカい図体して不安になってんじゃねえ! ちょっとはお前も段取りを考えろ!


「「「ブウウウウウウゥ~ッ!!」」」


 ゆっくりと身を起こした俺を見て、観客席から不満そうな足踏みとともにブーイングが響いてきた。こっちの世界でも不満の表明は似たようなものなんだなと妙な感慨に浸る。

 どうにもリズムが昂揚スイングしない。相性の問題手が合わないというのもあるが、気持ちも動きもお互い上滑り気味だ。余計なルールに振り回されて、俺はともかくビッグズの良いところが全く出せていない。おまけに俺が誘導したせいで、不安そうな顔まで見せ始めている。

 これは、もう限界だな。ビッグズが主体的に場を回せないのでは、これ以上のアクロバットはあまり意味がない。


「あーもう! どうしようもねえな! なんだこのクソみてえなルールはよお!」


 立ち上がった俺は、観客席に怒鳴り散らす。小物ムーブで足を踏み鳴らし、鎖を引っ張り手を振り回してガキのように駄々をこねる。半分以上が本心からのものだったので、演技が迫真に迫り過ぎたようだ。観客席も罵倒するか同情するか微妙な空気になっている。


「クッソつまんねえんだよ! オイてめえら、こんなもん見てて楽しいのか!? ああん!?」


 俺は鎖を蹴飛ばし踏みつけて、逆ギレ風に吠える。体格差に振り回された小兵選手が、起死回生の暴挙に出た流れ。ちょっと組み立ては上手くないが、他に方法が思いつかん。


 こちらの意図を問うように、ビッグズは俺を見据えてくる。

 自分が失敗したという自覚はあるようだ。噛み合わずに空回って、上手くやろうにも策はなく、どうしたら盛り返せるのかも思いつかない。それでも、勝負を投げたりはしない。あきらめもしないし、逃げたりもしない。

 最初の道場破りのときも、そうだ。こいつは締め落とされる最後の最後まで、負けを認めまいったしなかった。


 もういいだろ、こんなクソルール。なあ、ガチで行こうぜ?


 そんな気持ちを込めて、俺は通じるわけもない真剣勝負ピストルのサインを出す。不思議なことに、気持ちが通じた感覚があった。浮ついた空気とともに、デカブツの目から迷いが消える。


「男だったら! 真正面から来い!」


 俺の挑戦を真っ直ぐに受け止め、ビッグズは心の底から嬉しそうに、獰猛な笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る